バオバブの大地の悲鳴が聞こえますか?

バオバブの大地の悲鳴が聞こえますか?
写真の木がバオバブです。
フランスの小説「星の王子さま」で架空の惑星に登場する印象的なイラストで知っている人も多いかもしれません。

その巨木が立つ大地で今、異変が起きています。

地球温暖化の「ホットスポット」とされるアフリカの南部。人々の暮らしと心も破壊される、壮絶な影響が出ています。
(ヨハネスブルク支局長 別府正一郎)

「星の王子さま」の世界

アフリカの大地を車で移動すると、はるか遠くからでも一目でそれと分かる巨大な木をよく見かけます。

バオバブです。
高さは時に20メートルを超え、幹の周囲は30メートル以上にもなる、アフリカを代表する木です。

樹齢は1000年を越えることもあります。

太い幹から空に向かって突き出している枝が、まるで根のようにも見えることから、地元では「逆さまの木」とも呼ばれています。
小説「星の王子さま」では、小さいうちに抜いてしまわないと、大きく成長して惑星を破裂させてしまう木として描かれています。

確かに、大地にどっしりと立つ姿は、生命力にあふれています。

まるでスーパーフルーツ 生活の支えに

バオバブは、アフリカの農村部で人々の生活を支えています。

垂れ下がった枝の先にできる、楕円形の実。

中には、薄い黄色の果肉が詰まっています。
地元の人たちはこれを、飴のようになめて楽しみます。

口に入れると、レモンのような少し甘酸っぱい味が広がりました。

数分間味わったあと、残った種をぷっと吐き出すのが地元流です。

マラウイの農村部では、これを使ったジュース作りが盛んになっていると聞き、農家のアイネス・カンタンデさん(42)を訪ねました。
まず実を割って果肉を取り出し、お湯に入れて30分ほどかき回します。

最後に、ザルでこして黒い種などを取り除くと出来上がります。

ジュースは、小さなプラスチックの袋に入れて売られています。

冷凍されたものはアイスキャンディーにもなります。

いずれも1本あたり、日本円で3円ほどです。

1か月の売り上げは3000円ほど。

経済的に貧しい農家の女性たちにとっては、貴重な現金収入です。
カンタンデさん
「これまで飴のようになめることはあってもジュースにするという発想はありませんでした」
ジュースは昔からある商品かと思ったら、広がりを見せているのはここ数年のことだと言います。

農村部でも電気が普及し、冷蔵庫や冷凍庫を購入する人が増えたために、新たな特産品が誕生したという訳です。

実は栄養面でも優れていて、マラウイの栄養士によると、ビタミンはオレンジの6倍、カリウムはバナナの4倍。

植物繊維も豊富で、「スーパーフルーツ」と呼ぶにふさわしいということでした。

倒れた巨木 “家族を失ったかのような衝撃”

人々に、恵みをもたらしているバオバブ。

しかし、そんなアフリカを代表する巨木が、あっけなく倒れてしまった場所があると聞き、ボツワナを訪れました。

19世紀後半にこの地を訪れた探検家の名前を冠し「チャップマン」と名付けられたバオバブです。
国を代表するバオバブとして大切に保護されていましたが、5年前に突然、根元から倒れてしまいました。
その残骸が、いまも現地に残っていました。

倒れた幹は私の背丈よりも高く、いかに大きな木だったかが分かりました。
地元の人たちは、木が裂ける大きな音が響き渡り、あっという間だったと話していました。
地元で自然保護の活動 ラルフ・バウスフイールドさん
「生まれた時からいつも身近にあった巨木が崩れたとの知らせを受けたときは、家族の誰かが亡くなったかのような衝撃でした」

相次ぐバオバブの死

こうしたバオバブの枯れ死は偶然ではないという議論が、科学者たちの間で起きています。

アメリカや南アフリカなどの科学者でつくるグループは、2018年に発表した報告書で、バオバブの枯れ死が相次いでいることを指摘しています。

グループでは2005年から17年にかけて、樹齢の古いものや、サイズの大きいものに絞って、アフリカ全土で60本以上のバオバブを調査しました。

するとこの12年間のうちに、最も古い13本のうち9本が、また、最も大きい6本のうち5本が、完全に倒れてしまったり、幹の一部が崩れてしまったりしたことが分かりました。

しかも、枯れ死したバオバブは、南アフリカやザンビア、ボツワナといったアフリカ南部の国々に集中しています。

報告書では、さらなる調査を続ける必要はあるとした上で、相次ぐ枯れ死の原因として、「アフリカ南部での気候変動が関係している可能性がある」としています。
スティーブン・ウッドボーン氏
「アフリカ南部は、過去1000年以上で最も気温が高くなっている。干ばつも長期化する中で、バオバブがその気温の上昇に耐えきれなくなっているのではないか。

バオバブは大きな木陰をつくり、周囲には様々な動植物が集まってきます。バオバブに起きていることは、そこに留まらず、自然の生態系が受けているストレスを象徴しているのです」

気候変動の「ホットスポット」 アフリカ南部

国連のIPCC=気候変動に関する政府間パネルは、バオバブの枯れ死が相次いでいるアフリカ南部を、気候変動の「ホットスポット」と位置づけています。
海面上昇が続く島しょ国や、ことし、山火事の被害が相次いだ地中海沿岸地域などと同様、気候変動の影響が特に先鋭的に現れることが懸念される地域です。

アフリカ南部への具体的な影響については「過去50年間の気温上昇のスピードが世界全体よりもおよそ2倍のペースで進んでいる」と指摘。

今後も高温や干ばつが続くと警告しています。

9年続く干ばつ 砂漠化する農場

アフリカ南部ではすでに、暮らしが破壊された人々もいます。

ボツワナの南の隣国、南アフリカ。

北部では干ばつが9年もの間、続いています。

かつてはダイヤモンド鉱山で賑わった中部の町キンバリーの空港でレンタカーを借り、車を走らせること5時間。

どこまで行っても見えるのは乾燥した大地だけでした。

舗装されていない道路では、タイヤからは乾いた土ぼこりが舞い上がります。
羊の飼育が盛んなこの地域ですが、干ばつの影響で廃業に追い込まれる家畜農家が後を絶ちません。

ヴィルヘルム・ビルマンさん(59)もその一人です。

農場では風車を使って、地下水をくみ上げてきましたが、5つあった井戸のうち、4つが完全に干上がってしまいました。

数年前からは、牧草がなくなったため、代わりに羊の餌を購入しなければならなくなり、経営が圧迫されています。
羊の数を、1700頭から400頭にまで減らしましたが、すでに貯金は底をつき、これ以上、餌を購入することも労働者を雇うこともできなくなったと言います。

農場を案内してもらった途中にも、死んだ羊を何頭か見かけました。
ビルマンさん
「食べるものが十分なく、栄養が足りなくなったのだろう。悲しいことですが、残った羊もまもなくすべて手放すことになります」

“夫は気候変動のせいで自殺した”

こうした中で、さらなる悲劇も起きています。

ベルディン・フォスさん(68)の夫、コブスさんは3年前、自ら命を絶ちました。

夫妻の農場でも干ばつによって牧草がなくなり、高額な餌代が発生。

その額は、日本円で毎年およそ1000万円にもなりました。
「来年こそは干ばつが終わる。もう1年の辛抱だ」

そう言い聞かせながら毎年、蓄えを崩していきましたが、夫妻が40年あまりの農場経営で築いた貯金は、5年間で、とうとう底をついてしまいました。
フォスさんは、その朝のことを鮮明に覚えています。

2018年2月1日の午前6時20分、台所で、朝のコーヒーをいれていたときでした。

突然、バーンという乾いた音が響き渡りました。

慌てて離れの部屋に駆けつけると、コブスさんは、横たわったまま、自らの首に向けて銃弾を撃っていました。

68歳でした。

フォスさんには、その数年前から悪い予感があったと言います。
フォスさん
「夫は数年間ずっと悩んでいました。銃を保管している場所の鍵はどこかと聞いてきたこともあり、慌てて隠しました。それなのに、いつの間にか見つけ出していたのです」
そして、次のような言葉を絞り出しました。
「気候変動のせいです。夫は、気候変動のせいで、自殺したのです」

農家の心のケア 24時間態勢で

農家の支援団体によりますと、2013年以降、この地方では少なくとも9人の農家が自殺したことが分かっています。

地元の心理カウンセラーのグループは、農家の心のケアのために、2年前から24時間態勢で電話相談を受ける取り組みを始めました。

毎月、およそ10件の相談が寄せられています。

なかには、睡眠薬を大量に服用した直後という農家の女性から電話があり、直ちに医療機関と連携して、救ったこともあったということです。

しかし、男性からの相談はほとんど寄せられず、支援が届かないことに焦りを募らせています。
ジュディス・エバンズさん
「農家の誰もが絶望しています。しかし、誇り高い農家の男性たちは、相談することは、自分が家族や農場を守れない負け犬だと認めると思ってしまう傾向があって、なかなか電話もしてくれない」

「遠い国の関係のない話」なのか?

アフリカについては、しばしば、「世界で温室効果ガスを最も少なくしか排出していないのに、気候変動の甚大な影響を最も強く受けている」といわれます。
それに対して、これまで温室効果ガスを最も多く排出してきたのは日本のような先進国です。

気候変動によるアフリカの苦境は、私たち先進国の人間の圧倒的に便利で豊かな生活とコインの表と裏のようにつながっています。

「遠い国の関係のない話」ではないのです。

南アフリカの家畜農家や、ボツワナのバオバブたちがもう限界だと悲鳴をあげているのだとしたら、その声に耳を傾ける必要があると思います。
ヨハネスブルク支局長 
別府正一郎
国連や中東での取材を経て2018年から現職