米 気候変動で山火事拡大 人々の暮らしに深刻な影響も

アメリカでは、気候変動の影響で山火事が拡大していると指摘され、カリフォルニア州では樹齢2000年以上と言われる貴重な樹木が危機にさらされ、オレゴン州では山火事で住まいを失い、多くの人が1年以上もホテル暮らしを強いられるなど深刻な影響が出ています。

アメリカ西部のカリフォルニア州では、ことしに入ってからの山火事の焼失面積はおよそ100万ヘクタールに及んでいます。

山岳部にあるセコイア・キングス・キャニオン国立公園は、古いもので樹齢2000年ほどと言われるセコイアなどの木々が生い茂っています。

ロサンゼルスから車で4時間ほどで行けることから、多くの観光客が訪れ、新型コロナ感染拡大の前は年間およそ200万人が訪れていました。

しかし、ことしは9月以降山火事が拡大していることから、貴重なセコイアを守るため、火の手が及ぶ前に、周辺の低い樹木や植物を伐採する作業が行われています。

高さがおよそ80メートルあり、観光客に人気の「シャーマン将軍の木」も特殊なアルミはくで幹を覆う措置が取られました。

国立公園の責任者のクレイ・ジョーダンさんは「この15年間で気候変動が干ばつを引き起こし、多くの木が枯れました。そして、干ばつが山火事を加速させています。多くのセコイアの木が枯れたことは今後の山火事に備えた対策の必要性を示しています」と話していました。

一方、カリフォルニア州に隣接したオレゴン州では、この30年間で山火事の焼失面積の拡大傾向が続いています。

オレゴン州の森林局のまとめによりますと、年間の焼失面積は2001年までの10年間の平均は8万ヘクタール余りでしたが、2011年までの10年間には年間およそ12万7000ヘクタールと58%増加しました。

さらに、ことしまでの10年間の平均は年間およそ29万ヘクタールと、前の10年間の228%で焼失面積が2倍以上になっていることが分かりました。

森林局のジム・ガーズバック氏は「春から夏にかけて乾燥した状況が続くと、山火事の消火は困難になります。1990年代以降、焼失面積は増加していて、気候変動による世界的な気温の上昇が、オレゴン州にも影響を与えていると感じます」と話しています。
こうした中、去年9月にオレゴン州南部で起きた山火事ではおよそ4000戸の住宅が全焼しました。

被災地の1つ、フェニックスという町では中心部にも火の手が及びました。

この山火事で住まいを失った人の中には、今も州の支援プログラムで用意されたホテルなどでの暮らしを余儀なくされている人が多くいます。

支援プログラムを実施している団体の担当者メーガン・ローブさんは「去年の山火事の前から、オレゴン州では家賃の高騰という深刻な問題があり、ホームレスの状況を経験したことのある人が1万5000人もいました。そうした中、山火事のために多くが住まいを失い、住宅をめぐる問題はさらに悪化しています」と話しています。

アメリカでは経済が好調なことから住宅の賃料が高騰していますが、この状況は社会的に弱い立場の人たちを直撃しています。

こうした中での山火事の頻発は、人々をますます厳しい状況に追い込んでいて、気候変動が社会の格差を拡大させる問題は途上国だけでなく、先進国アメリカでも深刻になっています。

山火事 地域社会への影響物語る

去年9月の山火事から1年がたち、オレゴン州南部の被災地では住宅や教会などの再建が進められています。

100年以上前に建てられたという建物が全焼した場所では、再建に向けてがれきを撤去する作業が行われていました。

町の中心部には「気候変動が山火事を引き起こし、私たちの地域社会を壊した」という看板が立っていて、山火事が地域社会に与えた影響の深刻さを物語っていました。

火事で住まいを失った人は

オレゴン州のフレッド・ベイリーさん(63)は、2017年と去年の2回、山火事で住まいを失いました。

1回目に焼け出されたのは、クリスマスを1週間後に控えた12月の中旬でした。

ベイリーさんの妻は家の中にいて、煙を多く吸ったことなどが原因で亡くなりました。

ベイリーさんの妻のSNSのページには、仲むつまじい夫婦の写真が今も掲載されています。

その後、ベイリーさんは知人と一緒に以前と同じ地域で暮らすようになりましたが、去年の山火事で再び住まいを失いました。

今は州政府の被災者支援のプログラムを利用して、シェルターとして用意されたホテルでの暮らしを続けています。

ベイリーさんには12歳と11歳の息子がいますが、今は別々に暮らしています。

ベイリーさんに、2回被災した場所に案内してもらいました。

跡地には、今は連邦政府が作った仮設住宅が建てられていますが、枠が限られていることから、ベイリーさんは入居できなかったということです。

ベイリーさんは、2017年の火災について「まるで嵐のようでした。皆ができるだけのものを持って逃げようとしていて、目の前の幹線道路は多くの車で詰まっていました」と話していました。

また、去年の火災については「多くの人が家財、車、住まいを失い、まるで映画か何かを見ているようでした」と話していました。

今後については「子どもたちと一緒に暮らしたいです。そして、料理ができて、普通の冷蔵庫があるような所に住みたいですが、住まいを見つけるのは難しいでしょう」と話していました。