“ただの風邪” コロナ軽視が招いた危機

“ただの風邪” コロナ軽視が招いた危機
一国のリーダーがマスクを着用しないよう呼びかけ、ワクチンの接種を拒否したら。

普通なら想像もできませんが、南米ブラジルでこうした言動は日常ともいえる状況です。
型破りな政治スタイルで人気を集め「ブラジルのトランプ氏」とも呼ばれるボルソナロ大統領。今、政権発足以来、最大の危機に直面しています。
(サンパウロ支局長 木村隆介)

未接種のまま国連に…

去年、新型コロナウイルスに感染して免疫力がついたと主張するボルソナロ大統領。
「中国製ワクチンを打つよりも自分の抗体値は高い」として、9月にニューヨークで開かれた国連総会に主要国の首脳で唯一、ワクチンを打たないまま出席しました。
国連本部に入るためには、本来ワクチンの接種が義務となっていますが、ボルソナロ大統領は国連側を押し切る形で未接種で入場。
演説では「経済に悪影響が及ぶ」として、いわゆるワクチンパスポートの導入など、接種の義務化につながる自治体の動きに反対する姿勢を強調し物議を醸しました。

さらにニューヨーク滞在中、閣僚などと路上でピザを食べる写真を公開、ワクチンを接種していない大統領が入店を断られたためではないかと報じられました。
騒ぎはこれだけでは収まりませんでした。
帰国直前には、大統領に同行していたケイロガ保健相がウイルス検査で陽性に。
政府のコロナ対策を指揮する閣僚が2週間にわたってアメリカで隔離され、帰国できない事態となりました。

こうしたごたごたの影響もあり、最新の世論調査でボルソナロ大統領の支持率は22%と過去最低を更新。
不支持率は53%と過半数を上回り、政権運営は正念場を迎えています。

政府の感染対策に怒りの声

支持離れの大きな要因はコロナ対策の遅れです。
ブラジルのコロナ感染による死者は10月、60万人を上回りました。
感染者の死亡率も2%を超え、アメリカやインドを上回っています。

10月にはブラジル議会上院の特別委員会が、ボルソナロ政権のコロナ対策が適切だったかどうか聞き取り調査を実施。
調査では政府に対する怒りの声が相次ぎました。
北西部アマゾナス州の看護師
「私がコロナに感染してすぐ、家族全員もコロナに感染しました。
妹は生後4か月の双子を含む、4人の子どもを残して亡くなりました。
医療設備の不足で多くの同僚も亡くなり、私も2回コロナに感染しました。
大勢の孤児たちが今も助けを待っています」
両親を亡くした女性
「父を、母を、人生で大切な愛する人を失いました。
ボルソナロ大統領は、呼吸できない人のまねをしました。
その行為が私たちにひどい苦しみを与えました。
失った苦しみは計り知れません。政府の過失によるものです」
委員会がまとめた1300ページ近くに及ぶ報告書では、感染が拡大したのは、ボルソナロ大統領が、新型コロナを「ただの風邪」だと軽視して、マスクの着用や外出の自粛に反対し、国民に対して通常の生活を送るよう求めたことも原因の一つだとしています。
さらに、ファイザー製ワクチンの購入に関する会社側の提案を、3か月にわたって放置するなど、ワクチンの確保にも消極的だったと指摘。

予防的な衛生措置への違反や人道に対する犯罪など、合わせて9つの罪で大統領の訴追を求めることを決めました。

経済回復もままならず

そしてもう1つの支持離れの要因が、ボルソナロ大統領が立て直すと訴えてきた経済の低迷です。
国内では急激なインフレが問題となっています。
政府機関が発表した9月のインフレ率は、前年同月比で10.25%。
2016年以来、5年半ぶりの高水準で、燃料や食料品の価格上昇が貧困に苦しむ人たちの生活を圧迫しています。
さらに失業率も13.7%と(今年7月時点)新型コロナの感染拡大以降10%を大きく上回る状況が続き、この10年で最悪の水準となっています。

支持回復へあらゆる手

国民の間に失望が広がる中、ボルソナロ大統領は来年10月予定されている大統領選挙に向け、あらゆる手段で支持を回復しようとしています。

その1つが貧困層を対象にした現金の給付です。

ボルソナロ大統領はかつて、こうした政策は“ばらまき”だと否定的でした。
選挙での劣勢が伝えられる中、姿勢を転換し、対立候補になる見通しの左派候補の支持基盤を切り崩すねらいです。
さらにボルソナロ大統領は、過去の選挙で「不正があった」との主張を繰り返しています。
ブラジルの選挙では電子投票が導入されていますが、次の選挙で数え直しが可能な投票用紙による投票に切り替えなければ結果を認めないとも述べています。
この要求は議会の野党側の反対によって退けられていますが、大統領がみずからの主張を本当に撤回するのかどうか、まだ見通せない状況です。

深刻な政治危機の再来?

こうした危機的状況が続く中でもボルソナロ大統領は、みずからの熱狂的な支持者をつなぎとめようと野党や主要メディアなどへの攻撃を繰り返しています。

こうした支持者の中には、大統領の発言をそのまま信じる人も多くいます。
ブラジル政治の専門家は、来年の大統領選挙でボルソナロ大統領が敗北してもアメリカのトランプ氏同様、結果を認めず、支持者を動員して抗議活動をするのではないかと強い危機感を示しました。
ブラジル政治が専門
ジェトゥリオ・ヴァルガス財団大学 ギリェルミ・カザロンス教授

「ことし1月、アメリカ議会にトランプ前大統領の支持者が乱入した事件がありました。アメリカと異なりブラジルの民主主義の歴史は浅く、大統領の対応次第でより深刻な事態が起きてもおかしくありません。
軍事独裁政権のほうがよいと思えば、多くの国民が民主主義を手放してしまうことすらありえるでしょう」
BRICSの一角を占める南米一の大国・ブラジル。
世界最大の200万人と言われる日系人社会を抱える一方、多くの日系人たちが日本に渡り働いています。
また、天然資源や農産物の輸入先として日本とも深いつながりもあります。

節目となる大統領選挙まで1年。
混乱が続くボルソナロ政権の動向を、注意深く見ていく必要がありそうです。
サンパウロ支局長
木村隆介
2003年入局
ベルリン支局、経済部などを経て
現在は中南米の取材を担当