“減産100万台” サプライチェーン危機の現場で何が?

“減産100万台” サプライチェーン危機の現場で何が?
トヨタ、ホンダ、日産をはじめとする日本の自動車メーカー各社が大幅な減産を強いられている。その規模は合わせて100万台以上。世界的な半導体不足に加え、さまざまな部品の調達が滞っているためだ。

サプライチェーン=供給網で何が起きているのか。

部品供給の拠点になっている東南アジアで現場を取材すると、これまでの自動車産業の生産を転換させる、ある変化が起き始めていた。
(アジア総局記者 影圭太)

秘中の秘の調達部門で

東南アジア最大の自動車産業の集積地、タイにある三菱自動車工業の主力工場。

10月中旬、会議室には調達部門の社員が集まっていた。
サプライヤーと呼ばれる部品メーカーの担当者と今後の供給の見通しを話し合うためだ。

部品調達という機密性の高い部門の取材が今回許可され、私もその様子をうかがうことができた。

スクリーンには、供給される部品の数と生産に必要な数が、1日ごとに表示されている。

2つの数字を突き合わせて計画どおりに生産が続けられるか確認し、部品が足りないとわかった場合には、ほかのメーカーからの調達など対応策の検討に入る。

この日は半導体不足に加えて、中国での電力供給の制限の影響で、ある部品メーカーの生産能力が落ちかねないという情報が新たに入った。

担当者らは供給に影響がおよぶかどうか分析することになった。
タイ工場ではこれまで行われなかったこの打ち合わせが今、毎日開かれているという。

サプライチェーンが世界的に混乱する中で何とか生産を維持するための対応だ。
調達担当の社員
「生産計画を満たせるように毎日フォローアップして調達の方法を調整している」

減産影響は消費者にも

この夏以降、大手自動車メーカー各社は半導体不足と東南アジアで新型コロナウイルスの感染が拡大した影響で、大幅な減産を強いられる事態になっている。

日本の主要6社の今年度の生産は、計画より100万台以上減る見通しになった。

三菱自動車は世界で4万台の生産が減る見込みで、主力のタイ工場でも9月に一部車種の生産を停止した。
タイ工場では従業員の感染対策を徹底し、いまはフル操業の状態に入っている。

しかし工場内を見ると様子が違っていた。

一部の部品が棚に入りきらず、外側に積まれている。

いまは部品ごとに調達できる量に波が出てしまうため、調達が順調にできる部品とそうではない部品とで差が生じ、棚に収まりきらないものが一部に出ていると言う。
サプライチェーンの混乱が自動車生産の常識を変えるほど大きな影響を与えていることがうかがえる。

世界的に自動車の需要に生産が追いつかない状態となり、影響は消費者側にも広がっている。

日本では新車を購入しても車種によっては長期間の納車待ちが発生しているほか、車社会のアメリカでは新車の在庫減により中古車の値上がりにつながっている。

部品の空輸や生産地変更も

もちろん、自動車メーカー各社もただ事態を静観しているわけではない。

大手メーカーの関係者によると、足りない部品を急きょ飛行機で輸送することもあれば、ある国の工場からの調達ができないとわかると、別の国の工場まで生産機械を移動させて部品を作ることもあるという。

いずれも平常時には考えられない対応だが、それでも調達が維持できず大規模な減産を強いられている。

東南アジアでの感染が一時と比べて改善した今も、調達は綱渡りの状態が続いている。

ジャストインタイム → ジャストインケース

では、部品メーカーは今どうなっているのだろうか。

マレーシアではことし6月以降、政府によるロックダウンの影響で多くの工場が操業を停止し、世界で車の生産が支障を来す大きな要因となった。
車体部品などを生産し、日系メーカーとも取り引きする大手の部品メーカーの工場を取材した。

ロックダウンで6月から3か月間操業を停止したため、今は挽回生産のために週6日、工場を稼働させていて、ほぼフル稼働だった。

ロックダウンが解除されたことで、工場は一見、元に戻ったようにも見えた。

しかし実態はそうではなかった。

マイケル・クーCEOは取材に対し、原材料の調達方針を変えたと明らかにしたのだ。
部品メーカー マイケル・クーCEO
「鉄など生産に必要な原材料はギリギリの量ではなく、余分に調達することにした。これまでのジャストインタイムの考え方を変えて、ジャストインケース(=念のため)の方針に切り替えた」
「ジャストインタイム」は、必要なものを必要な時に必要な量だけ生産・調達する方式だ。

在庫をギリギリまで減らしてコスト削減につなげる合理性をつきつめたもので、日本の自動車産業の競争力の源の1つとされてきた。

一方で在庫を持たないため、いったん原材料や部品の供給が滞り始めると、生産への影響が拡大しやすいというリスクも指摘されていた。

東日本大震災やタイの大洪水などで生産に影響を受けるたびにこの生産方式のリスク面がクローズアップされてきたが、実際に調達方針を変えたと聞いたのはこれが初めてだった。

どんな部品でどれくらいの在庫を持つことにしたのかといった詳細はCEOから明かされなかったが、マレーシアでは間違いなく変化が起き始めていた。

製造業が変わる?

新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに起きた部品メーカーの変化。

東南アジアのサプライチェーンに詳しい専門家は、こうした動きは広がっていく可能性があると指摘する。
国士舘大学 助川成也教授
「日本企業はコスト圧縮のためにジャストインタイムの生産方式を突き進めてきたが、コロナだけでなく自然災害、経済安全保障の問題もリスクとなり、その前提条件は崩れてきている。在庫の積み増しや生産や調達の分散化など“ジャストインケース”の方式が、今まで以上に強化されていくだろう」
多くの製造業が在庫を今より持つようになれば何が起きるのだろうか。
増えたコストは誰が負担するのだろうか。
原材料の需要と供給のバランスが一段と崩れるのではないか。

疑問は次々と浮かんでくる。

東南アジアの感染状況が一時より改善した今も、半導体不足、物流の混乱、さらに中国での電力供給の制限など、サプライチェーンをめぐるリスクは減るどころかむしろ増えている。

製造業の生産や調達を根本から変える可能性がある今回の危機。

その衝撃は静かに広がっている。
アジア総局記者
影圭太
2005年入局
経済部で金融や財政の取材を担当し
去年夏からアジア総局