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“入浴着”知っていますか?

「鏡に映る自分を見るのが嫌」
「自分の胸のなさを自覚してしまう」

いまや女性の9人に1人が乳がんになるとも言われていますが、手術の傷痕を気にする女性は少なくありません。

胸を失った女性たちのために作られた入浴着。

皆さんは知っていますか?

(奈良放送局 記者 及川佑子)

自分の姿が「怖い」

2人の子どもを育てる松田友理子さんは、2年前、自宅でお風呂に入っている時に左胸にしこりを見つけました。

慌てて病院で検査すると、結果はステージ1の乳がん。

しばらくは抗がん剤などによる治療を続けましたが、半年後の去年1月、手術で左胸をすべて切除しました。

手術は成功しましたが、自分自身の姿を受け入れるのに苦しんだ松田さん。

当然、周囲に見られることにもためらいがありました。
松田友理子さん
「乳房を切除してから、自分で自分の姿を見るのがすごく怖かった。鏡に映る自分を見るのが結構、嫌で。結構大きい傷なので、ほかの人が見たらどう思うかなというところがあって、温泉に出かけることはできなかった」

9人に1人が乳がんに

国立がん研究センターの統計によると、2018年の1年間に新たに乳がんと診断された女性は9万人余り。

2005年におよそ5万人だった新規の患者数は、食生活など生活スタイルの変化や、がん検診での発見率の向上などもあって年々増えています。
いまや9人に1人が生涯で乳がんになるとも言われています。

それは医療関係者であっても例外ではありません。

傷痕は見慣れていたはずなのに

看護師だった中西恵理さんは、乳がん患者の治療などの場面に何度も立ち会ってきました。

手術の傷痕も「見慣れていた」はずでした。

しかし12年前、36歳のとき、夜勤明けで帰宅し、シャワーを浴びようと手を伸ばした際、鏡に映った姿を見て、左胸の上にしこりがあるのに気付きました。
看護師時代の中西さん
ステージは2B。

翌月には左胸をすべて切除することになりました。

「見慣れていた」はずの姿は、自分が当事者になると、なかなか受け入れられなかったといいます。

かつてあったものがなくなることは、想像していた以上にショックでした。

一緒に“入浴着”を開発しませんか?

これまでも患者から、温泉などでの入浴をためらうという悩みを聞いていましたが、当事者となってそうした思いが痛いほど分かるようになりました。

実は、そうした人たちのために温泉などを利用する際に傷痕を隠せる“入浴着”があります。

臨床の現場を離れ、畿央大学に籍を移した中西さん。

研究・開発の現場に来たからには、患者の悩みに寄り添ったものを開発したいと考え、6年前、衣服の研究が専門の村田浩子教授に声をかけました。
中西恵理さん
「乳がんの術後の方が傷を気にすることなく入浴できるものを、一緒に開発しませんか」
どのような生地を使うか?

傷痕をどのように隠すか?

脱ぎ着しやすいようにするにはどうすればいいか?

入浴着づくりは、一からのスタートです。
数々の試作品を作る研究グループ
はっ水性を重視しようと、雨ガッパのような生地を使った時は、入浴すると生地が水に浮き、着心地が悪くなってしまいました。

脱ぎ着しやすいように前が開くデザインにした時は、マジックテープで生地を留めるつくりが複雑になり、気軽に身につけづらいという意見が出ました。
さらに、市販されている入浴着を試着して検討を重ねる中で、中西さんにはどうしても違和感を覚えたことがありました。
中西恵理さん
「私たちは、かつてあった胸がなくなるということにすごく傷ついています。入浴着のなかにはパットが入ったようなしっかりしたつくりのものもありますが、それを着ると逆に自分の胸のなさを自覚してしまうんです。かえって胸の差が目立ってしまって、よけいにつらくなったということがありました」
次々と課題が出てきて、研究はなかなか簡単には進みません。
畿央大学 村田浩子教授
「本当に何度も試作して、そのたびにうまくいかない部分が出てきて、なかなか完成品にたどり着けなかった。しかも、実際に着てみないと問題点に気づけないことが多く1つの試作品が形になり、結論が導き出されるまでに毎回2、3か月を要した」

“あの素材”との出会い

いちばんの悩みは生地でした。

しかし、去年の夏。ある素材との出会いによって、研究は大きく進みました。

生地を扱うお店で、たまたま手に取った素材。

はっ水性に加えて伸縮性も持ち合わせるため、脱ぎ着もしやすく理想的でした。

その素材は「不織布」です。

マスクなどに使われていますが、衣類ではあまり使わないため、そもそも候補としては考えていなかったといいます。
畿央大学 村田浩子教授
「最初は、優れた糸を使って生地を作れば、いい入浴着ができると思い込んでいた。しかし、どうもうまくいかなくて。不織布の素材に出会い、はっ水性と伸縮性を併せ持つその性能に、これかもしれないと思ったんです」
ついに完成した新しい入浴着。

4枚の不織布を組み合わせました。

パットなどはないシンプルな作りで、体の線が分かりにくいよう、デザインは胸の部分にひだを組み込みました。

速乾性もあるため、水にぬれたあとも体にくっつきにくく、中西さんが気にしていた、左右の胸の差も目立ちづらくなりました。
衛生面を考えて商品は使い捨てにし、値段は500円ほどに抑えることができました。

試着などに協力してきた乳がん患者の松田さんも、完成を一緒に喜びました。
松田友理子さん
「入浴着を送ってもらった時に、第一声が『かわいい!』ってなりました。胸がなくてもかわいく見えると思って、すごくうれしかったのを覚えています。コロナが収まったら、子どもたちと温泉とかに一緒に出かけたいし、入浴着が定着するといいですね」
開発しようと声をかけた中西さんも、当事者の声に応えるものができたと手応えを感じています。
中西恵理さん
「自分自身、医療者として、乳がんの当事者として、試着を重ねてきましたが、患者の立場からいろいろなわがままを言わせてもらった。胸の左右差とか、自分がいちばん気にしていた部分をすごくカバーできることになっているので、皆さんにぜひ手に取っていただきたいし、私自身も身につけるとすごく気持ちがほっとします」

“入浴着”もっと知って

しかし、まだまだ入浴着は知られていないのが現状です。

村田さんたちの研究グループが2020年に奈良県内で行ったアンケート調査では、入浴着について「知らない・あまり知らない」と答えた乳がん患者の女性は57%。

入浴施設では81%に上りました。
「そもそも入浴着を知らない」
「タオルを持ち込まないようにお客様にお伝えしている中で、入浴着の着用を認めると、ほかのお客様から何か言われるのではないか」
実際に「入浴着の着用を許可している」と答えた入浴施設は、20%足らずでした。

厚生労働省は、公衆浴場などで「入浴着」を身につけたまま入ることには、衛生管理上の問題も無いとして、理解を呼びかけています。

奈良県はことし3月に県内のすべての施設に「入浴着を着用した入浴に理解を求める」ポスターを作って配布しました。
賛同する施設も現れ、天理市の温泉施設は10月12日から売店で使い捨ての入浴着の販売を始めました。

反響も大きく、急きょオンラインでの販売も始めたということです。
奈良健康ランド 湊和行マネージャー
「傷痕を気にして入浴しないのは、ご本人もご家族も一緒に楽しめないことになってしまう。皆さんにお越しいただき、1日ゆっくり楽しんでもらいたいので、見た目を気にせず入浴を楽しんでもらえるよう、施設としても引き続き環境作りに取り組んでいきたい」

裸じゃなくてもお風呂に

「入浴着を導入して、施設としてもうかるのか」

「数少ない人に焦点を当てた商品を、ほかの客はどう受け止めるだろうか」

使い捨ての入浴着を開発した村田さんのもとには、かつて、施設側から厳しい声も寄せられたといいます。

それでも村田さんは、入浴着への理解が広まりより手に取りやすくなれば、乳がんの術後の人だけでなく、さまざまな立場の人たちにも、広く利用してもらえるようになるのではないかと考えています。
畿央大学 村田浩子教授
「乳がんの術後の方だけでなく、けがや見せたくない傷があるなど、いろいろな方に着用していただける可能性を感じている。それだけに、社会に入浴着への理解がさらに広まってほしい」
お風呂には、必ずしも裸で入らなくてもいい。

誰もが気兼ねなく、温泉や銭湯を楽しめる社会へ。

入浴着への理解が一層深まることを望まずにはいられません。

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