文化勲章 長嶋茂雄さん ノーベル物理学賞の真鍋淑郎さんら9人

今年度の文化勲章の受章者に元プロ野球選手の長嶋茂雄さんなど9人が選ばれました。また文化功労者には、俳優で歌手の加山雄三さんなど21人が選ばれました。

文化勲章を受章するのは次の9人の方々です。

元プロ野球選手で元監督の長嶋茂雄さん、本名・長島茂雄さん(85)。
国民的ヒーローとして野球界の発展に尽力したほか、東京オリンピックでは開会式の聖火リレーに参加し、大会を盛り上げました。

ことしのノーベル物理学賞に選ばれた真鍋淑郎さん(90)。
地球温暖化の理論的基礎を確立するなど、気象学・気候学の分野で世界をリードする業績を上げました。

歌舞伎俳優の尾上菊五郎さん(79)、本名・寺嶋秀幸さん。
男役の「立役」と「女方」の代表的な役をどちらも務め、いわゆる人間国宝に認定されるなど、日本の芸術文化の発展に寄与しました。

名古屋大学名誉教授で分子生物学が専門の岡崎恒子さん(88)。
DNA複製や染色体に関する研究で優れた業績を上げ、分子生物学の発展に大きく貢献しました。
歌人の岡野弘彦さん(97)。
伝統を重んじる一方で、長歌と短歌を組み合わせた「組歌」の創作にも取り組んだほか、後進の指導にも尽力しました。

東京外国語大学と広島市立大学の名誉教授で文化人類学が専門の川田順造さん(87)。
文字のない社会におけるコミュニケーションの研究で新たな領域を切り開くなど、アフリカ文化研究で優れた業績を上げました。
洋画家の絹谷幸二さん(78)。
長野オリンピックの公式ポスターの原画のほか、数多くの公共建築物の壁画や天井画を制作し、後進の育成にも力を尽くしました。

今月20日に87歳で亡くなった舞踊家の牧阿佐美さん、本名・福田阿佐美さん。
新国立劇場の舞踊芸術監督を務めたほか、バレエ界を支える人材を送り出すなど日本のバレエ芸術や教育の発展に寄与しました。

京都大学高等研究院長で特別教授の森重文さん(70)。
数学の代数幾何学の分野で歴史的な業績を上げ、国際数学連合総裁を務めました。

文化功労者には21人

また、文化功労者に選ばれたのは次の21人の方々です。

俳優で歌手の加山雄三さん(84)、本名・池端直亮さん。
美術史家で元文化庁長官の青柳正規さん(76)。
人形浄瑠璃文楽太夫の豊竹咲太夫さん(77)、本名・生田陽三さん。
人間文化研究機構国立民族学博物館の名誉教授で文化人類学が専門の石毛直道さん(83)。
お茶の水女子大学名誉教授で心理学が専門の内田伸子さん(75)。
漫画家の大島弓子さん(74)。
劇作家で演出家、俳優の唐十郎さん、本名・大※ツル義英さん(81)。
(※「ツル」は雨冠の下に鶴)
自然科学研究機構分子科学研究所長で表面科学が専門の川合眞紀さん(69)。
岩手県立大学の学長を務め、東北大学などの名誉教授で素粒子物理学が専門の鈴木厚人さん(75)。
昭和大学名誉教授で基礎歯学・生化学が専門の須田立雄さん(86)。
建築家の谷口吉生さん(84)。
アニメーション映画監督・原作者の富野由悠季さん(79)、本名・富野喜幸さん。
オリンピックの金メダリストで元全日本柔道連盟理事の中谷雄英さん(80)。
東京大学とシカゴ大学の名誉教授で、遺伝医学・ゲノム医学が専門の中村祐輔さん(68)。
日本舞踊家の西川扇藏さん(93)。
芸能プロモーターの堀威夫さん(89)。
児童文学者の松岡享子さん(86)。
陶芸家の森野泰明さん(87)。
作詞家の山上路夫さん(85)。
埼玉大学名誉教授で日本語学が専門の山口仲美さん(78)。

このほか、文化勲章を受章する真鍋淑郎さんも文化功労者に選ばれています。
文化勲章の親授式は来月3日に皇居で、文化功労者の顕彰式は来月4日に都内のホテルで、それぞれ行われます。

文化勲章 長嶋茂雄さん

長嶋茂雄さんは千葉県出身の85歳。

佐倉一高から立教大学に進み、東京六大学で当時の新記録となる8本のホームランを打つなどスター選手として活躍し、昭和33年、当時としては破格の契約金1800万円で巨人に入団しました。

デビュー戦で当時・国鉄の金田正一投手に対し4打席連続三振を喫しましたが、翌年には史上初めての天覧試合で阪神の村山実投手からサヨナラホームランを打つなど「燃える男」として大試合になればなるほど勝負強さを発揮するバッティングと華麗な守備で多くのファンを魅了しました。

プロ野球を国民的な人気スポーツに押し上げたその活躍から「ミスタープロ野球」の愛称で親しまれ、王貞治さんとの「ON」は巨人が昭和40年から日本シリーズ9連覇を果たした「V9」時代の中心的存在でした。

17年間の現役生活で首位打者6回、ホームラン王2回、打点王5回と多くのタイトルを獲得して最優秀選手にも5回輝いています。

昭和49年に38歳で現役を引退し、セレモニーで残した「私はきょう引退をいたしますが、わが巨人軍は永久に不滅です」というあいさつは、多くのファンの記憶に残り、背番号「3」は巨人の永久欠番となっています。

引退後は巨人の監督を2期、通算15年間務め、巨人の監督としては歴代3位となる1034勝をマークし、リーグ優勝5回、日本一2回を果たしました。

このうち平成8年には首位・広島との最大11.5ゲームの差をひっくり返して逆転優勝し長嶋さんみずから「メークドラマ」と呼びました。

そして平成12年の日本シリーズでは王貞治さんが率いるダイエーとの「ON対決」を制して20世紀最後のシーズンを日本一で締めくくりました。

その後、アテネオリンピックの日本代表の監督を務めている平成16年に脳梗塞で倒れましたが、リハビリを続けながら野球界の発展に力を注いできました。

平成25年には巨人の監督時代に指導した松井秀喜さんとともに国民栄誉賞を受賞しました。

長嶋さんは3年前の7月に体調を崩して検査で胆石が見つかって入院しました。

自宅で療養しながらリハビリを続け、ことしは東京ドームの巨人戦に観戦に訪れたり、2軍の練習施設に出向いて調子を落とした主力選手にアドバイスを送ったりしていました。

そして7月の東京オリンピックの開会式では、国立競技場内の聖火リレーに王さん、松井さんと一緒に参加し、松井さんに体を支えられながらゆっくりと一歩一歩、前に進んでいました。

その野球人生は野球ファンにとどまらず「スーパースター」として多くの人から愛されているほか、プロアマ問わず野球の普及発展に多大な貢献をしています。

長嶋茂雄さん「本当にうれしい」

プロ野球・巨人の終身名誉監督、長嶋茂雄さんは「本当にうれしいことだと思う。野球界で初めての受章になったということなのでなんともいえない気持ちで一杯だ」と喜びを語りました。

そして野球がどういう存在かを聞かれると「日本のスポーツの中で野球というのはやっぱりなんともいえないスポーツだと思っている。野球界のみならず、日本のスポーツも全般的に盛り上がっていけばいいと思う」と話しました。

また東京オリンピックで聖火ランナーを務めたことに関連し、オリンピックについて尋ねられると「世界のスポーツであるという気持ちでいっぱいだ。昭和39年に初めてやったスポーツの祭典を2度日本でやったということは素晴らしいことだ」と話していました。

王貞治球団会長「誰も文句ない」

長嶋茂雄さんが文化勲章を受章したことについてプロ野球・ソフトバンクの王貞治球団会長は「よかったと思います。球界で初めてだし長嶋さんだったら誰も文句ないでしょう。日本国中の人が喜んでくれるんじゃないでしょうか」と話しています。

ノーベル物理学賞 真鍋淑郎さん「多くの方のご助力のたまもの」

ことしの文化勲章の受章者と文化功労者に、ノーベル物理学賞の受賞が決まったプリンストン大学の客員研究員で、海洋研究開発機構のフェローを務める真鍋淑郎さんが選ばれました。

真鍋さんは現在の愛媛県四国中央市出身の90歳。

東京大学で博士課程を修了後、アメリカの海洋大気局で研究を行い、コンピューターによる気候のシミュレーションモデルを開発して二酸化炭素の増加が地球温暖化に影響することを示し、ことしのノーベル物理学賞の受賞者に選ばれています。

真鍋さんは文化勲章の受章者と文化功労者に選ばれたことについてコメントを発表し「これまで取り組んできた研究が、こんにちの地球の温暖化研究の礎となったことは、非常に喜ばしいことです。ここまで、できたのも、共に研究に取り組んできた多くの方々のご助力のたまものと、心から感謝申し上げるとともに微力ながら今度は私が次の世代を支えていきたいと思っています」としています。

真鍋淑郎さんコメント全文

真鍋淑郎さんは文化勲章の受章者と文化功労者に選ばれたことについてコメントを発表し「この度、文化勲章をいただくこととなり、大変光栄に思います。地球温暖化は人類共通の喫緊の課題になっていますがこれまで私が60年を超える長きにわたり取り組んできた研究が、スーパーコンピュータなど科学技術の著しい発展や国際的な関心の高まりなどに後押しをされ、こんにちの地球の温暖化研究の礎となりましたことは、私にとって非常に喜ばしいことです。

現在、この地球温暖化の解決に向けて国内外の多くの研究者が協力して取り組んでおり、その姿を非常に頼もしく思うとともに新しい時代を担う若い研究者の皆さんが、これからも国際的な研究の世界に飛び込み、このような人類の未来をひらく取り組みのために国の枠を超えてご活躍されることを心より願っております。

ここまでの道は決して平たんではありませんでしたがたゆまず研究に取り組むことができたのも、常に私をしった激励し、共に研究に取り組んできた多くの方々のご助力のたまものと、心から感謝申し上げるとともに微力ながら今度は私が次の世代を支えていきたいと思っています」としています。

文化勲章 尾上菊五郎さん「金メダルを頂いたような気持ち」

文化勲章を受章する歌舞伎俳優の尾上菊五郎さんは東京都出身の79歳。

1948年に初舞台を踏み、父親の尾上梅幸さんらの教えを受けて多くの舞台で活躍し、1973年に七代目尾上菊五郎を襲名しました。

男役の「立役」と「女方」の代表的な役をどちらも務めることができる役者として知られ、江戸歌舞伎の世話物ではさっそうとした芸風で高い評価を受け、時代物の二枚目にも多くの当たり役を持ち、2003年には人間国宝に認定されるなど歌舞伎界を代表する俳優の1人となっています。

また、座長を務める「尾上菊五郎劇団」では、芸の継承や若手の育成にも力を入れてきました。

文化勲章の受章について菊五郎さんは「オリンピックの年に歌舞伎界が金メダルを頂いたような気持ちです。役者はいくつになっても、死ぬ間際まで発展途上だと思います。『これでよい』と思えばそれでおしまいです。いつまでも色気を追求して、もてたいとか、褒められたいという煩悩を持って役者を務めたいと思います。まだまだ役者の道は続きます。歌舞伎の持つ独特な形式美、色気やつや、愛嬌、江戸っ子かたぎを研究して、お客様に楽しんでいただける役者になりたい」と話していました。

文化勲章 絹谷幸二さん「絵を描くことは絵に心を入れること」

絹谷幸二さんは奈良市出身の78歳。

東京芸術大学大学院ではヨーロッパの古典的なフレスコ画の技法を学びました。独特の鮮やかな色彩を生かした明るくエネルギーにあふれる作品が特徴で、1998年に開かれた長野オリンピックの公式ポスターの原画を制作しました。

また「天の岩戸」や「天孫降臨」など古事記の神話をテーマにした数々の作品も手がけています。東京芸術大学や大阪芸術大学で教べんをとって後進の育成にも尽力したほか、近年は文化庁の事業の一環で、全国の学校で特別授業を行い、絵を描くことの楽しさを児童や生徒に直接伝えています。

絹谷さんは「とても喜んでいます。絵を描くことは絵に心を入れることです。子どもの頃から身近に仏があり、触れることができる奈良で生まれ育ったことが、『絵を描く』面で生かされたと思っています。初心に戻った気持ちで取り組んでいますが、いよいよこれからが勝負だと思って頑張ります」と話していました。

文化勲章 森重文さん「今後も数学の重要性アピールしたい」

森重文さんは名古屋市出身の70歳。

京都大学理学部を卒業し、名古屋大学の教授や京都大学数理解析研究所の教授を歴任しました。

森さんは数学の「代数幾何学」という図形を扱う分野の第一人者で「極小モデル」という理論を発展させた「森理論」を考案し、非常に複雑な3次元以上の図形を分類するという代数幾何学の大きな課題を解決する端緒を開きました。

こうした業績が評価され、平成2年に「数学のノーベル賞」と呼ばれるフィールズ賞を受賞したほか平成27年には数学分野での国際協力の推進を目的とする国際数学連合で、アジア人初となるトップの総裁に就任し、現在も数学研究の応用や研究者同士の連携に取り組んでいます。

受章について森さんは「当初は自分の研究がどのくらい発展するものか正直よく分からなかったが、その後大きく発展して今回の受章につながったと思うと感慨深い」と述べました。
そのうえで「数学は新たな理論ができるといろいろな分野で応用されて思わぬ分野で大きく発展する可能性があり、今後も数学の重要性をアピールしていきたい」と話しています。

文化功労者 加山雄三さん「大変光栄でありビックリ」

文化功労者に選ばれた俳優の加山雄三さんは、神奈川県出身で84歳。

1960年に映画「男対男」でデビューすると翌年から始まった「若大将」シリーズでは、飾らないおおらかな演技で国民的なスター俳優としての地位を揺るぎないものにしました。

また、「椿三十郎」や「赤ひげ」など黒澤明監督の作品に相次いで出演したほか、ドラマやバラエティー番組などテレビでも幅広く活躍しました。

歌手としても才能を発揮し、みずから作曲して歌うシンガーソングライターの草分け的な存在としてなじみやすいメロディーと温かく説得力のある歌声で「君といつまでも」や「お嫁においで」などヒット曲を次々と発表しました。

こうした実績が評価され、2014年には旭日小綬章を受章しています。

文化功労者に選ばれたことについて加山さんは「芸能生活61年目にして、このような賞を賜ること、大変光栄であり、嬉しく、そしてビックリしております。今までたくさんのファンの方や関係者の皆様に支えられ、今の私があります。その関わってくださった全ての方を代表して、この賞を受賞させていただきたいと思います。80歳を超え、いくつかの病気も患いました。これからの自分は、今まで続けてきたことを継続していくことが一番難しくなってくるかと思いますが、今回のことでより一層身を引き締め、力が続く限り精進してまいりたいと思いますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。皆様に感謝!」とコメントしています。

文化功労者 唐十郎さん「次の演劇人に結びつけば」

文化功労者に選ばれた劇作家で俳優の唐十郎さんは、東京都出身で81歳。

明治大学文学部の演劇学専攻を卒業したあと、1964年に劇団「状況劇場」を結成し、解散後も新たに劇団「唐組」を率いて半世紀以上にわたって演劇界に大きな影響を与えてきました。

劇作家として台本を書くだけでなく、意表を突いた演出をはじめ、役者としてもみずから舞台に立ったほか、映画、ドラマにも出演し、人気を集めました。

さらに、作家としても高く評価され、1983年には「佐川君からの手紙」で芥川賞を受賞しました。

後進の育成にも精力的に取り組み、横浜国立大学をはじめ、近畿大学や明治大学でも教べんをとりました。

文化功労者に選ばれたことについて唐さんは「2005年に紫綬褒章を辞退した者に再度光を当てて頂けましたので大変驚きましたが謹んでお受け致します。井上ひさしさん、蜷川幸雄さん、山崎正和さん以来しばらく演劇界からの受賞者が不在とお聞きしました。この受賞が次の演劇人に結びつけば尚嬉しいです。昨年からの劇団唐組も芝居の延期や中止に追い込まれた現状に異風を起こしたいと願っております。」とコメントしています。

文化功労者 大島弓子さん「深く感謝をする気持ち」

文化功労者に選ばれた漫画家の大島弓子さんは、1947年生まれの74歳。

短期大学に在学中の1968年に出版社に持ち込んだ「ポーラの涙」でデビューし、少女漫画誌で思春期の複雑な内面と成長を繊細に描いた作品を次々と発表しました。

同性愛やトランスジェンダー、家庭崩壊など、当時の少女漫画としては先進的なテーマを鋭い洞察力と哲学的な思索で描いてきました。

また、エッセー漫画の名手でも知られ、1996年から連載した「グーグーだって猫である」は愛猫と過ごした日々を自身のがんの闘病などを交えて描き、映画化やドラマ化されて反響を呼びました。

大島さんは「文化庁から文化功労者選出のお電話があったとき、「オレオレさぎかな」と思いました。びっくりいたしました。深く感謝をする気持ちとともにお受けすることにいたしました。お世話になった方々、そしてたくさんの猫たちほんとうにありがとうございました」とコメントしています。