WEB特集

ハンカチ王子 斎藤佑樹 引退 ~先輩の私に語った本当の思い~

10月17日、日本ハム 斎藤佑樹投手(33)が引退しました。

15年前、“ハンカチ王子”として日本中の注目を集めた斎藤投手。
同じ早稲田実業野球部の1年先輩で、斎藤投手にエースの座を奪われたのが私です。

燃えるような闘争心を内に秘め大好きな野球に誠実に向き合う後輩 斎藤。
私はNHKに入った後、折に触れ、闘う斎藤の姿を記録してきました。
そして去年、野球人生に関わるケガを負った斎藤の取材を再開。
それが、斎藤のプロ“最後の日々”の記録となりました。
(スポーツ情報番組部 ディレクター 高屋敷仁)

去年12月「もう一回、思うように投げたい」

千葉 鎌ケ谷スタジアム 去年12月
去年12月、日本ハムの2軍施設である千葉 鎌ケ谷スタジアム。
当時、斎藤は右ひじのじん帯を断裂、投手にとって致命傷ともなるケガを負っていました。
この年、斎藤はプロ入り後、初めて1軍での登板が1試合もありませんでしたが、球団と契約し現役続行を決めました。

「結果を出していないのに特別扱いではないか」
そんな声もあがっていました。
斎藤投手を撮影する高屋敷ディレクター
高屋敷ディレクター
あえて言うけど、1軍で1回も投げていない中で、斎藤の年齢で契約されたことは客観的に見たら「なんで?」っていう声があると思うんだけど、そこはどう?
斎藤佑樹投手
僕もずっと考えていましたけど、僕は野球やりたいです。ファイターズでできるのがいちばんうれしいですし、それができなかったとしたら、他でも野球をやりたいと思ったと思います。
それがもちろん、世の中的に見て、いわゆる不公平だとか感じるのもわかりますけど、これは僕の個人の意見なんで、僕だけのことを考えていうと、僕はただ野球をしたいだけです。
あとは契約してくれるか、してくれないかはファイターズに任せる。
それは僕がコントロールできないことなので。
だから「自分から引退しろ」って言われるかもしれないですけど、それは自分の気持ちに対して矛盾しているなって。
野球やりたいのに、自分から引退しますって、おかしいじゃないですか。
逆に最後まで野球を自分ができるまではやりたいと思っているので。
2軍ブルペンで投げる斎藤投手
マスコミやファンが一人もいない2軍のブルベンで投げ続ける斎藤。
その球速は130キロ台前半。
全盛期の150キロに遠くおよびません。

1軍で最後に勝ったのは4年前。
プロとしてはドン底の状態が続いていました。
なんで斎藤は投げ続けられるのかなと。ちょっと思ったけどね?
斎藤投手
本当ですね。やっぱり僕もそれを最近考えてて、もしこれ野球じゃなかったらこんなに続けられるかなって思いますし、投げるってことが好きだからここまで続けられていると思いますし。
18歳のころに甲子園で優勝して、大学でも優勝して、プロでも最初のほうは少し勝てて、そこからまた勝てなくなってきて、だからこそもう一回、思うように投げたいっていう気持ちはあるのかなと思ってますね。
ハンカチで汗を拭く斎藤投手 2006年
「もう一回、思うように投げたい」
そのことばで思い返すのは15年前の甲子園の決勝。
駒大苫小牧の田中将大投手と投げ合い、最後は144キロのストレートで田中投手を三振にしとめ、チームを優勝に導きました。

早稲田大学でも1年からエースとして日本一に貢献。

ドラフト1位で日本ハムに入り、1年目は6勝。
2年目には開幕投手に抜てきされました。
斎藤投手の右肩のMRI写真
しかし、この年の日本シリーズで肩を壊し、思うように投げられなくなってしまいます。
腕と肩甲骨の間にある「関節唇」の損傷。

翌年はゼロ勝、その次の年は2勝、プロ3年目以降にあげた勝利はわずか4勝。
以来、鎌ヶ谷の2軍球場が斎藤の居場所となっていました。

2月「1軍で1勝すること。それがボーダーライン」

沖縄キャンプで投げる斎藤投手 2月
今年2月の沖縄キャンプ。
斎藤は球速を出すためのフォーム改造に挑戦していました。
連日およそ200球。
プロに入って最も多くの球数を投げる新たな練習に取り組む斎藤。
ここ沖縄は10年前、斎藤がプロ野球選手としてのスタートを切った場所です。
このキャンプからプロ野球選手になって、10年たって自分が変わっていることとかある?
斎藤投手
いちばん思うのは、あの頃こうやって自然体でインタビューを受けることはまずなかった。自分を作っていたし、いろいろな感情を押し殺しながらプレーをしていたと思います。
「これ言っちゃいけない」とかいろいろ気を使いながらしゃべっていましたけど、今はあまり気をつかってないです。
僕が変わったというよりも、僕を見てくれている人たちの目が変わったっていうのがいちばんじゃないですか。
僕が変なことをしゃべったら、きっと高屋敷さんだったらそんなところ使わないじゃないですか。
それって10年かけて「斎藤佑樹」という存在を知ってくれた人たちが作り出してくれているだけだと思うんです。
だから僕も自然体でいられるというのはありますね。
斎藤の中で、これができたら自分として本当に丸をつける、みたいなことはあったりするの?
斎藤投手
怒られちゃうかもしれないですけどやっぱり1軍で1勝すること。
それが1つのボーダーラインかなと思いますね。
10年前、ここを人をすごい連れて歩いていた時と、1勝に対する気持ちは違う?
斎藤投手
全然違いますね。1勝の価値、1勝の重みみたいのは全く違いますね。
おそらく11年前ここ歩いてる時、僕は1勝なんて簡単だろと思ってましたよ、たぶん。
その時に考える1勝と、今目指す1勝とは明らかに差がありますし、今1勝しろって言われたら相当難しいことだと思うんですけど。

7月「思いどおりに投げている夢をよく見ます」

2軍戦で投げる斎藤投手 7月
シーズンが開幕して3か月がたった7月。
斎藤は2軍戦のマウンドに立っていました。
球速は130キロ台前半とキャンプからの取り組みの効果は上がらず、1軍から声がかかることもありません。

斎藤は、よく見るという夢の話をしてくれました。
斎藤投手
最近すごく夢で見るのは、ボールを自由自在に操れる能力が僕に舞い降りてきて、本当、思いどおりに投げている夢をよく見ますね。試合で投げています。
ことしずっと見ますね。
それだけボールをコントロールできて、自分が思うような結果が出たらめっちゃ楽しいなって、夢から覚めたときには「まあ、それはそうだよな」「そんないい話ないよな」って。
それは高校の時みたいに抑えているときに似ているの?
斎藤投手
そういう感じかもしれないです。
自分の体がコントロールできて思うような結果が得られて…
確かに似ているかもしれないですね。
初めて聞いたけど、おもしろいね。
斎藤投手
ははは、おもしろいですよね。
そんなこと自分だけできたら、逆につまらなくなるのかもしれないですけど。
でも一回ぐらいはやってみたいですね。

“今の斎藤佑樹”に届いたファンレター

斎藤投手に届いたファンレター
7月のインタビューで斎藤が教えてくれたのが応援のファンレター。
“ハンカチ王子”時代を知る世代だけでなく、
“今の斎藤”だけを知る、若いファンからも応援が寄せられていると言います。
斎藤投手
ファンレター本当にうれしいですね。
正直言うと、ファンレターがたくさんきていた時って全部見きれないじゃないですか。
今、全部見させていただいて、僕が元気もらうような内容がたくさん書いてある。
それはすごくうれしいですね。
斎藤がファンレターの一部の内容を教えてくれました。
「私は甲子園のことや、入団された頃の斎藤さんを知りませんが、努力されている姿を見て、お手紙を書かせていただきました。つらくなったらすぐ逃げてしまうことが多く、なかなか立ち上がれないので、斎藤さんが立ち上がり続けているのは本当にすごいことだと思います」
「いつもがんばっている姿、同年代の人間として尊敬しております。ケガなどで思うように活躍できない姿などを含めて、生きざまをファンとして見させていただいております。斎藤選手のどんな状況でもはいあがる精神、向上心に刺激されます」
斎藤の高校時代を知らない人からも声が届くのって、11年プロでやってきているから?
斎藤投手
その時間をもらえていることはすごく幸せですし、長くやっているからこそ、迷惑はもちろんかけますけど、僕がいろいろな人に出会えて、いろんな人に支えられているっていうのが改めて感じられているので、それはすごく幸せだなって。

8月 東京五輪「ハンカチ世代の活躍に悔しさ」

斎藤投手のノート
この夏。斎藤の心を動かす戦いがありました。
田中将大や柳田悠岐、そして坂本勇人。
かつてハンカチ世代と呼ばれた選手たちが躍動した東京オリンピック。
斎藤が思いをつづっていたノートには「東京オリンピックには正直言うと出たかった」と書かれていました。
斎藤投手
悔しいのは、悔しいですよね。
同じアスリートとして自分がそこに行けなかったという。
例えば18の頃だったら確実に目指せるポジションにいましたし、目指せるチャンスもあったのに、自分の努力不足もあったでしょうし、ケガってこともあったでしょうし、やっぱり今思えばどれをとっても言い訳はできないのでそれが悔しかったりしますよね。
ここで私は斎藤に対して緊張する、ある質問をしました。
甲子園での名勝負以来、必ず引き合いに出される田中将大投手の活躍について聞いたのです。
斎藤はこれまで、ライバルの名前を出されると露骨に嫌な顔をして見せたのですが、この時は違っていました。
率直に、マー君とか見てすごいなと思うの?
斎藤投手
やっぱり思いますよね。
どっかで負けないぞって思っていましたけど、プロに入って経験を積んでメジャーに行って活躍して、やっぱりすごいなぁと思いますし、今でもその気持ちは変わらないですね。
イラッとした?
斎藤投手
しないですよ。
いい意味で僕も大らかになったというか、そういう質問に対して、一喜一憂することももちろんないんですけど、よくない意味でいったら、闘争心が無くなってきたのかなと思ったりもしますけど。

9月22日「引退します。最後に僕が決断しないといけない」

9月22日の斎藤投手
9月22日、私は斎藤に呼び出されました。

練習を終えた斎藤と2人きりの場。

そこで突然、告白されたのです。
斎藤投手
結論から言うと引退をするということになりました。
何でかと言うと肩がすごく痛いから。
この間投げた時、肩が本当に上がらなくて「これ無理だなぁ」と思ったんですよね。
試合になったら何とか投げられるんですよね。投げられるけど次の日は肩上がらなくなるし、きょうのキャッチボールもすごくつらかったし。そこがいちばん大きいですかね。
去年もこの時期にひじをけがして「来年もやろうと思えばできる」とドクターに言ってもらえて、去年のこの時期には1年で終わりにするって決めて今の時期を迎えて、これがズルズル続いていくと、野球は大好きですけど、どこかで自分の人生の中で区切りを決めないと次に進めないなと思っている時がきょうだったので。
そればかりは、誰も相談することはできないというか、最後僕が決断しないといけないですしね。
引退の決断を告げる斎藤の目に、うっすらと涙が浮かんでいるように見えました。
ずっと迷っていたと思うけど、斎藤が決断しなかった理由はなんでだと思う?
斎藤投手
心のどこかでまだやれるんじゃないかって言う自分の中での期待がありましたし、まだ本気で140キロ台のボールを投げて1軍で勝てるって本気で期待してたんでそれがあったからだったかもしれないです。
思うように投げれなかったのがいちばん大きいですね。
あと、他のチームメイトを見ていて、他のチームメイトを応援する気持ちが強くなってきたというか、本当はライバルであるチームメイトに対して、本気で頑張ってほしい、活躍してほしいって思ってきたところは選手としての闘争心みたいのがなくなってきてるんだろうなと感じました。
そんな中、けがでマウンドに行って自分の思うような球が投げられない。
何とかそんな状態でも投げさせてもらっている、チャンスをもらっていることに歯がゆさを感じたりしていました。

10月 引退「やり続けることで得られるものがあった」

2軍での最後の登板 最後の1球 10月3日
10月3日、2軍での最後の登板。

斎藤の最後の一球は132キロのストレートでした。
斎藤投手
今の自分が出せる最大限のフォーシーム(ストレート)だったので悔いなく投げられました。
いろんな事を考えた時間が鎌ヶ谷で多かったかなと思いますね。
ここで過ごした時間は僕の人生にとってはとても大事な時間でしたね。
現役最後の試合終了後 10月17日
10月17日、斎藤は札幌ドームで行われたオリックス戦で現役最後のマウンドに。
試合終了後、私は斎藤に“最後のインタビュー”をしました。
2軍生活が長くて、いろいろ考えることがあったと思うけど、その中で斎藤が見つけたもの、気付いたものって何があるのかな?
斎藤投手
目標に向かって頑張らないといけない。それはやり続けないと見えるものも見えてこない。やり続けることによって、どうしてもできないことがある。
今回、僕もできないことが多かったし、それを達成しなくちゃいけないんですけど、それを達成できなかったとしても、やり続けることによって得られるものはたくさんあったと思います。
もしかしたらそれ以上のことが僕は得られたかもしれないですし、自分がやってきた目の前のことを淡々とこなしていくことは大事なのかなと思いましたね。
高校大学で結果を残すことができて、そのままプロに来て活躍できると思ってきましたけど、やっぱりそんなに甘くなかった。
ただ、その中から自分が活躍するために見いださなきゃいけないことはたくさん考えましたし、考える過程が僕にとってはこれからの人生にとってきっと大事なんだろうなと感じました。
大学時代の斎藤投手と高屋敷ディレクター
取材期間中に「斎藤は投げなくなったら、ただの人だ」と先輩面して話したことがありました。
激励の意味もあったのですが、今は取材を通じて野球人だけには収まらない「人間としての強さ」を斎藤から感じています。
斎藤がこれからどんな道を歩んでいくのか、期待をしながら見つめていきたいと思います。
スポーツ情報番組部
高屋敷仁
2010年入局
大阪放送局、報道局 政治番組、スポーツ情報番組部。
学生時代は早実・早大野球部に所属。
元MAX140キロ右腕。
早実ではエースも経験したが早大では打撃投手どまり…

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