パパひとりでも、娘とお出かけしたい

パパひとりでも、娘とお出かけしたい
生後1か月の長女を連れて外出していた私は、ミルクをあげるために、赤ちゃんの世話ができる“ベビールーム”に入ろうとしました。
ところが、こんな張り紙が。

「男性の入室はご遠慮ください」

この時、自分が“パパ”であることになんだか申し訳なさを感じてしまいました。ひとりでの育児を経験した新米パパの取材が、ここから始まりました。
(社会部記者 齋藤恵二郎)

我が家の子育て事情

ちょうど1年前、長女が生まれました。
小さな体をよじって泣き声をあげる娘に、“命”を強く感じました。

そして、まもなく、パパである私ひとりでの育児が始まることになりました。
妻に難病があり、妊娠・出産によって症状が悪化したからです。

生後5日目に娘だけ先に退院することになり、涙ながらに別れを惜しむ妻から娘を引き受けた私は「この子を守らねば」と決意しました。
その後、妻が退院し共に育児をしていましたが、夏のはじめに再び入院。
この1年間で合わせて3か月ほどひとりで育児をすることになりました。

育児とは “24時間命を守る”こと

初めての育児。
ミルクが上手に飲めるようになったり、うんちが立派になったり。
わずかなことにも成長を感じられ、この上ない喜びでした。

一方で、呼吸しているか心配で数分おきに様子をみてしまう。
鼻詰まりで苦しそうにしていても、うまく鼻水が吸いだせない。
なぜかミルクを飲まない。
泣き止まない…。

戸惑いの連続でもありました。

さらに、3時間おきのミルクに、オムツ替え、哺乳瓶の消毒、数十分の仮眠をとるのが精いっぱい。

シッターをお願いするという選択肢もありましたが、新型コロナへの不安から私は頼めませんでした。

一度だけ、「なんで泣き止まない!」と声を荒らげたこともあり、自己嫌悪に陥りました。
記者という職業柄、寝不足にも慣れているはず。
そう思っていた私ですが、緊張状態の中、24時間途切れることのない“命を守るハードワーク”に、心と体が悲鳴を上げ始めていました。

“お出かけ”に救われた

そんな私を救ってくれたのが、記事のタイトルにある“お出かけ”でした。

生後3週間がたったころ、私はふらりと家のドアを開け少しだけ外に出ました。

太陽の光を体いっぱいに浴び、空気を思い切り吸ったとき、突然、涙があふれました。そして、少し心に余裕が生まれたような気がしました。

それから私は、晴れた日は毎日のように長女を連れ、公園に、児童館に、デパートにと“お出かけ”をするように。

ところが、この“お出かけ”、パパだけではなかなかハードルが高いことに気づかされることになります。

“男性の入室はご遠慮ください”

「男性の入室はご遠慮ください」

ミルクをあげようと訪れたベビールームの入り口で目にした張り紙です。
ベビー服を買いに来たショッピングモールや健診で訪れた総合病院などでも見かけました。

ベビールーム(赤ちゃんルームなど名称は様々です)は、赤ちゃんの世話が一通りできる部屋です。
たいてい入口近くに流し台やミルク用のポット、オムツ台がならび、奥に個室の授乳室があります。

ところが、必ずしも男性も利用できるわけではないのです。

奥の授乳室以外であれば男性も利用できる、というときは助かりました。
しかし、そもそも部屋自体に入れないこともあり、これには困ってしまいました。

子どもはミルクを時間通りにほしがるとは限りませんし、人が多い環境では飲んでくれないこともしばしば。

夏や冬だと屋外は過酷です。
かといって家に閉じこもっていてはまた気持ちがふさがってしまう。

ひとりで育児をしていた私にとって、ミルクは母乳と同じ娘の大切な食事。
男性も使えるベビールームは必要不可欠な施設でした。

全国のママパパの投稿で集まった“データ”を分析

困っているのは自分だけなのだろうか。私は、SNSの声も探してみました。

すると「ミルクをあげるために男性も使いたい」と同じような思いをしているパパたちがいました。
「パパが中に入れず、結局自分がミルクをあげた」といったママも。

そこで、ベビールームの実態を調べてみようと思いました。

ところが、ネットを検索しても全国的な規模の調査は見当たりません。
国やいくつかの自治体にも問い合わせてみましたが、パパも使えるかどうかの視点では調べていないといいます。

そこで注目したのが、自分が使っていた「アプリ」です。
「ママパパマップ」というアプリで、オムツ台や授乳室などの場所を地図で探すことができます。

全国6万件の情報が登録され、なにより「男性も使えるかどうか」という情報も載っています。
さっそく、このアプリの会社に連絡してみました。
代表の村石健さんは、私と同じく子育てパパで、やはり“お出かけ”に苦労した経験からアプリを作ったということです。

「パパの育児環境が少しでも良くなれば」とデータの提供を快諾してくれました。
(※アプリは、利用者が施設情報を投稿するタイプです。すべての施設情報が網羅されているわけではありませんが、傾向を把握するには貴重なデータといえます)
データを分析してみると、さまざまなことが分かってきました。
まず、ベビールームは、どのくらいパパも利用できるのかを調べてみました。

全国3万31のベビールームのうち、男性も使えるのは5268、率にして18%。
予想通りともいえる少しさみしい結果となりました。
(※分析の都合上、授乳室のみの施設も含みます。また投稿型なので「男性利用可」の情報が抜けているケースもあり、実際はこれよりも多いとみられます)
次に、パパも利用できるベビールームはどこにあるのか。
東京都を対象に、その分布を調べてみました。

まず都内に1200ある、パパも利用できるベビールームを、地図上にプロットしました。
そして、国土交通省がまとめた鉄道の駅のデータをもとに、駅からベビーカーを押して10分で行ける範囲の円を描きます。(およそ430メートルと設定)
その円の中に施設がある場合は赤色で表示しました。

すると、色のない円、つまり周辺に1つも設備がない駅は、都内の駅全体の実に6割にのぼることが分かりました。

パパの育児のしやすさは、民間頼み!?

さらに、設置されている施設をカテゴリーごとに分析すると、少し意外な結果となりました。

▼役所に設置されているベビールームのうち、パパも利用できるのは12%でした。
▼児童センターは2%
▼公園は7%
▼博物館は13% など。

一方、大手の商業施設を見てみると
▼全国展開で大型モールも運営する、ある総合スーパーでは74%
▼おもちゃの専門店が93%
▼アウトレットが70%
などでした。

投稿に基づくデータという性質上、利用者の偏りや情報の漏れはあるため、実際はこの数字より整備が進んでいると思われますが、それでもこれほどの差が出たのには驚きました。
パパの“お出かけ環境”を支えているのは公共施設よりも大手民間だともいえそうです。

大型商業施設の担当者に聞くと、「お客さんに来てもらう」という視点がより強いからではないかと話していました。

確かに取材の際も、商業施設は「男性も使えるベビールーム」と聞けば、すぐに反応して整備状況を細かく説明してくれました。

一方、取材した範囲では、行政機関では出先の施設を含めて詳細に把握しているところはありませんでした。

中には杉並区役所のように、要望を受けて、ベビールームにカギを付け、完全入れ替え制に変更しパパも使えるよう工夫をしているところもありますが、「古い設計のためそもそもスペースに余裕がなく、男性の利用はお断りしている」という役所もありました。
私のような事情が無くても、パパと赤ちゃんだけでお出かけする機会はどの家庭にもあります。父子家庭も約20万世帯です。

ヨーロッパなどに比べて低いとされる男性の育休取得率も厚生労働省によると昨年度の調査で初めて10%を上回り、国をあげて男性の育児参加を高めようとしているのですが…。

パパの育児環境 改善には“意識の壁”も

そうしたなか、SNS上で評判となっていたのが、こちら。
オムツ替えも授乳もでき、パパも利用できるボックス型のベビールームです。

「女性に偏った育児負担の改善をしたい」と横浜市のベンチャー企業が開発しました。
パパも利用できるベビールームの設置には、スペースや費用がネックとなることが多いのですが、これは畳1枚分あればよく、必要な費用は月5万円ほど。
「男性可」のマークも心強く感じます。
開発から4年間で全国300箇所に広がっているとのことです。

ただ、設置には大きな壁があるといいます。それは、パパの子育てに対する施設側の理解が必ずしも十分ではないことです。
ベンチャー企業 広報担当 家入紋香さん
「男性も利用できるベビールームのニーズは増えています。ただ、設置交渉には大きな意識の壁があります。民間でも公共でも、特に決裁権限のある人が年配の男性で育児経験に乏しい場合、『母親がいるのだから不要では』となかなか理解されないことも多いんです」

ひとりひとりの声で環境改善を

男性の子育て支援をするNPOの代表は、大切なのは、ひとりひとりが声を上げて、地道に必要性を理解してもらうことだと指摘します。
NPO代表 安藤哲也さん
「今の状況は、実は、NPOを立ち上げた15年前と似ています。当時、求めたのはオムツ台でした。便座のフタの上でオムツを替えていて、何度わが子を落としそうになったことか。『必要ない』とも言われることもありましたが、皆が地道に要望し続け今のように大きく改善されました。今はさらに男性の育児参加が進み、ベビールームもパパの子育てに必要だという声が大きくなっています。その声を、ひとりひとりが身近な施設に届けることで今回もきっと変わっていくはずです」

ママでもパパでもなく

わずか3か月ではありますが、ひとりでの育児の経験から始まった今回の取材。

強く感じたのは、「ママ」でも「パパ」でも無く、「どの赤ちゃんにとっても」快適な環境が増えてほしいということ。

もちろん、ママの子育て環境も十分とは言えませんし(※リンクの記事もご覧ください)、男性も利用することに不安を感じる女性もいます。

どうしたらママもパパも、何より赤ちゃんも安心できる環境を作っていけるか、これからも取材していきます。
社会部記者
齋藤 恵二郎
2010年入局
データ分析、災害、子育て、教育などを取材
娘が歩き始め、お出かけがますます楽しみに