ショパン国際コンクール 2位に反田恭平さん 4位に小林愛実さん

世界3大コンクールの1つで一流ピアニストへの登竜門として知られる「ショパン国際ピアノコンクール」で、東京都出身の反田恭平さん(27)が2位に、山口県出身の小林愛実さん(26)が4位に、それぞれ入賞しました。

ポーランドの首都ワルシャワで開かれている「ショパン国際ピアノコンクール」は、ベルギーの「エリザベート王妃国際音楽コンクール」やロシアの「チャイコフスキー国際コンクール」と並ぶ世界3大コンクールの1つとされ、一流ピアニストへの登竜門として知られています。

原則として5年に1度開かれ、18回目となることしのコンクールでは、20日までに最終選考に残った12人による演奏がすべて終了し、
▽東京都出身の反田恭平さん(27)が2位に、
▽山口県出身の小林愛実さん(26)が4位に、それぞれ入賞しました。
▽優勝したのはカナダのブルース・リウさん(24)でした。

「ショパン国際ピアノコンクール」では、過去にマルタ・アルゲリッチさんや、スタニスラフ・ブーニンさんなどが優勝し、日本の内田光子さんも1970年に2位に入賞しています。

反田恭平さん「ステージの40分間 最高の瞬間だった」

コンクールで2位となった反田恭平さんは、入賞の発表のあと報道陣の取材に応じ「本当に信じられないです。実感がありません。プログラムを6年考え、すべてが実った瞬間です。人の夢がかなう瞬間は人それぞれだと思いますが、僕の場合は12歳から憧れてきたこのファイナルのステージで40分間夢がかない続け、最高の瞬間だったなと本選を終えて思いました。順位はあとからついてくると思っていました」と喜びを語りました。

また、4位となった小林愛実さんについては「ランドセルを背負っているころから同じ音楽教室に通い、雪の日や雨の日も一緒に帰り、昔から家族ぐるみでつきあっていました。今回『一緒にファイナルに行こうね』と口約束をしていて、ファイナルに行った時点で僕は感無量でした。前回、彼女は入賞できなかったので、彼女が4位と呼ばれた際には『おめでとう』と伝えました。僕は呼ばれるかどうかわからなかったので、素直にうれしかったです」と話しました。

最後に反田さんは、日本から多くの応援があったとしたうえで「たくさんの勇気づけられるコメントをいただきました。プレッシャーに耐えきれず、悩んだこともありました。応援してくださる方々がいて、この結果があると思うので、本当にありがとうございました」と感謝の気持ちを述べていました。
反田さんは、ワルシャワのショパン国立音楽大学で学び、若手音楽家によるオーケストラを結成したり、コロナ禍でコンサートが相次いで中止に追い込まれるなか、有料のオンライン配信を始めるなど行動力のある音楽家として注目されています。

小林愛実さん「最後までぶれずに演奏できた」

コンクールで4位となった小林愛実さんは21日、報道陣の取材に応じ「4位に入賞できて素直にうれしく思います。今回のコンクールでは自分の中で思う音楽をぶれずに演奏することが目標だったので、それを最後まで、ぶれずにできたことは意味があったのかなと思います」と喜びを語りました。

小林さん 幼いころから活躍 前回も最終選考に残る

小林さんは3歳からピアノを始め、7歳でオーケストラと共演するなど幼いころから活躍し、前回2015年の「ショパン国際ピアノコンクール」でも最終選考に残っていました。

小林さんの出身小学校の校長は

「ショパン国際ピアノコンクール」で4位に入賞した小林愛実さんは、山口県宇部市の万倉小学校に通っていました。

当時、小学校の校長だった松原夏樹さんは「保護者のような気持ちで緊張して、まともに演奏を見ることができなかった。出られるだけですごいのに入賞するなんてとてもすばらしい」と今回の成績をたたえました。

松原さんによりますと、小林さんは小学生のころから週末は東京まで行ってピアノのレッスンを受けていましたが、学校の宿題を忘れたことはなかったということで、「練習のあとの夜中にやっていると聞いた。ピアノの猛練習をしているそぶりは1つも見せない、とても明るくて活発な子だった」と振り返りました。

また、小林さんは当時から「作曲家の気持ちになって演奏している」と話していたということで、松原さんは「さらに飛躍してほしい。また山口にも帰ってきてぜひコンサートを開いてほしい」と話していました。

小学校の同級生「誇りに思う」

山口県出身の小林愛実さんの、かつての同級生や知り合いが今回の快挙をたたえています。

このうち、山口県宇部市の万倉小学校で、小林さんの同級生だった平本里美さんは「私にとっては仲のよい『愛ちゃん』ですが、すごい同級生を持ったなと誇りに思います」と話しました。

平本さんによりますと、小林さんは、20人ほどのクラスで合唱をした際などにピアノの伴奏を行うこともあったということです。

平本さんは「本格的に曲を弾き始めると、別人になったような芸術家の一面があった」と振り返りました。

そのうえで「愛ちゃんは食べることが好きだから、しっかり食べて体力を付けて、もっとすてきなピアニストになってほしい。ふるさとに帰ってきたら、かつての同級生と一緒に、おいしいものを食べたい」と話していました。

また、小林さんの母親の友人の貞弘孝子さんは「愛実さんの才能を伸ばすために、家族は大変な努力をしてきたと思う。これからも支えてあげてほしい」と話していました。

過去に入賞 小山実稚恵さん「日本人2人入賞 何よりうれしい」

「ショパン国際ピアノコンクール」で過去に入賞した経験のあるピアニストの小山実稚恵さんは「コロナ禍で、みんなの気持ちが沈みがちなときに5年に1回のコンクールで日本人が2人も入賞したことは何よりもうれしい」と祝福しました。

そのうえで「2人ともすでにプロとして活躍しているピアニストで、改めてコンクールに挑戦するのはとても勇気がいることです。そうした場で集中して力を出せたのはすごいことだと思う。さらに演奏活動の場を広げてそれぞれ自分の世界を築いていってほしい」と話していました。

「ショパン国際ピアノコンクール」一流の演奏家への登竜門

ポーランド出身のフレデリック・ショパンは、19世紀前半に活躍したピアニスト・作曲家で、39年の短い生涯の中で詩的で情感にあふれたピアノ曲を数多く残し、「ピアノの詩人」と呼ばれています。

「別れの曲」や「革命のエチュード」など、クラシックファン以外にも親しまれている作品も多く、名曲の数々は、現代まで、時代を超えて愛されています。

そのショパンにちなみ、ポーランドの首都・ワルシャワで1927年から行われているのが「ショパン国際ピアノコンクール」です。

ベルギーの「エリザベート王妃国際音楽コンクール」、ロシアの「チャイコフスキー国際コンクール」と並んで、世界3大コンクールの1つとされ、一流の演奏家への登竜門として知られています。

開催は原則、5年に一度で、各国から才能にあふれる若手ピアニストが参加し、世界の一流ピアニストが審査員を務めます。

課題曲はショパンの作品に限られるという特徴的なルールで、ショパンの多彩な楽曲の演奏を通じて、高度な技術や表現力が求められます。

過去のコンクールの優勝者には、1960年のマウリツィオ・ポリーニや、1965年のマルタ・アルゲリッチ、1985年のスタニスラフ・ブーニンなど、のちに世界を代表する名ピアニストが並び、日本からは、内田光子さんが1970年に2位に入賞しているほか、1965年には、中村紘子さんが4位に入賞し、中村さんはのちに審査員も務めました。