ビジネス特集

鉄鉱石×水素で脱炭素? ベールに包まれた試験高炉とは

いま、あらゆる業界で「脱炭素」の取り組みが加速しています。重厚長大産業の代表格「鉄鋼業」も例外ではありません。実は鉄鋼業界から排出される二酸化炭素の量は国内全体の15%を占めています。これからどのように脱炭素の取り組みを進めていくのか。今回、業界では世界最先端とも言われる技術開発の現場を取材することができました。(経済部記者 藤本浩輝)

広大な製鉄所の一角で進む“最新高炉”の開発

取材に訪れたのは、千葉県にある国内最大手・日本製鉄の東日本製鉄所君津地区。東京湾アクアラインを使えば東京都心から1時間余りで到着します。

広大な敷地に広がる製鉄所。その東西方向には、東京駅から新宿駅に匹敵する距離があるというから驚きです。

脱炭素に向けた新たな製鉄技術の開発は、この製鉄所の一角で行われています。
「COURSE50」と名付けられたこのプロジェクト。NEDO(=国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託研究開発プロジェクトとして、日本製鉄・JFEスチール・神戸製鋼所の大手鉄鋼メーカー3社などがオールジャパンで取り組んでいます。

ベールに包まれた試験高炉

試験高炉の炉体
今回取材が許可された試験高炉は、機密性を保つ必要もあり、建屋の中に納められています。当然のことながら、外からその姿を見ることはできません。
建屋の中に足を踏み込むと目の前に現れたのが、試験高炉の本体の一部です。一度にすべてを見渡すことはできませんが、高さは6.5メートルあります。

素人の私には、正直なところ、見た目だけではそのすごさは分かりませんでした。しかし、海外のライバルメーカーから見れば、まさにのどから手が出るほどほしい“機密情報の塊”なのだそうです。

実は今回の撮影にあたり、取材の交渉にかかった期間は半年余り。今回は試験高炉の炉体も含めて特別に撮影することができましたが、報道にあたってはボカシを入れる部分が厳密に指定されました。

その厳密さが、目の前にある高炉がいかに機密性が高いか、如実に物語っているように感じました。

鉄鉱石×水素=水?

試験高炉のカギを握るのは「水素」。「水素還元」と呼ばれる仕組みを活用することで、二酸化炭素の排出を10%以上、削減することに成功しています。

「水素還元」とはいったいどういう仕組みなのでしょうか?
炭素還元
実は鉄鋼の脱炭素を考える時に避けて通れないのが、「還元」というプロセスを理解することです。理科の授業を思い出しながら、少しだけ勉強におつきあいください。

自然界で鉄は酸化されて赤茶けた鉄鉱石として存在しています。原料の鉄鉱石から鉄を取り出すには、鉄鉱石から酸素を除去する=「還元」することが必要です。

「還元」を行うために使っているのが、もう1つの原料である石炭(炭素)。炭素が鉄鉱石に含まれる酸素を奪い取ることで鉄が作られますが、炭素と酸素が結び付くことで二酸化炭素が発生します。
従来の高炉
この反応を行う“超大型の化学反応器”を「高炉」と呼び、製鉄所のシンボル的な存在となっています。ここまで見てきたのは高炉を使った従来の製鉄の方法です。

担当者によると、この炭素を使った還元は「人類始まって以来」続けられてきた方法なのだそうです。
水素還元
今回の試験高炉では、還元材である炭素の一部を水素に代替しています。水素が鉄鉱石に含まれる酸素と反応して水が発生し、二酸化炭素の発生を減らす仕組みです。

「炭素還元」に対して「水素還元」と呼ばれています。

鉄鋼製品をつくる際に発生する二酸化炭素の大半は高炉で鉄鉱石を還元するときに発生するため、鉄鋼業界で脱炭素を進めるには、その還元方法を見直すことが欠かせないのです。

“世界初” 二酸化炭素10%以上削減に成功

通常、「高炉」は一度動かすと、基本的に止めることはありません。

ただこの試験高炉は少し違います。およそ1か月間、24時間連続で操業し、炉内の温度や成分の計測を続けています。

そして1か月間の操業を終えると、炉内に残った物質の成分なども詳細に分析。そのサイクルを繰り返し、どうしたら実用化につなげることができるか、さまざまな検証を重ねているのです。

担当の野村さんによると、この高炉のサイズで10%以上の二酸化炭素削減に成功したのは、世界で初めてなのだそうです。
COURSE50プロジェクトリーダー 野村誠治さん
野村さん
「想定よりも世の中は”脱炭素”に向けてかなり前倒しで動いていることを実感しています。少しでも早く技術を確立したいです」

実用化に課題山積

試験高炉のオペレーションルーム
ただ試験用の高炉での実験では成功したとはいえ、実用化には課題も多く残っています。

1つ目の課題は、「温度」です。

水素を使って鉄鉱石を還元する場合、炭素のように温度が上がらす、高炉の熱が奪われてしまうそうです。このため、水素の量を増やすと、思うように鉄鉱石が溶けないのです。鉄鉱石をドロドロに溶かさないといけないのに、できない。こういうことだそうです。

具体的にどのような工夫をしているかは機密保護の観点から明らかにすることはできないということですが、試験高炉では、原料の投入量、水素を吹き込む量やタイミングなど、最適なバランスについて、研究開発を進めているということです。
2つ目の課題は「大きさ」です。

実用化にあたっては、試験高炉を数百倍の規模に拡大しても、同じように還元を進めなければなりません。試験高炉の炉内の容積は12立方メートル。実際に生産が行われている大型の高炉の炉内の容積はおよそ5000立方メートルと、その差は実に400倍ほど。

プロジェクトでは、2030年ごろまでに1号機を実用化し、高炉設備の更新を行うタイミングを踏まえて2050年ごろまでの普及を目指しています。

そして、3つ目の課題は「費用」です。

日本製鉄1社だけで、今回の技術を含むカーボンニュートラルのための研究開発費として5000億円規模、実用化のための設備投資には4兆円から5兆円規模の資金が必要だとしています。”重厚長大産業”と呼ばれる産業だけあって、その費用もケタ違いです。

仮に技術そのものが確立できても、同じ製品にかかる製造コストは現在の倍以上に上昇する可能性もあり、課題は山積みともいえます。

鉄鋼業界の脱炭素化 日本がリードできるか

海外に目を転じると、中国やヨーロッパのライバルメーカーも脱炭素に向けた製鉄技術の開発に力を注いでいます。

将来的には、脱炭素に対応できていない鉄鋼製品は、顧客である自動車や家電メーカー、建設会社などにとって、将来的には“使えない”素材になるおそれもあります。日本製鉄は、脱炭素の取り組みは、会社の生き残りをかけた最重要課題だとしています。
日本製鉄 鈴木英夫常務執行役員
鈴木 常務執行役員
「脱炭素を早く実現することによって世界のリーダーシップを取れる。もしも出遅れたら、技術でもマーケットでも先にほかの企業に取られてしまい、鉄鋼産業のリーダーシップは取れなくてなってしまう」
生活のあらゆる場所に使われる鉄。

日本の鉄鋼業界は、世界規模で進む脱炭素の動きをリードし続けることができるのか、注目していきたいと思います。
経済部記者
藤本浩輝
平成17年入局
山口放送局など経て経済部
現在は鉄鋼など素材業界と金融業界を担当

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