130年前のワクチン接種証明書を調べてみたら…

130年前のワクチン接種証明書を調べてみたら…
緊急事態宣言が解除され、これまで我慢してきたことをどうやって再開していくか。

国が活用する方針を示すワクチンの接種証明に賛否が分かれる中、先日、大阪の住宅から130年以上前の証明書が見つかりました。

当時の人々の受け止めはどうだったのか、調べてみました。

(ネットワーク報道部 吉永なつみ 目見田健 杉本宙矢)

明治の証明書に4万「いいね!」

接種証明をめぐる議論が活発になった9月下旬。

大阪府に住む20代の男性が見つけたあるものがSNSで話題になりました。
「明治のワクチン接種済み証出てきた」
アンティークや古写真を集めるのが趣味だというこの男性が、祖父母の家で古い書類を整理していたときのこと。

その色あせた1枚の紙は、どうやら遠い親戚が天然痘の予防接種を受けたときにもらったもののようでした。

男性が何気なくその画像をSNSに投稿すると、3万8000件以上の「いいね」がついたのです。
投稿した男性
「ものすごい反響があって驚きました。それだけ身近な話題になっているのだなと感じます」

どのように活用されていた?

私たちは男性に承諾を得たうえで、証明書を専門家に見てもらいました。
「これを見ると臨時種痘、つまり定期接種とは別に天然痘の流行地域で行われるワクチン接種が明治20年4月24日で、生まれが明治16年11月1日とありますから、この子が3歳のころですね」
話をしてくれたのは、医学史と医療社会学が専門の佛教大学の香西豊子教授です。
香西教授によると、天然痘のワクチン接種は明治9年に、当時の内務省の規則で病気などのやむをえない場合を除いてすべての国民に義務づけられました。

免疫をつけるために時間をあけて何度か接種し「善感(免疫ができること)」すれば、専門の医師が証明書を発行しました。
「ただこの子の場合『不善感』という印がありますから、このときはうまく免疫が付かなかったのでしょう。かわいそうですが、また呼び出されて接種することになったと思いますね」
発行された証明書の数は毎年、地方の役所から中央の内務省衛生局に報告されました。

正当な理由なく種痘を拒んだり、証明書が提示できなかったりする場合には、罰金が科されたそうです。
香西教授
「明治42年に天然痘予防が法律化されると、証明書が戸籍簿に転記され、学校への入学・就職など社会活動が制限されるようになりました。ただ、天然痘の場合はひととおり接種を済ませておけば、生涯を通じてかかることはほぼなかったので、接種を証明することには意味がありました。接種後も感染する可能性がある新型コロナとは状況が大きく違ったのです」

昔も賛否が分かれていた

香西教授によると、天然痘のワクチン接種をめぐっては江戸時代から賛否があったといいます。

江戸時代の終わりごろにワクチンが海外から伝わった当初は、副反応の危険性や予防効果への疑いから、一般の人だけでなく医師にもなかなか受け入れられませんでした。
その後、安全性の高いワクチンが新たに取り寄せられ、効果が知られるようになると徐々に広がっていきます。

ただ内務省衛生局の取りまとめたデータによれば、種痘の義務化された明治時代には接種率が7割から8割程度にのぼったものの、それでも2割程度の人は接種していませんでした。
香西教授
「ワクチンに対する不安や病気、経済的な問題など、接種しない・できない理由はさまざまでした。江戸時代に海外の医療に詳しかった医師や明治政府の役人たちは接種すると天然痘にかかって死亡する確率が下がるとデータで説明しましたが、『肌感覚』で効果が感じられないと人々の心は動かなかったようですね」

そして現代は

ひるがえって今の日本。

新型コロナの感染対策に対する賛否は分かれています。

中でも最近、話題になっているのがワクチンの接種証明です。
日本トレンドリサーチがインターネットを通じて行った調査では、「賛成」が52.9%、「反対」が22.1%でした。
理由を見てみるとそれぞれに事情や考え方があることがわかります。

賛成の人
「コロナとうまくつきあいながら日々を楽しみたい」
「リスクを考えてワクチン接種した人には何らかの特典が与えられて当然」

反対の人
「ワクチンを打ったからといって感染しない保証は無い」
「差別を助長する原因になりかねない」
アンケートの担当者
「我慢(自粛)の限界という人が多い印象でした。副反応もあるワクチンを打ったので、何かメリットがほしいと考える人もいるようです」
日本トレンドリサーチの調査結果
https://trend-research.jp/9971/

切実な事情の人も

「私みたいに打ちたくても打てない人もいるので反対です」

岐阜県の20代の女性はことし5月、1回目の新型コロナウイルスのワクチン接種を受けた後にせきが止まらなくなり、呼吸困難に陥りました。

診断の結果は、アナフィラキシー。

医師から2回目の接種はしないように指示があったといいます。

これまでもインフルエンザや子宮けいがんワクチンの接種のあとに発熱などの副反応があったという女性。

ワクチンの接種証明の活用が検討されていることに危機感を感じています。
岐阜県の20代女性
「ワクチンを打ってないと飲食店などに入らせてもらえなくなるとか、『あの人はワクチンを打ってないからコロナウイルスを持っているかもしれず、危ない人』といった偏見が生まれる可能性もあると思います。ワクチンを打っていても誰かを感染させることもあるので、打っているから遊びに行っていいというのもおかしいと思います」

必要なのは対話 でもどうすれば?

人それぞれ事情がある中で、受け入れられる感染対策をどうやって作っていけばいいのでしょうか。

リスクコミュニケーションに詳しい早稲田大学の田中幹人教授は、今こそ対話が必要だと話します。
田中教授
「キーワードは“実効感”。納得感というと分かりやすいかもしれません。あるテーマについて対話を通じて一緒に判断し、落としどころを見つける。そうすると自分で自分のリスクをコントロールできているという感覚が生まれます。さらに意見が反映されることで語ってよかった、社会の役に立ったという納得感にもつながる。リスクを一方的に情報発信するだけではだめなのです」

“私たちはどんな社会に生きたいのか”

しかし意見が違う者どうしの対話って結構難しいもの。

どうすれば対話は深められるのでしょうか。
田中教授
「もっと小さな単位で考えてほしいんです。例えば地元のお祭り。この2年できなかった祭りをどうやってやるかといったときに『祭りの出演者は重い責任を持つんだからパッケージを要求してもいいんじゃない?』とか、『観客は密にならないように沿道もコントロールすれば出入り自由でいいよね』とか。
 具体的な話し合いを重ねることでワクチン・検査パッケージ※2をどう使っていくかという発想が出てくると思います。これが“私たちはどのような社会に生きたいのか”という問いに対する答えをみんなで作りだそうというリスクコミュニケーションです」
一人一人が納得できる感染対策にするために、身近な人たちと“自分はどんな社会に生きたいのか”を語るところから始めてみたいと思います。
<解説>
1 ワクチンパスポート
海外渡航時に一部の国で入国時に提示すると検査や隔離措置が免除される証明書のこと。日本政府はことし7月から運用。また、これとは別に自治体が独自に発行するなどして、都道府県をまたぐ旅行やイベント、会食などの場面で活用しようという動きもある。

ワクチン・検査パッケージ
ことし9月に国が示した考え方。具体的なことはまだ決まっていないが、国はワクチンが接種を希望するほぼ全員に行き渡る見込みの11月ごろから、ワクチンの接種証明や検査の陰性証明を活用して、イベントや会食、旅行などの行動制限を段階的に緩和していく方針。10月からは実証実験が始まっている。