沖縄 那覇の9割が焼失「10・10空襲」から77年 慰霊祭行われる

沖縄戦が始まる前の年の昭和19年10月10日、那覇市の9割が焼失し、1400人以上が死傷した「10・10空襲」から77年になる10日、那覇市で慰霊祭が行われました。

昭和19年10月10日、沖縄県内の各地がアメリカ軍の激しい空襲を受けた「10・10空襲」では、668人が死亡、768人が負傷し、那覇市の9割が焼失しました。

空襲から77年になる10日、那覇市の戦没者をまつった碑の前で慰霊祭が行われました。

ことしは新型コロナウイルスの影響で、参列者を遺族など26人にとどめるなど規模を縮小しました。

はじめに全員で黙とうをささげ、那覇市連合遺族会の瑞慶山良祐会長(79)が「再び戦争の惨禍が繰り返されることのないよう、平和の尊さをみんなで考えていきたい」とあいさつしました。

このあと、参列した人たちは献花を行い、静かに手を合わせていました。

当時8歳だった照屋苗子さん(85)は「壕に逃げ込んで助かりましたが、那覇は火の海になっていました。戦争はとても怖く嫌な思い出です。平和がずっと続いてほしいです」と話していました。