すぎやまこういちさん死去 90歳「ドラゴンクエスト」など作曲

ゲームの「ドラゴンクエスト」シリーズなど、幅広いジャンルの音楽を手がけてきた作曲家のすぎやまこういちさんが先月30日、敗血症性ショックのため亡くなりました。90歳でした。

すぎやまさんは東京都の出身で、幼いころから音楽に親しみ、東京大学を卒業後、民放のディレクターとして働きながら作曲家としての活動を始めました。

1960年代にはザ・タイガースの「君だけに愛を」やヴィレッジ・シンガーズの「亜麻色の髪の乙女」など、グループサウンズのヒット曲を数多く手がけたほか、ザ・ピーナッツの「恋のフーガ」など時代を彩る楽曲を次々と送り出しました。
アニメの主題歌やゲームの音楽なども数多く手がけ、中でも人気ゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズでは、1986年の第1作から第11作まで全作品の音楽を30年以上にわたって作曲し、冒険の世界を彩る音楽が世代を超えて親しまれてきました。
2016年には「最高齢でゲーム音楽を作曲した作曲家」として、ギネス世界記録に認定されたことで話題になりました。

日本作編曲家協会の理事長など音楽団体の要職を歴任し、長年にわたる貢献が評価されて2018年には旭日小綬章を受章し、2020年には文化功労者に選ばれました。

また「ドラゴンクエスト」のオープニングテーマは、ことしの東京オリンピックの開会式で選手団の入場行進でも使われました。

スクウェア・エニックスによりますと、すぎやまさんは先月30日、敗血症性ショックのため亡くなりました。

90歳でした。

「ドラゴンクエスト12」の作曲が最後の仕事に

「ドラゴンクエスト」シリーズを制作する「スクウェア・エニックス」は、ホームページですぎやまさんについてコメントを発表しました。

それによりますと、すぎやまさんは現在制作中の「ドラゴンクエスト12 選ばれし運命の炎」の作曲が最後の仕事になったということです。

シリーズの500曲以上におよぶ楽曲をすべてひとりで作曲してきたということで「これからも共にご制作いただきたく思っておりましたので、誠に残念でなりませんが、ドラゴンクエストの音楽は永遠に皆様の記憶の中にあり、ドラゴンクエストのゲームの世界でいつまでも生き続けてまいります」とコメントしています。

堀井雄二さん「ドラクエはすぎやま先生の音楽とともに」

すぎやまさんが作曲を手がけた「ドラゴンクエストシリーズ」の原作者として知られるゲーム作家の堀井雄二さんは「すぎやま先生の、あまりに突然な訃報を聞き本当に残念でなりません。ドラゴンクエストを作って35年、その世界に、すぎやま先生は音楽という命をずっと吹き込んできてくださいました。先生には本当に素晴らしい楽曲をいっぱい書いていただきました。これからもドラクエは、先生の音楽とともにあります。ユーザーの皆さんの心の中に先生は生き続けるはずです。すぎやま先生長い間本当にありがとうございました」とコメントしています。

鳥山明さん「長く一緒に仕事 本当に光栄」

「ドラゴンクエスト」シリーズでキャラクターのデザインを手がけている漫画家の鳥山明さんは、「スクウェア・エニックス」のホームページで「すぎやま先生の訃報を聞き、驚いています。つい数年前にお会いした時の印象からもいい意味で、永遠の命を持つ魔法使いのように思っていました。ドラゴンクエストのイメージは、当時からゲームが大好きでいらした、すぎやま先生の素晴らしく印象的な数々の名曲によって決定付けられた。と言っても過言ではありません。長くご一緒に仕事をさせていただいて本当に光栄でした!心よりご冥福をお祈りいたします」とコメントしています。

岸部一徳さん「沢山の名曲を作って頂いた」

すぎやまさんが数多くの作曲を手がけた「ザ・タイガース」のメンバーだった俳優の岸部一徳さんは「ザ・タイガースのデビュー曲をはじめ沢山の名曲を作って頂きました。今でも、メンバーがそれぞれ、すぎやま先生の曲をステージで歌っています。ありがとうございました」とコメントしました。

すぎやまさんが作曲した楽曲(一部)

すぎやまさんは「ドラゴンクエスト」シリーズの500曲以上におよぶ楽曲を作曲するなど、幅広いジャンルの音楽を手がけました。

1960年から70年代にかけて、
▽ヴィレッジ・シンガーズの「亜麻色の髪の乙女」(1968)
▽ザ・タイガースの「僕のマリー」(1967)「花の首飾り」(1968)「君だけに愛を」(1968)といったグループサウンズのヒット曲のほか
▽ザ・ピーナッツの「恋のフーガ」(1967)
▽GAROの「学生街の喫茶店」(1972)など数多くの作品を送り出しました。

また「帰ってきたウルトラマン」などテレビ番組の音楽を担当したほか、東京競馬場や中山競馬場で使われるファンファーレも作曲しました。

スクウェア・エニックス社長「素晴らしい楽曲に敬意と感謝」

「ドラゴンクエスト」シリーズなどを制作する大手ゲーム会社「スクウェア・エニックス」の松田洋祐社長は会社のウェブサイトで「すぎやまこういち先生の突然のご訃報に接し、謹んで哀悼の意を表します。『ドラゴンクエスト』シリーズの誕生から今日に至るまで言葉では表せないほどの多大なご尽力を賜りました。ドラゴンクエストコンサートでオーケストラを指揮される先生のお姿が昨日のことのように思い起こされます。これまでのご功績と、すぎやま先生が作り出された多くの素晴らしい楽曲に敬意と感謝を表しますとともに、心よりお悔やみ申し上げます」とコメントしました。

中川翔子さん「先生にしか奏でられない曲ばかり」

「ドラゴンクエスト」シリーズの長年のファンであると公言し、ゲームのキャラクターの声を担当したこともあるタレントの中川翔子さんは「すぎやま先生が作曲したドラゴンクエストの『序曲』は本当にワクワクする曲で、ゲームのカセットを入れて曲が流れた瞬間にワクワクするあの感じを味わえるのはあとにも先にもこの曲だけです」と話しました。

また自身のラジオ番組にすぎやまさんがゲストで出演したときのことにふれ「ご自身の曲が流れるたびに指でその曲を指揮して演奏するような、懐かしむような穏やかな表情で1曲ずつ解説してくださった姿が本当にすてきでした」と振り返っていました。

そして「ずっと一生聞いていたくなるような、先生にしか奏でられない曲ばかり、たくさんの名曲を作って下さって本当にありがとうございました」と話していました。

東京都交響楽団と15年以上にわたり共演

すぎやまさんはオーケストラの音楽も手がけ、東京都交響楽団とは15年以上にわたって共演し、CDやDVDを出してきました。

東京都交響楽団は2004年にドラゴンクエストシリーズの録音を担当したことがきっかけで、楽曲の録音やコンサートですぎやまさんとの共演を続けてきました。

国塩哲紀 芸術主幹によりますと、東京都交響楽団ですぎやまさんと最後に一緒に仕事をしたのはおととし10月に行った楽曲の録音だったということです。

国塩 芸術主幹は「偉大な音楽家で指揮台に立つと迫力があるのですが、普段は気さくな方で、一緒に仕事をするたびに感銘を受けました。私たちの楽団のことをとても大切に思ってくれていて、訃報に接し大変残念に思っています。ご冥福をお祈りします」と話しました。

音楽評論家「幅広いジャンルで時代を越え活躍 超一流の作曲家」

音楽評論家の富澤一誠さんは、すぎやまさんが手がけた音楽について「60年代から70年代には数々の昭和歌謡曲を手がけて大ヒットとなり、そこで終わることなく70年代半ばからはアニメソング、そして80年代以降はゲーム音楽で支持を得るなど、幅広いジャンルで時代を越えてカメレオンのように活躍した、超一流の作曲家だ」と評価しました。

そして、幅広いジャンルで人気の楽曲を作り続けることができた理由について「『おもしろいことなら何でもやってみよう』というすぎやまさんの好奇心のたまものだと思う。売れる楽曲を狙って作ったわけではなく、好きな楽曲を作ってそれが支持されたことがすぎやまさんのすごさだ」と述べました。

そのうえで「90歳まで第一線で活躍された功績は大きく、楽曲はこれからの時代にも親しまれていくのは間違いないと思います」と話していました。