あすから竜王戦 谷川九段が語る“藤井三冠VS豊島竜王”

藤井聡太三冠と豊島将之竜王が、8日から竜王戦七番勝負で対戦します。

この2人の対決に注目している棋士の1人が谷川浩司九段です。

藤井三冠の将棋を分析し、ことし5月にはその強さの秘密などを記した著書も出版した谷川九段に、藤井三冠の強さと、それを迎え撃つ豊島竜王との勝負のみどころ、そして「AI」が席けんする将棋界で人間どうしが対戦する将棋の魅力とは何かを聞きました。

「光速の寄せ」で史上最年少「名人」 谷川九段とは

谷川九段は、藤井三冠や羽生善治九段など史上5人しかいない中学生でプロ棋士になった1人です。

「光速の寄せ」と呼ばれる短手数で相手玉を詰ませる終盤の強さを武器に、史上最年少の21歳で「名人」のタイトルを獲得しました。

この記録はいまも破られていません。

29歳で四冠を達成し、その後羽生九段とのライバル対決を繰り広げ、七冠達成を許しましたが、名人を通算5期獲得して「十七世名人」の資格を得るなどタイトル通算27期と一時代を築きました。

谷川九段と「藤井少年」の出会いは

谷川九段が最初に藤井さんに出会ったのは、名古屋市での将棋のイベント。

藤井さんはまだ小学校低学年でしたが、谷川九段はそのときのことを鮮明に覚えているといいます。
【谷川九段】
「もう10年以上前になりますけれども、名古屋で『将棋の日』というイベントがあって、小学校低学年の藤井さんとも指導対局をしました。『飛車角落ち』で対局をして、イベントの時間の終わりが迫ってきて、こちらが優勢だったので引き分けにしようかと提案したら、彼が突然と言いますかね、将棋盤に覆いかぶさるような感じで泣きじゃくられてしまった。それから5年以上たって師匠の杉本さんに『あのとき大泣きしていたのが藤井なんですよ』という風に言われて記憶が結び付いたという感じですね。あそこまで大げさに泣かれることはなかったのでそのことでよく覚えていましたね」
「将棋というのは厳しいゲームなので負けず嫌いというのは強くなるうえで本当に大きな要素なんです。今も藤井さんは負けず嫌いという気持ちはあると思うんですが、気持ちをコントロールできるようになった。あのときから10年ほどしかたっていないのにここまで成長するとは驚きです」

タイトル戦で磨かれた藤井三冠の強さ

藤井さんはその後将棋界の最年少記録を次々と打ち立て、ことしは豊島さんや渡辺明三冠といったトップ棋士とタイトル戦の舞台で対局し、これまでに三冠を達成しました。

しれつなタイトル戦を経て藤井さんの強さに変化はあったのでしょうか。

【谷川九段】
「タイトル戦を経験してさらに強くなったということですね。渡辺さんも豊島さんもやはり藤井さんの対局の時にはかなり作戦を、中盤の先のところまで想定をして臨んでいるはずです。豊島さんとの2つのタイトル戦もそうでした。それに対し藤井さんがどう実践の中で対処するかという形になっています。藤井さんはここ1年ほど『相掛かり』という作戦を多用するようになっています。もともと四段に昇段してすぐは『角換わり』という角を交換する将棋が多かったんですね。そのあとは『矢倉』の将棋も指すようになりました。これらは『居飛車』と呼ばれる戦法なのですが、その3つすべてを得意戦法にしたということなんです。そして、毎年毎年作戦の幅も広がってきて、AIもうまく活用して序盤の本当にわずかなところも精度が高くなってきています」
「特に、持ち時間が8時間ある2日制のタイトル戦というのは、序盤の何でもないような、考えることはできてもなかなか結論はでないような手の広い局面でも時間を惜しみなく使って考えることが可能なんですね。そういう将棋の積み重ねがその人の財産になってまた強くなるということだと思います。去年の王位戦とことしの王位戦、そして今回の竜王戦は、いずれも2日制の持ち時間8時間のタイトル戦ですので、そういう真剣勝負の場で答えがなかなかでないところを考えるということが藤井さんが強くなるということにつながっているんだろうと思います」

※「居飛車」…将棋の戦法の大きな分類の1つ。大駒の「飛車」を主に右側の最初の位置に据えたまま戦う。

※「相掛かり」…互いに「居飛車」で、序盤に飛車の前の歩を進めていく戦法。

※「角換わり」…互いに「居飛車」で、序盤で大駒の「角」を交換する戦法。

※「矢倉」…主に居飛車で使われる代表的な囲い。通常は左側の「角」の位置に王を移動させ、金銀3枚で囲う。

崖っぷちの豊島竜王

そもそも王位戦と叡王戦のタイトル戦が始まるまで、豊島さんは藤井さんに6勝1敗と勝ち越していました。

2つのタイトル戦で豊島さんは2連敗。通算成績も豊島さんの9勝8敗とほぼ五分に戻されました。

【谷川九段】
「初対局から最初の数局はまだ豊島さんのほうに少しは余裕があったと思うんですが、後半のほうは豊島さんのほうが作戦選択で苦心しているようなところもありましたので、この2つのタイトル戦も豊島さんのほうとしては相当な覚悟をもって臨んだとは思うんですね。ただちょっと豊島さんが王位戦も叡王戦もややできがよくなかったと思いますね。特に中終盤の競り合いでのミスがありまして、これは理由は本人にしかわからないところだとは思うんです」
「『ダブルタイトル戦』というのは私自身も羽生さんと経験があるんですが、ずっと同じ相手と戦い続けることになり、特に豊島さんのほうは1か月間公式戦の相手がすべて藤井さんというような時期もあったようで、これはなかなかちょっと言葉にできないくらいのプレッシャーがあったと思います。その中で叡王戦もやはりフルセットで負けというのは厳しい結果ではありますね」

“藤井さんを止めるのは自分” 感じた豊島竜王の意地

しかし谷川九段は、敗れた豊島さんの指し手から、自分こそが藤井さんの快進撃を止めるんだという意地を感じたと言います。
【谷川九段】
「印象的だったのは王位戦第5局です。豊島さんが大きなミスをして銀をただで取られてしまう形になったんですが、あっさりと諦めてしまうのではなかった。藤井さんとの勝負はこれからも続く、ポッキリ折れてしまうのではなく闘志を振り絞って銀をただで取られる手を指したというのはとても印象的でしたね。やはり藤井さんを止めるのは自分だという気持ちが表れていました。もちろん豊島さんにとっては思い出したくもない不出来な将棋ではありましたけれども、やはり気持ちは感じる1局でしたね」
さらに叡王戦の第2局。

中盤で劣勢に立たされていた豊島さんは終盤で粘りを見せ、藤井さんの14回連続の王手を耐えきって逆転勝ちをおさめました。
【谷川九段】
「かなり苦しい将棋だったのに勝負手を連発して逆転勝ちをしました。藤井さんが逆転負けをするのは珍しいですが、豊島さんはいつもわりあい淡々としている感じなんですけれども、あの将棋に関しては指し手に迫力というのを感じましたね。豊島さんの違った一面をあの将棋では発見できたかなと思います」
20歳で初めてタイトル戦の挑戦者になった豊島さん。

しかし、初めてタイトルを獲得できたのはそれから7年半後のことでした。

その後、「竜王」や「名人」のタイトルを獲得し、一時は「名人」「棋聖」「王位」の三冠を達成するなど大きく花開いたときに現れたのが藤井さんでした。
【谷川九段】
「豊島さんはようやく自分の時代になったかというところで藤井さんというスーパースターが出てきました。ことし王位戦と叡王戦のダブルタイトル戦を戦うことが決まった時点で『自分の30代というのはもう藤井さんと戦い続けるんだ』とそういう覚悟を決めたと思うんですね。戦い続けるためには自分自身も強くならなければいけないという気持ちも持っているんじゃないでしょうか」

自身も29歳で四冠を達成したものの、8歳年下でその後七冠制覇を達成する羽生善治九段との死闘を繰り広げることになった谷川九段。

【谷川九段】
「私は羽生さんと8つ年齢が離れていて、ちょっと微妙に違うところはあるとは思うんですけれども、年下の強い人が出てきて気持ちの面で変化は生じるんですね。やはり最初はなかなか平常心で戦えなかったり焦りを感じたりします。でもしばらくするとそういういろんなことを克服して盤上の勝負だけに臨める心境になれるので。やっぱり年齢差がある対決というのは年が下のほうが気持ちの面で楽ですし、これからどんどん伸びていく年下のほうが有利ではあるんですけれども、そうはいっても若いときの12歳の差もすこしずつ年齢が上がっていくと関係なくなります」
「豊島さんの本来の実力というのはこんなものではないと私は思っています。いま4強、タイトル保持者が4人(渡辺三冠、藤井三冠、豊島竜王、永瀬王座)いるわけなんですけれども、その中で藤井さんといちばん多く戦っているのは豊島さんですし、対戦成績もほとんど五分。追い上げられてはいますが、まだわずかに勝ち越しています。豊島さんも3年前の2018年にタイトル保持者になって、そのあとはずっと必ず何かのタイトルを持ち続けています。本来31歳というのはいちばんの充実期でいちばん強いときではあるので、豊島さんのほうとしても結果は出なかったですけれども王位戦、叡王戦で得ることはあったと思います。そのなかで自分がちょっと足りなかった部分をきちんと洗い出して、精神面でも竜王戦に関しては前回とは違う戦い方ができるのではないかと思っています」

「AI革命」を生きる2人

今の将棋界を語る上で欠かせないのが「AI」の存在です。

AIがトップ棋士を負かすようになり、AIがプロ棋士を超えたとも言われました。

今ではプロ棋士の多く、藤井さんや豊島さんも「AI」を使った将棋ソフトを活用しながら研究を進めているといいます。

では藤井さんの強さはすべて「AI」で語ることができるのでしょうか。

谷川九段は決してそうではないといいます。

【谷川九段】
「いまAIがきちんと自分の指した将棋などを精査してくれます。例えば、藤井さん自身がいい内容で勝ちを収めたとしても家に帰ってからAIに精査してもらって実はわずかな疑問手があったりとか、藤井さんの指した手もいい手だったけど、AIはまたちょっと違う手を示したりとかして、AIがいろんな課題を与えてくれる。それを調べることでまた実力をつけることができるというのはありますね。藤井さんはもちろん若いのでそういう環境ですとか、AIの強さを取り入れることはできているとは思います。ただ彼の本当の強さというのは、とにかく対局の時でもふだん自宅にいるときでも集中して考えること、そして考え続けることができる『頭の体力』があるということだと思いますね」
「AIの力を借りることができるのはふだんの研究の場面だけですから、やはりプロ棋士の本当の強さというのは初見の局面、初めて見る局面できちんとその局面の急所を捉えて、直感で正しい手を発見して読みを進めて最終的に最善手にたどり着けるかです。直感が優れているかとか、読みの正確性とか、ひらめきの豊富さとかが強さの本質ですね。それからもう一つ大事なのは藤井さんの将棋が華やかだということです。やっぱり将棋盤を大きく使う彼の将棋は視野が広いです。将棋盤の一か所だけを見ているのではなくて、全体を見て40枚の駒すべてを使って戦っています。なかなか他の棋士には出てこないような発想で良手を発見できますし、それはファンの人も楽しみにしておられますし、将棋の可能性であるとか、将棋の魅力、おもしろさというのを表現できる人だと思いますね」
さらに谷川九段はこの「AI革命」によって人間どうしの将棋の魅力も浮き彫りになったといいます。

【谷川九段】
「5年ほど前はAIがプロ棋士より実力が上回ることで棋士の存在意義が問われるのではないかという風に危惧をしてたんですけれども、逆に、もちろんAIは今も数億手を普通に読むんですけれども、逆に人間はそれほど読めない。数百手しか読めないかもしれないんですけれども、その中で人間は読まなくてもいい手というのはどんどん捨ててしまうという能力もあるので、数百手、数千手しか読めない中で最善手にたどりつくのも人間の長所なのかなと思いますね。それと、やはり過去の常識であるとか先入観で物事を判断してしまうこともあるんですけれども、AIによってすべてそういうことをまっさらな状態で考えなければいけなくなったということはあります。逆にそのことで新しい戦法が出てきたり新しい定石が生まれたりして将棋自体が自由になったということがありますね。それがまた今の将棋の魅力につながっていると思います」

さらに人間らしい勝負のドラマも生まれていくのではないかといいます。

【谷川九段】
「読む量スピードというのはもうAIにはまったくかなわないわけですよね。でもその中で限られた持ち時間があって、それも最後は1分将棋なり30秒将棋という条件の中で最善手を求め続けるわけですね。藤井さんはあまりそういうことはないかもしれないですけれども、普通の棋士はやはり形勢がよくなったり悪くなったりすると気持ちに揺れが生じるんですね。やっぱりそれをおさえながら戦うというのも人間ならではの勝負だと思いますし、そういうところを見ていただけたらと思います。人間らしいドラマというのは、逆転が一つ大きなドラマになるとは思うんですね。2人の対局ですと、この間の王位戦と叡王戦だと、いずれも第2局。王位戦第2局も藤井さんの逆転勝ちでしたし、叡王戦第2局は豊島さんの逆転勝ち。やはりその2局は苦しい側がどういう風に粘って、逆転に持ち込むかというところでは単なる盤上での最善手とは違ったおもしろさはあったと思いますね」

“しびれるような勝負を期待” 竜王戦の見どころは

最後に今回の竜王戦七番勝負、何に注目しているかを聞きました。

【谷川九段】
「ふたりとも『居飛車党』で、居飛車の戦法は『矢倉』『角換わり』『相掛かり』、この3つに分けられるんですけれども、王位戦と叡王戦では『角換わり』と『相掛かり』の将棋が多かったんですね。しかし、2人の対局で『矢倉』の将棋が本当に少ないんです。竜王戦では『矢倉』がひょっとすると見られるかもしれませんし、この夏の王位戦、叡王戦から秋の竜王戦と、1か月2か月ほど季節が流れて、将棋界全体の流行も変わってきますし、2人の序盤作戦の捉え方も微妙に変わってきていると思います」
「プロ的にはどういう序盤戦になるかというところに興味があります。2日制とはいえ序盤はお互い研究をしていると思いますので、1日目でかなり展開は早いと思います。当然形勢互角で中盤戦進んでいきますので、そのあとは1手1手難解な中盤戦で長考がお互いに続くという感じになるのかなと思っています。ただ現実的には形勢が苦しい局面というのは最善手は存在しないわけで、できるだけ局面を混とん、複雑な形に持っていくということが勝負という観点においては最善になるわけです。そういうところにも2人の考え方や勝負術が出てくると思います。終盤、最後の最後までどちらが勝つかわからない、しびれるような勝負を2人なら繰り広げてくれると思っています」

(聞き手:名古屋放送局 記者 田川優)