WEB特集

「事故物件」はダメなのか?孤独死、自死が増える社会で

この春、私は、社会人になった。
初めてのひとり暮らしのために、部屋を探した。
そんなとき、ある新聞の見出しが目に飛び込んできた。

「事故物件の需要アリ」

記事には事故物件を専門に取り扱う業者もいるとある…。
自分は事故物件はいやだけれど、どんな需要があるのだろう?と業者に取材を申し込んだ。
このとき「そんな気持ちが、誰かを追い詰めていた」とは、知るよしもなかった。

(制作局ディレクター 川浪大吾)

“家族が孤独死した” “入居者が自殺した”

「はい、成仏不動産です」
「弟さんが孤独死した」
「においがある…腐敗が激しいようですね」

電話のやり取りが非日常的だ。
しかも、みんな淡々と話している。

孤独死は私が想像していたより、ずっと多いのかもしれないと感じた。
この春NHKに入った新人ディレクターの私は、「成仏不動産」のオフィスで飛び交うやり取りにたじろぎ、息をのんだ。

過去に自殺や殺人事件などで住人が亡くなり敬遠されがちな、いわゆる「事故物件」。

ここはそんな事故物件を専門に扱う業界でも珍しい不動産会社だ。

買い取りから特殊清掃、家の供養。リフォームに販売までワンストップで手がけている。

毎月100件ほどかかってくる問い合わせの内容は多岐にわたる。
「貸していたマンションの住人が自殺した」
「親戚が孤独死した物件を買い取ってほしい」
「遺体のあとをきれいにする“特殊清掃”をお願いしたい」
コロナ禍で相談件数は去年の倍に増えているという。

自宅療養や外出自粛が関係しているのだろうか。

“薄情かもしれないけど、悲しいよりも大変だった”

事故物件を相続した女性相談者のひとりに会うことができた
千葉県の介護施設で働く60代の女性。1人暮らしだった兄が孤独死して、突然、事故物件を相続することになったという。

女性と兄は、ここ数年ほとんど連絡を取ることはなかった。兄は、もともと家に閉じこもりがちだったが、持病もあったためコロナ禍で一層家からでなくなっていた。

そして去年、自宅で死後2か月が経過しているところを発見された。トイレの前で倒れ込むような形の、黒ずんだ遺体の跡。

それが兄の最期だった。
ただ、女性に悲しむ余裕はなかった。

家族の誰が、残された事故物件を引き取るか。部屋の損傷も激しく資産価値が低いのは目に見えていた。

親族でもめるのは避けたいと名乗り出たが、荒れ果てた家の整理に、血痕の拭き取りなど特殊清掃の手配。相続の手続き…。想像以上に出費がかさみ、数十万円に上った。
事故物件を相続した女性
「あれしなきゃ、これしなきゃ、がたくさんあって。悲しいより大変だなって。めんどうくさいと言うと怒られちゃいますが、住めないし。たいしていい物件でもなくて賃貸の収入も取れるか分からないし。負担だなと」
不動産業者によると、取引価格の相場は孤独死で1割、自死で3割、他殺だと5割落ちるそうだ。

ある日突然事故物件を相続することになり、新たな借り手や買い手が見つからず途方に暮れる人は、コロナ禍を経てさらに増えてきているという。

増える事故物件 背景には孤独死の増加か

不動産業者に話を聞くと、事故物件にはいくつかの特徴があるという。

1つは「狭い部屋が多い」こと。
1Rや1Kの単身向け住宅が目立つという。生涯未婚率の増加や高齢者の単身世帯が増加し、亡くなっても誰にも気付かれない孤独死にいたるケースが、こうした物件で多発していると見ている。

もう1つは「都心に多い」こと。
取り扱う物件の約6割が1都3県に集中していた。孤独死や自殺件数も1都3県に多く、データが重なり合う。

都内だけでも年5000件に及ぶ孤独死。コロナ禍で増加傾向となり年2万件を超えた自死。

これらが、事故物件が増えている背景にあると業者は分析している。

「事故物件は避けたい」が誰かを苦しめていた

筆者(川浪ディレクター)
事故物件のオーナーが困っているという話を聞いておいて本当に恐縮だが、私自身もつい最近、事故物件を避けて家探しをしていたひとりだ。

大学最後の1年はコロナ禍で完全オンライン授業になり、実家に帰っていた私。就職に合わせて東京で家探ししたときチェックしたのが“事故物件情報サイト”だった。
事故物件情報サイト
自殺・他殺・孤独死など過去に人が亡くなった物件の情報が6万件以上掲載されている。

誰でも自由に情報を書き足せる仕組みのため真偽は定かではない。ただ、なんとなく“事故物件には住みたくない”と思い、このサイトでチェックした。

私と似た気持ちがある人も少なくないのではないか。その気持ちが、誰かを苦しめることにつながっていたと、このあと知ることになった。

住宅難民になる高齢者

「ことしいっぱいで今いる家を出なきゃいけないのに…半年たってもみつからないの」

取材の中で出会った、80歳の女性。夫と死別して40年、ずっと一人暮らしをしてきたそうだ。

しかし、借りている住宅の契約期限が迫る中、「高齢者には貸せない」と断られ続けているという。
「何十年も住んで友達もいっぱいいる街で探してもらったけど、なかなかなくて。足腰が不安で1階がいちばんいいけど、2階でもいいって言っても、なくて。もうお風呂がなくてもいいとかね、いろいろ希望を削除したんだけど…ないのよね」
入居したお年寄りが孤独死して事故物件になり、不動産価値が落ちては困る。そんな大家の心境から貸し渋りが発生していた。

高齢者の4人に1人が入居拒否にあっているというデータ(R65不動産アンケート)も出ている。

取材の中で、とあるマンションのオーナーから聞いたひと言が頭から離れない。
「正直言うと、死ぬときに誰かに連絡してから死んでくれと思っちゃいます。一歩外に出て助けを求めてからパッタリ逝ってくれればいいのになと。そんなこと、思っちゃいけないんでしょうけど。部屋で死んでほしくないっていうのは本音です」
「あんしん見守りパック、月額980円」

家を借りづらい高齢者。しかし、取材を進めるうちにその“高齢者専門の不動産業者”があることを耳にする。

いったい、どんなビジネスモデルなのだろうか…。私は、すぐに取材に向かった。

年齢だけでは決して断らない。その秘密は、「見守りサービス」だった。孤独死してもすぐに発見できるよう部屋の電気メーターをAIが管理。

異変があれば見守り人に一報が入るサービスを提供している。さらに修繕用の保険も用意されている。
R65不動産 山本遼社長
「お年寄りがこんなに住宅難民になっていることは、業界でも知られていないと思います。私もこのビジネスを立ち上げる前は、門前払いしてしまったかもしれません。一人暮らしでも、ご近所づきあいがあるから孤独死ばかりなわけではないことも分かってきました。イメージが先行している部分が大きいのかなと思います」
高齢者が住宅を借りやすくなるサービスの登場は喜ばしいことだ。ただ、「機械に頼らざるをえないほど、誰からも気付かれない」ことに驚きを隠せなかった。

本来の人とのつながりが機械によって代替されていくようで、なんだかやるせない。いつかは老いるみずからの将来を思うと、わずかに不安がよぎった。

人の死とどう向き合うべきなのか

事故物件によるトラブルや高齢者の住宅難民問題を受け、国も動き始めた。今年5月、国土交通省が事故物件を想定した初めてとなるガイドラインの案を作成。

賃貸の場合、事故物件であることを告知すべき期間は、過去の判例を参考に「おおむね3年」とした。
ガイドライン策定に携わる明海大学不動産学部 中城康彦教授
「人の死は避けられませんし、そのことを気にする気持ちも分かります。ただ、それがときに過剰な反応なこともある。場合によっては興味本位で、人の死が風評のように社会に拡散されて、レッテルを張られるようにいつまでも残り続けることも実際に起きています。そういったことをこのガイドラインで防ぐことができるのではと考えています」
ただ、この「3年」という期間が妥当かどうかは、業界でも意見が割れている。
一般から意見を募る期間を経て、この秋に正式なガイドラインとして公表される予定だ。

事故物件のイメージは変わるのか

事故物件を専門に扱う不動産業者は、人が亡くなった住宅のイメージが悪すぎるのではないかと、イメージアップを図っている。

上の写真は、川崎市の閑静な住宅街にあるマンション。フルリノベーションが施され、2LDK・南向きで1180万円。相場より2割安いという。

前の住人はベッドの上で孤独死していた。その情報も公開しているが、すでに問い合わせが相次いでいるそうだ。

この不動産業者では事故物件を独自の基準でランク分けし、すべて公表している。
事故物件を7つの区分に分け公表(「成仏不動産」ホームページより)
事業開始から2年、すでに140件以上の成約に至っている。
事故物件であることを気にしない消費者もそれなりにいたのだ。
「成仏不動産」運営会社 花原浩二社長
「若い世代を中心に、割安なら気にならないという人は多いです。建物に異常があるわけでもなく、気持ちの面で問題なければ賢い選択とも言えます。そもそも、事故物件のイメージって悪すぎるんですよね。本当に、そんなに悪いイメージを持つ必要があるのかと。人が亡くなることって、普通のことですよね。事故物件に対する世の中の意識が変わるといいなと思っています」

誰かの死も、看取れる社会に

取材中に出会った1人暮らしの高齢者の話が今でも忘れられない。

「すぐに見つけてくれるなら、安心して死ねる」

自宅で一人、最後を迎えるイメージはこんなに悪くていいのだろうか。一昔前までは誰かにみとられながら最後を迎えることが一般的だったという。

確かに、私はどこかで「最後は誰かが隣にいるものだ」と思い込んでいた。

だからか、誰からも気付かれなかった死に対して抵抗があった。

こうして孤独な死を見て見ぬふりしてきた結果が、私の事故物件に対する負のイメージにつながっていたのだと、今回気付かされた。

高齢化で多死社会が到来する中、その意識のままでいることはいいのだろうか。

一人でも安心して最後を迎えるには、社会全体でみとる仕組みが必要なのかもしれない。

まず私は、死を特別視しないことから始めてみようと思う。

事故物件は、私たちが「死」とどう向き合うべきかを問いかけているように感じた。
制作局第2ユニットディレクター
川浪 大吾
令和3年入局
初めての取材が“事故物件”
部屋探しでいちばん気をつけたのはバス・トイレ別かどうか

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