“ミニスカート姿” 女性Vチューバー動画の波紋

“ミニスカート姿” 女性Vチューバー動画の波紋
「女児を性的な対象として描いており、偏見を助長している」
「見た目で判断すること自体が女性蔑視なのではないか」
今、千葉県警が「Vチューバー」とコラボして制作した3分間の動画を巡って議論が起きています。交通安全PRにミニスカートの女の子のキャラクターを使うのはありか? なしか?
これまで何度も繰り返されてきた「フェミニズム」と「表現の自由」を訴える人たちの分断。それぞれの主張の本意を探りました。
(千葉放送局 東葛支局記者 杉山加奈)

ご当地Vチューバーとコラボ

議論の発端となったのは、千葉県警の松戸警察署などが作成した自転車の交通ルールをまとめた動画でした。
コロナ禍で子ども向けの交通安全教室を行えない中、ことし7月16日から公式YouTubeやツイッターに掲載していました。

コラボしたのは若い世代に人気のある「Vチューバー」です。
Vチューバーとは
Virtual YouTuber(バーチャル ユーチューバー)の略称。
アニメやCGで作ったキャラクターを動かしてユーチューバーのように動画を配信する人。ビジネスの世界などで活用が広がっている。
自転車に乗る時の10のルールを小学生に話すようなやさしい口調で説明するのは、松戸市ご当地Vチューバーの「戸定梨香」。
松戸市にある徳川家の邸宅「戸定邸」と、名産の梨にちなんで名付けられ、松戸市出身の女性が声を担当し、衣装も自らデザインしたもので、これまでもネット上で松戸をPRする活動をしてきました。

しかしその外見に「女児を性的対象物として描いている」と抗議の声があがりました。
セーラー服のような衣装にミニスカート。さらに「動く度に大きな胸が揺れる」「おへそを露出している」姿が「女性の定型化された役割に基づく偏見を助長している」というものです。

公的機関なのに

抗議したのは「全国フェミニスト議員連盟」。
女性の地方議員らが中心にフェミニズムの視点から女性差別をなくす活動をしています。

動画の公開から1か月あまりたった8月26日、千葉県警などに動画の削除を求める抗議と公開質問状を送りました。
国連の女性差別撤廃委員会からの勧告をもとに「公共機関が、女児を性的対象とするようなアニメキャラクターを採用することは絶対にあってはならない」と指摘し、キャラクターを採用した理由などについて質問しています。
最初にメンバーに問題を共有した西山千恵子さん(ジェンダー論の大学非常勤講師)は、次のように指摘します。
西山さん
「胸の大きさをからかわれたりするなど女性の身体の部位に性的な視線や言葉が飛んでくる経験をする女性は多い。そうした性的シンボルを強調した表現を子どもの性被害を守る立場にある警察が採用することで、公的機関がこのような女性イメージを是認し、そうした視線を向けて良いというメッセージが発信されることが一番大きな問題です」

千葉県警は突然動画を削除

質問状の回答期限だった9月10日、県警は突然公式ツイッターとYouTubeから動画を削除しました。
理由について県警は、「使用したキャラクターが適切ではないと議員連盟を含む複数の意見が寄せられた。検討の結果、本来と異なる意図で伝わることが懸念されたため削除した」と抗議を受けて動画を削除したことを認めました。
一方で「女児を性的対象としている」という指摘については、「そういう認識はない。制作の過程で複数の部署が確認し、男女の職員がチェックに関わったが、不適切だという意見は一切出なかった」としています。

Vチューバーの所属会社“直接 話し合いたい”

抗議を受けての突然の動画削除。
議連と県警、そして実際に動画を作成したVチューバーの所属会社の間で互いの意図を確める議論は一切なかったということです。
この会社の代表、板倉節子さんはやるせなさを感じたといいます。
板倉さん
「いろんな意見があるのは当然だと思うが、議論がなければ同じことが続いてしまうので削除されて終わりにはしたくない。私やタレントの気持ちはどうなるのでしょうか。今後地域を盛り上げるPRに関わることができるのか不安です。作品を作る皆さんの気持ち、努力を見た目で判断しないでください。それこそが女性蔑視なのではないでしょうか。動画の制作に関わった私も女性です。表現をする上での女性の権利は一体何なのか」

抗議の署名は6万件

一方、ネット上では一連の経緯をめぐって波紋が広がっていました。
表現の自由を求める議員などが、全国フェミニスト議員連盟に対し抗議の署名を集める活動を始め、その数はおよそ2週間で6万件を超えました。
抗議文の内容
「服装や体型を理由に、『性的対象物だ』とレッテルを貼り、公共の場から追い出そうとする活動は、本来、フェミニズムが擁護すべき、女性の多様な在り方と自由を称揚する立場とまったく矛盾するものだ」
「動画が『女児を性的対象とする』ものであり、『性犯罪を誘発する』と断定する理由をお聞かせ下さい」
署名活動を始めた、東京 大田区の荻野稔議員は自らもVチューバー活動をしています。
「議員連盟」という名義を使って、公共機関に対して広報物の削除を要求するのは圧力ではないか、Vチューバーは民間のタレントで「性的対象物」というのは行きすぎた表現だとしています。
荻野区議
「ご当地Vチューバーとしてのこれまでの活動が実り、交通安全PRをすることになったもので、文脈のないアイキャッチャーではなく、意味のある起用だ」

若い世代はどう見た?

そもそもの動画のターゲットだった若い世代の10代~30代の男女20人にJR新松戸駅前で動画を見てもらいました。
「女の子が男性目線で描かれている気がして違和感がある。もう少しスカートを長くした方が良いと思う」女子高校生

「かわいいと思った。アニメのプリキュアに似た服装だ」女子高校生

「露出の多いキャラクターがいても それは作品の世界観だ」男子高校生

「胸やパンツが見えそうなキャラクターは問題だと思うが、これはそこまでではない」30代女性
結局、20人に取材したうち、一番上のコメントにある「女子高校生」以外の19人が「問題ない」と答えました。
ただどこまでが「性的表現」にあたるのか、線をどこでひくかは人によって微妙にずれているように感じました。

専門家「公的機関は意識的であるべき」

これまでも、三重県志摩市の海女の萌えキャラ「碧志摩メグ」や、丈の短い制服姿のキャラクターとコラボした自衛官募集のポスターなど、公的な広報物が「性的」と批判を受け取り下げる動きは繰り返されてきました。
内閣府は平成15年に「女性をむやみに目を引くアイキャッチャーにしていないか」など5つのポイントを男女共同参画の視点からまとめた『公的広報の手引』を作成しました。
それからすでに18年。内閣府は「この考えはすでに広く浸透している」として新たな指針は作成していませんが、これを参照して全国の自治体でガイドラインが作成されています。それでも問題は繰り返されています。

公的機関はジェンダーに配慮しながらどのように広報を行えばいいのか、専門家に話を聞きました。
ジェンダーとメディアが専門のフェリス女学院大学の諸橋泰樹教授は「性的な描写になっていないか意識的であるべき」だと指摘します。
諸橋教授
「萌え絵はあらゆるところで見られるようになっているので、今回も『今これくらい当たり前じゃん』と許容する人も多いと思う。ただ、公的機関は自らチェックする仕組みを作っておくことは大切で、性的な描写になっていないか意識的であるべきです。なぜ公的機関が女児を性的に描写した表現を使用するべきでないかは、性的アイコンを強調する事で、そういうふうに見てもいいんだよというメッセージを発信することになるからです」
また、同じくジェンダーとメディアが専門の東京工業大学の治部れんげ准教授にも話を聞きました。
企業などから広報物に助言を求められることが多いという治部准教授は、もし、今回警察から事前に意見を求められたら、「多くの人に関心を持ってもらう工夫は良いが、キャラクターの衣服は変更を加えた方が良い。上半身の服はお腹を隠すべきであり、スカートをもう少し長くした方が良い。このまま出した場合は、抗議を受ける可能性が高い」と答えたのではないかといいます。
治部准教授
「公的広報には税金が使われ、多くの人の目に触れることになるからこそ、民間よりも特にジェンダー表現に配慮しなければいけない」
そのうえでネット上での議論については「お互い傷ついた気持ちに耳を傾けることが大切だ」と指摘します。
治部准教授
「露出度の高い女性のイラストに不快感を覚える人の中には、実際に深刻な性被害にあった経験を想い起こし、被害の上塗りのように感じる人もいる。一方、アニメと犯罪を結び付けられ、アニメを批判されることに被害意識があり、それが表現の自由を侵害する行為に見える人もいる。お互いが相手の主張の背景にある『傷ついた気持ち』に耳を傾けることから始まるのではないか」

議論が起きたことを無駄にしないために

不適切だと意見を表明することも、削除を要求することも本来自由なはず。
一方、アニメ文化などを愛する人たちからは「抗議されたら公的機関は削除せざるを得ないのだからなんでもかんでも性的消費と言って削除を要求しないで」という声が根強くあるのも事実です。
表現と芸術をめぐる憲法問題が専門の武蔵野美術大学の志田陽子教授に聞きました。
Q 議員の立場で動画の削除を求めることは表現の自由を侵害していることになるのでしょうか?
志田教授
「議員が表現物に意見をしたり削除を求めたりすること自体に法的な問題はない。ただその影響力の大きさは自覚すべきだ。一方、今回千葉県警は、議員から説明や削除を求められ、削除せざるを得なかったのだと推察するが、その選択肢しかなかった組織の体質を変えていく必要がある。削除したことは千葉県警の裁量の範囲内なので法的には問題がないが、公的機関として、どんな目的・経緯で作成しどんな理由で削除したのかという説明責任はあります」
Q 議論を前に進めるためには?
志田教授
「今回は、最初から議連が「謝罪と削除を求める」としてしまったことで、抗議を受けた側も反射的に削除してしまったと思います。もちろん千葉県警は、理由を説明した上で動画を残す選択肢もあったと思いますが、両者で落としどころを探る議論の場が持たれなかったことが残念です。コミュニケーションとして、最初から削除を求めず、まずは理由を問い、それでも納得できなければ削除を求めるという二段構えでもよかったと思います。表現の自由を専門とする者としては、表現物を残す形で折衷案を見つけてほしいと祈っています」

取材後記

私(記者)が動画を見た第一印象は「胸はあえて動くように描かれているように見えるけれど、これまで問題になった事例に比べると性的に強調されていると言えるか微妙だな。性被害にあった女性やその支援者が、性的な視線自体に嫌悪感を抱き、性的に見られる女性像に違和感があるのは納得できるけれど、その違和感も人による。Vチューバーの服装も一人の女性のありたい姿で、彼女のアイデンティティだからこそ、簡単に変えるというのも難しい」というのが正直な感想でした。

当事者それぞれに直接取材した結果、「女性に性的まなざしを向ける社会を変えたい」という議員連盟に、「なんとか若い人に交通安全を考えてもらいたい」という警察、「女性の自己表現を否定しないで」という制作会社、それぞれの考えがありました。

それぞれが思う正しさが異なるならば、どのような広報物が適切か、その基準は話し合いからしか生まれない。

この問題を巡ってネット上では攻撃的な言動も見られます。
話が通じないから攻撃しても良いということはあってはならず、なぜ相手がこのような意見を主張しているのか、耳を傾けることから対話は生まれると感じました。
千葉放送局
東葛支局記者
杉山 加奈
平成30年入局
事件・司法担当を経て
現在は松戸市など
東葛地域を取材