がん「緩和ケア病棟」備える医療機関 1割超で病棟閉鎖や休止

新型コロナウイルスの感染が拡大する局面では、コロナの患者を受け入れるために一般の診療を縮小する動きも起きています。がんのつらさなどを和らげる「緩和ケア病棟」も影響を受け、いわゆる第5波のさなかの9月中旬には緩和ケア病棟を備える全国の医療機関の1割以上が病棟を閉鎖したり休止したりしていたことがNHKの取材で分かりました。

緩和ケアは医師、看護師、理学療法士などの専門家がチームで行う治療で、外来や在宅での診療が多く行われていますが、終末期の患者の看取りのほか、早期でもつらさを訴える患者を受け入れるため、入院用の病棟を設けている医療機関もあります。

しかし新型コロナウイルスの感染拡大の局面では、個室が多く感染対策がしやすい緩和ケア病棟を新型コロナ病床に転用するケースも出ています。

NHKでは第5波のさなかの9月中旬、緩和ケア病棟を備え「日本ホスピス緩和ケア協会」に加盟する全国の医療機関378か所に取材し357の医療機関から回答を得ました。

その結果、緩和ケア病棟の閉鎖や休止といった対応をとっていたのが40か所と11.2%に上ることがわかりました。

中には「一般病棟に移ってもらったが十分なケアができていない」とか「緩和ケアができないことから辞職する看護師も出ている」と答えたところもありました。

がん患者「病棟を守ってほしい」

全国の病院で「緩和ケア病棟」を新型コロナウイルスの患者の病床に転用する動きが出ていることについて、緩和ケア病棟を利用しているがんの患者からは、事情は理解するとしながらも病棟を守ってほしいという声が上がっています。

名古屋市に住む加藤那津さん(43)は12年前の2009年、31歳の時に乳がんが見つかり、5年前には最も進行した状態の「ステージ4」と診断されました。

加藤さんはがんの痛みや抗がん剤などの薬による副作用を和らげるために、近くの病院にある緩和ケア病棟を利用し短期の入退院を繰り返しています。

加藤さんは緩和ケア病棟の必要性について「緩和ケアは終末期の医療というイメージを持つ人が多いですが、がんとうまくつきあい、体調を整えて治療を続けるために短期間入院するという側面もあります。緩和ケア病棟がなくなると治療が継続できなくなり、QOL=生活の質が下がる患者も出てくると思います」と訴えています。

さらに「ステージ4の診断をされた時に大きなショックを受けましたが、緩和ケア病棟があれば相談できる医師がいて『いつでもケアしてもらえる』という安心感がすごく心強かった。病棟がなくなると終末期を過ごす患者が不安になったり、在宅で面倒を見ることになる家族に大きな負担がかかったりすることも予想されます」と話しています。

加藤さんは「自分は慣れ親しんだ緩和ケア病棟で看護師さんにケアされながら最期を迎えたいと思っています。病床を増やしてコロナ患者を助けることは大切だと理解していますが、決して多くはない緩和ケア病棟をなんとか守ってほしいです」と話していました。

医療機関「歯を食いしばっている状況」

新型コロナウイルスの患者を受け入れながら緩和ケア病棟での治療をどう維持していくのか、医療機関は難しい対応を迫られています。

東京 台東区の永寿総合病院には16床の緩和ケア病棟があります。

医師、看護師、薬剤師、理学療法士、作業療法士などの専門家がチームとなって、主にがんの患者に対して病気の進行にともなう痛みを和らげる治療などを行っています。

感染対策として家族と患者の面会ができなくなっているため以前に比べると入院の希望者は減っているものの、常に定員近い人数が入院しているということです。

先月までのいわゆる第5波では、この病院でも新型コロナウイルスの患者を受け入れるベッドが満床となる日が続きました。

このため緩和ケアを担当する看護師のうち、多いときには2割から3割程度にコロナの対応に回ってもらいましたが、緩和ケア病棟自体は維持しました。

現場の医師や看護師に負担はかかるものの、緩和ケア病棟の存在は地域にとって不可欠だと考えたためです。

がん診療支援・緩和ケアセンターの廣橋猛センター長は「病院一丸となり緩和ケアを維持しながらコロナと戦っていて、両立するために歯を食いしばって頑張っている状況です。緩和ケア病棟にはがんを中心とした患者のつらさを和らげるという他にはない特別な役割があり、緩和ケア病棟が減るということはその分だけ治療の機会が奪われてつらい思いをしている人がいるはずで、非常に残念だし、あってはいけないことです」と話していました。

この病院では今後、感染の第6波が来たとしても緩和ケア病棟を維持したいと考えています。

一方で各地で緩和ケア病棟の縮小や閉鎖の動きが出ていることを危惧しています。

廣橋センター長は「緩和ケアのスキルを持つ看護師などは特に替えがたい貴重な人材なのに、緩和ケアができないことでモチベーションが落ちて退職してしまう人は全国に多くいると聞きます。閉鎖や縮小が相次ぐことで働いていたスタッフが散り散りになってしまい、緩和ケアの灯火が途絶えて再開されなくなることを本当に懸念しています」と話していました。

専門家「今やらないと第6波に間に合わない」

医師で医療体制の問題に詳しい東京大学の米村滋人教授は「緩和ケア病棟は終末期を快適な環境で過ごしてもらい家族も面会できるようにとゆったりとした個室の病床が多い。このため新型コロナウイルスの感染者が急増し、病床を確保しなければならない時に転用されやすい」と分析しています。

コロナ病棟への転用はある程度やむをえない部分があるとしながらも「緩和ケアの患者がこれまで受けてきた治療が受けられなくなってしまうことは大変な不利益だ」と指摘しています。

そのうえで「日本は民間病院が多く一つ一つの病院の取り組みでは限界があるので、緩和ケアの患者をほかの病院に移せるよう、受け入れのしかたを地域全体で計画的に見直す必要がある。国や自治体は医療機関が連携するための仲介役を担うことが求められる。連携の仕組みをつくるには2、3か月はかかるので、次の波は必ず来るという前提で今のうちにできることはすべてやっておかないと、第6波が予想される冬に間に合わない」と話しています。