日本ハム 斎藤佑樹が今季かぎりで現役引退へ 球団発表

プロ野球、日本ハムの斎藤佑樹投手が今シーズンかぎりで現役を引退することになりました。

平成18年 夏の甲子園で「ハンカチ王子」として人気に

33歳の斎藤投手は、平成18年に早稲田実業のエースとして夏の全国高校野球に出場し、決勝で駒大苫小牧のエースだった田中将大投手と投げ合って、延長15回を1人で投げ抜きました。

試合は1対1の引き分けとなり、再試合でも先発すると9回3失点でチームを初優勝に導きました。

甲子園のマウンド上で汗を拭う姿から「ハンカチ王子」の愛称でも親しまれ、全国的に大きな関心を集める選手になりました。
早稲田大学に進学したあとも東京六大学野球で史上6人目となる30勝300奪三振を達成するなど活躍し、平成22年のドラフト会議では4球団から1位で指名を受けて、日本ハムへの入団が決まりました。

平成23年の1年目のシーズンは6勝6敗の成績で、2年目のシーズンには開幕投手に抜てきされて、9回1失点でプロ初の完投勝利をあげました。

2年目は5勝8敗の成績で、将来の主力として期待されていましたが、その後は成績を残せず、2年目以降の勝利数は平成26年の2勝が最多となっていました。

去年はプロ10年目で初めて、公式戦で登板できずにシーズンを終え、今シーズンは痛めた右ひじのじん帯のリハビリを行いながら、2軍での調整を続けていましたが、球団は1日、今シーズンかぎりで斎藤投手が現役を引退すると発表しました。

プロ11年での成績は、88試合の登板で15勝26敗、防御率は4.34でした。

「今まで育ててくれた環境に恩返しをしたい」

斎藤投手は千葉県鎌ケ谷市の2軍の施設で取材に応じました。

引退の理由について「いろんな人に相談したし、頼る人はファイターズにはたくさんいたので、いろんな悩みや愚痴を聞いてもらった」と述べたうえで「去年ひじのけがをしたときにことし1年で結果が出なかったらという気持ちでやってきたので、それがいちばんの理由です」と語りました。

そして「最終的にはきょうチームメートやチームの関係者に引退することを伝えた。栗山監督からは『お疲れさま』と言っていただいた」と話しました。

さらに引退後については「今すぐ何かというのは考えていないが、ファイターズだったり、今まで育ててくれた環境に恩返しをしたいので、これから相談しながら考えていきたい」と話しました。

甲子園で投げ合った楽天 田中将大「大変お疲れ様でした」

高校時代に甲子園球場でともにエースとして投げ合った同学年の楽天 田中将大投手は「甲子園の決勝、そしてプロ野球の世界でもたくさんのファンの方々の前で投げ合えたことはとてもよい思い出です。11年間の現役生活、大変お疲れ様でした」とねぎらうコメントを球団を通して発表しました。

田中投手は、駒大苫小牧高校のエースだった15年前の平成18年、早稲田実業のエースだった斎藤投手と夏の全国高校野球の決勝で投げ合い、延長15回の引き分け再試合となった熱戦は、球史に残る一戦として語り継がれています。

その後、2人がプロ野球に進んでからもレギュラーシーズンで3度投げ合い、いずれも田中投手が投げ勝っています。

田中投手の愛称として広く親しまれている「マー君」は、高校時代に斎藤投手がそのように呼んでいることを明らかにしてから定着したとされています。

プロ2年目には開幕投手抜てき 栗山監督はねぎらいのことば

ことしでチームを率いて10年目となる日本ハムの栗山英樹監督は斎藤投手のプロ2年目には開幕投手に抜てきするなど期待を寄せていました。

斎藤投手の現役引退について「高校時代から多くの人に応援してもらって、夢を与えてくれた選手は、泥だらけになって、必死にもがき続けて、自分を信じて前に進む姿を見せる責任があると言ってきた。あのような立場でプロに入ってきて、苦しかったと思うし、大変だったと思うが最後までしっかりやったということは一生忘れない。その姿が多くの人に伝わったと信じたい」ととねぎらいました。

荒木投手コーチ「常に注目され大変さはあったと思う」

日本ハムの荒木大輔投手コーチは早稲田実業の出身で、斎藤投手の先輩にあたり、斎藤投手と同じように甲子園でスター選手になったあとプロ入りしました。

荒木投手コーチは斎藤投手について「相当、話をしてきたがなかなか思うように結果が残せないまま、現在に至った。日本ハムに来た時には、斎藤投手に故障とかもあって、球速が出ないなかで、ピッチングスタイルについて悩んでいたこともあった。スタイル的には自分と一緒なので、どういうピッチングがいいかとか、だいぶ話はしたけど、結果に結び付かなかったので、残念だ」と話しました。

そのうえで現役引退の決断については「最後はみんなすごく悩んで通る道で、目いっぱい、彼なりにやってきた野球人生なので、お疲れさまと言いたい。よくても悪くても常に注目されてしまうから大変さはあったと思う。彼のいいところはすごく研究熱心ですごく勉強もしているところ。どの道にいっても、必ず生きると思うし、その姿勢は後輩たちもしっかり見ている。そういう意味では、頭が下がるくらい、必死に野球に取り組んできた」とねぎらっていました。