「法王」超え歴代最長 黒田日銀総裁“異次元”緩和の成果は?

「法王」超え歴代最長 黒田日銀総裁“異次元”緩和の成果は?
9月29日、日銀の黒田総裁の在任日数が歴代単独トップとなります。それは、戦後の経済復興に大きく貢献し、日銀の「法王」とも呼ばれた人物の記録を塗り替えることでもあります。前例のない“異次元”の金融緩和に踏み切ってから8年半。“歴代最長の総裁”は、日本の経済にどのような成果を残すのでしょうか?(経済部記者 野上大輔)

在任日数は「法王」超え

黒田総裁がトップを更新するまで、歴代総裁で最も在任期間が長かったのは、金融・産業界への影響力の強さからかつて「法王」とも呼ばれた一萬田尚登・18代総裁です。

一萬田氏が総裁を務めたのは、終戦後に占領下にあった1946年6月から、8年余り。就任後すぐさまGHQ=連合国軍総司令部のマッカーサー最高司令官に会談を申し入れ、「日本経済の実情を知ってほしい。ありのままのことを話し、私の意見を言うから、気に入らないことは聞き流しても結構だ」と率直に伝えたとのエピソードがあります。

ドイツが第一次世界大戦後にハイパーインフレ(短期間での物価急騰)で社会が混乱に陥った教訓を踏まえて、就任後まずは金融引き締めを図ってインフレを抑制するなど、戦後の経済の安定化に努めました。一方で、GHQの特別顧問ジョセフ・ドッジが緊縮政策(=ドッジ・ライン)を行うと、日本経済がデフレにならないよう銀行に対する貸し出しを増やして民間に資金を供給するなど、産業の復興も支援。

その影響力の強さから「法王」とも呼ばれ、総裁を辞めた後に大蔵大臣を務めるなど、戦後経済界を代表する人物です。

“異次元緩和”を導入

この日銀のレジェンドともいえる「法王」が持つ日銀総裁の在任記録を塗り替えることになった、黒田東彦総裁。後世からは、どのように評価されることになるでしょうか。

黒田総裁といえば、就任直後に打ち出した「黒田バズーカ」とも言われた大規模な金融緩和です。その後も、日銀など主要国の中央銀行では行われてこなかった金融政策を次々と繰り出しました。
伝統的な金融政策は、政策金利の上げ下げを通じて行います。

黒田総裁は就任直後の2013年4月、国債などの買い入れを通じて、短期間に市場へ大量の資金を供給する“非伝統的な”政策を打ち出します。

黒田総裁の就任した頃、日本経済はデフレ(物価の下落)や、それに伴う景気の低迷に直面していました。

そうした中、中央銀行たる日銀が「2年程度で2%の物価上昇」という明確な目標を掲げ、そのためには何でもやるという強いコミットメントを表明。“人々の期待に直接働きかける”とともに、世の中に出回るお金の量を一気に増やすことで、デフレを脱し持続的に物価を引き上げて、経済を成長軌道に乗せることをねらいました。

“質”と“量”ともに、過去との手法とは異なることから“異次元緩和”とも呼ばれました。
その後、2016年には日銀史上初となる「マイナス金利政策」を導入し、緩和を強化。さらに、短期金利をマイナスにすることに加えて、長期金利も0%程度に抑える「イールドカーブコントロール」という新たな枠組みを導入しました。

しかし、それでも物価上昇率は2%には届かない状況が続き、2期目に入った2018年に、日銀は2%の物価目標の達成時期を示すのを取りやめ、大規模な金融緩和は長期戦に入りました。

去年からは、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた対応として、国債などを買い入れる上限を一段と引き上げ、経済の下支えを図っています。

黒田総裁のことばを借りれば、2%の物価目標の達成に向けて、形を変えながら、「粘り強く」金融緩和を続けている状況です。

日銀がことし7月に示した最新の見通しでは、黒田総裁の任期が終わる2023年度の物価上昇率は「プラス1.0%」の見込みで、目標達成のめどは立っていません。

黒田総裁は、これまでの任期を振り返り、次のように述べています。
黒田総裁
「大幅な金融緩和を粘り強く続けているが、もしこうした事をしていなかったら経済成長率や物価上昇率はさらに低く、雇用もこれほど拡大していなかった。金融政策の運営は正しかった」

専門家の評価は?

この8年半におよぶ黒田総裁の金融政策については、専門家の間ではさまざまな見方があります。

「円高・株安を是正」
永濱氏
「就任後にすぐに市場の予想を上回る大胆な金融緩和策を実行したことで、極端な円高・株安を是正し、日本経済を活性化した」

黒田総裁の就任前(2013年3月1日時点)、為替市場では1ドル=92円台、日経平均株価は1万1600円台と、日本経済は円高、株価低迷に苦しんでいました。永濱氏は黒田バズーカで、一気に円安・株高を実現し、その後も日銀が国債や複数の株式を集めてつくるETFを大量に買い入れることで、海外投資家を中心に日本市場に目を振り向けさせたと指摘します。
「市場のゆがみ懸念」
早川氏
「緩和策を大胆に実行したことは評価できるが、2%の物価目標が達成できなかった後のプランBを用意していなかったことが問題だった。短期決戦でのぞむはずが失敗し、とんでもない量の資産を買い続ける必要が出てしまった。結果的には日銀による市場へのゆがみのほうが懸念として強くなってしまった」
大規模な金融緩和が長期化したことによって、さまざまな「副作用」が指摘されています。

日銀の保有資産は年々増加し、総資産は716兆円(ことし6月末時点)に上り、日本のGDP=国内総生産と比較すると130%を超えています。アメリカのFRB=連邦準備制度理事会や、ヨーロッパのECB=ヨーロッパ中央銀行と比較をしても突出して多く、いかに緩和の拡大に突き進んできたかがわかります。
とりわけ国債は540兆円余りと全体の4割を保有しています(ことし6月末時点)。政府は極めて低金利で国債を発行できるので、国の財政規律が失われるという懸念がでているほか、日銀が大量に国債を買い入れ続けているため、長期金利を決める市場機能が失われるという批判も出ています。

日銀が保有するETFの額は51兆円(ことし3月末時点)と東証1部に上場する株式の時価総額の7%にのぼり、市場の価格形成をゆがめているという指摘もあります。また、日銀が保有する資産がこれだけ膨れ上がってしまうと、将来金融緩和を縮小していくいわゆる「出口政策」の際に、金融市場に及ぼす影響が大きくなるという懸念も出ています。

いかにソフトランディングさせていくかが、今後の重要な課題となります。
「金融緩和の限界を証明」
門間氏
「黒田総裁の時代に金融政策はニューノーマルの時代を迎え、デフレからの脱却には一定の成果を果たした。しかし、2%の物価上昇という最大の目標は金融政策だけで実現することは難しく、金融緩和に限界があることを証明した8年だった。この先、5年、10年先でも達成は難しいだろう」
超低金利によって、企業などへの融資による「利ざや」が縮小することで、金融機関の収益が圧迫される副作用も指摘されています。

黒田総裁のもとで日銀の理事を務めた門間氏は「当初は本気で目標の達成を目指したが、後半の5年間は副作用への配慮が政策の中心となっていった」と指摘しています。

そのうえで、「株価は好転し、企業の収益も上がってきたが、景気の回復のためには賃金を上げて家計の所得にまわすことが大事になってくる。日銀の金融政策だけでなく、より広い議論が必要だろう」と述べています。

残る任期、その先は

黒田総裁の2期目の任期は2023年4月まで。残り1年半の任期中に、2%の物価目標を達成するのは困難な見通しとなっていますが、黒田総裁は「私の任期の中でどうこうということは必要ない。2024年度以降になったとしても致し方ないが、目標は達成できる」と述べ、引き続き「粘り強く」金融緩和を継続する考えを示しています。副作用や出口政策への対応はいずれも一筋縄ではいかないものだけに、歴代最長の日銀総裁としての評価は、今後の取り組みにこそかかっているといえます。

一方、コロナ対応で金融緩和を行ってきたアメリカはすでに出口政策を示し、世界はポストコロナ経済へ進み出そうとしています。

日本経済が本格的な成長軌道に乗るためには、日銀の金融政策だけに頼るのではなく、賃金の上昇や生産性の向上などによって経済の実力を底上げさせる政府や企業などの取り組みが必要になっていることは間違いありません。
経済部記者
野上 大輔
平成22年入局
金沢局をへて、経済部
現在、金融業界を担当