御嶽山噴火から7年 犠牲者を追悼 長野 王滝村

死者・行方不明者63人が出た御嶽山の噴火から27日で7年です。ふもとの長野県王滝村では新型コロナウイルスの影響で例年より規模を縮小して献花式が行われ、遺族などが犠牲者を悼みました。

平成26年9月27日に起きた御嶽山の噴火では58人が死亡、5人が行方不明となり「戦後最悪の火山災害」となりました。

噴火から7年となる27日、ふもとの王滝村では新型コロナの影響で例年より規模を縮小した献花式が行われ、参加者はふもとの自治体の関係者などに限られましたが、会場の近くには遺族なども訪れました。

そして、噴火が起きた時刻と同じ午前11時52分に慰霊碑と御嶽山に向かって黙とうをささげて犠牲者を悼みました。

また、式が終わると遺族らは慰霊碑の前に設けられた献花台に花を手向け、集まった人たちは慰霊碑に向かってシャボン玉を飛ばして山の安全を祈っていました。

御嶽山の安全対策をめぐっては火山活動の情報共有や登山者への情報発信が課題となっていて長野県やふもとの自治体、それに大学などが連携して対策が進められています。

また来年、ふもとに噴火で被災した物などを展示する「御嶽山ビジターセンター」が開館する予定で、噴火の記憶と教訓をどう継承していくのかも課題となっています。

遺族「悲しい気持ちに変わりはない」

献花式の会場を訪れた、7年前の噴火で息子の祐樹さん(当時26)と息子の婚約者の丹羽由紀さん(当時24)を亡くした愛知県一宮市の所清和さん(59)は「きょうは息子の白いシャツとズボンを着てこの場を訪れました。7年たとうが10年たとうが悲しい気持ちに変わりはありません」と話していました。

遺族「啓発活動を行っていきたい」

献花式の会場を訪れた、噴火で夫を亡くした長野県東御市の伊藤ひろ美さんは「毎年9月27日はきょうのようにいい天気で、この日が来るたびに天気がよかった噴火した日を思い出します。7年前の噴火が風化するのはつらいので、噴火を啓発する活動を今後行っていきたいです」と話していました。

息子が行方不明 母親「ずっと時間が止まっている」

献花式の会場に訪れた愛知県刈谷市の野村敏明さん(61)は、息子の亮太さん(当時19)の行方が分からなくなっています。

野村さんは「まだ連れて帰ることができていないので、亮太には『本当に申し訳ない、もう少し待ってくれ』と伝えました。今後、多くの登山者が訪れると思うが、いつ噴火するか分からないので噴火の怖さを伝える活動を続ける必要があると思います」と話していました。野村さんは去年から今も立ち入り規制が続く山頂付近の登山道で独自に捜索を行っていて「ことしはより本格的な捜索ができたが、内容を振り返って来年以降の捜索に生かしていきたい」と話していました。

そして、亮太さんの母親のなつ子さん(60)は「噴火から7年たちましたがずっと時間が止まっていて、亮太のことを考えると悲しくなってしまう日々は変わりません。きょうも含めてこれまで9月27日は晴れの日が多く、亮太が待ってくれていると感じるので早く出てきてほしいです」と話していました。

また、亮太さんと一緒に山に登っていたおじの野村正則さん(58)は「ことしは亮太の近くまで行って捜索できましたが、連れて帰ることができなかったので『必ず連れて帰る』と伝えました。7年前に亮太と山に登った際、火山であることを認識して安全対策や情報収集をすれば違う結果になったかもしれないと思うので、噴火の記憶が風化しないよう取り組み続けたい」と話していました。

遺族 登山口で安全啓発活動

長野県王滝村の登山口では、遺族などが安全に山に登るよう登山者に呼びかけました。

この活動は遺族らでつくる会が初めて行ったもので、王滝村の田の原登山口には遺族など10人が集まり「安全第一で登ってください」などと呼びかけながら手作りのキーホルダーを登山者に手渡しました。
キーホルダーには御嶽山の写真とともに「登山前の情報収集」とか「万全な装備」などのメッセージが書かれています。

会では、毎年8月27日から9月27日までの1か月間を「火山の安全登山月間」として定めるよう長野県に要望しているということです。

写真を撮るため登山に訪れたという70代の男性は「火山は自然災害でいつ噴火するか分からないので気をつけたいです」と話していました。

噴火で義理の弟を亡くし、遺族らでつくる会の代表を務めるシャーロック英子さんは「7年たったことで気持ちとして登山者への啓発活動をやっていく段階に移ることができた。今後も草の根運動を展開していきたい」と話していました。
また、活動に参加した一人、長野県東御市の荒井寿雄さん(79)は噴火で息子の眞友さん(当時41)を亡くしました。

荒井さんは「毎日、仏壇に線香をあげて手を合わせています。息子が帰ってきてくれればいいなと考えてしまい、信じられない気持ちです。きょうで7年となりましたが、だんだん自分に言い聞かせていくような日になっています。よく一生懸命生きてくれたという気持ちを伝えたいです」と話していました。

慰霊碑には多くの登山者

慰霊碑がある長野県木曽町側の山頂には多くの登山者が慰霊などに訪れました。

佐賀県から娘と訪れた66歳の男性は慰霊碑の前で手を合わせ「きょうが噴火の日と知って衝撃を受けました。災害の恐ろしさを改めて感じ、胸が締めつけられる思いです」と話していました。

三重県から家族で訪れた42歳の男性は「噴火当時は名古屋に住んでいてそこからも噴火の様子が見えました。被害にあった方々を思い、慰霊の意味も込めてこの日に登りました」と話していました。

また、噴火当日に会社の同僚と登山に訪れていて自身も噴火で大けがをした愛知県の水野育雄さん(71)は慰霊碑に花を手向け「噴火で一緒に登っていた同僚を亡くしたことは7年たった今でも忘れることはできません。風化させないため、毎年登るようにしています」と話していました。