今の地震リスクはどこに? ひずみで迫る直下型地震

今の地震リスクはどこに? ひずみで迫る直下型地震
「まさか…北陸!」

9月16日夜、東京・渋谷のNHK放送センターに緊急地震速報の音がけたたましく鳴り響き、慌ただしく人が駆け回る。
その中で私(老久保)はモニターの中で明滅する震源の位置に目を奪われていた。

能登半島。わずか3週間ほど前、専門家が現地で臨時の調査をしていた場所だった。

いま、ある分析手法によって、地域ごとの地震のリスクが浮かび上がっている。その可能性と限界の最前線に迫る。

(社会部記者 災害担当 老久保勇太)

直下型地震の発生確率を地図で

「NHKでやっている地震の特集。新しく住み始めた場所の近くの地震発生確率が高い…」
「阪神大震災経験したけど生きているうちに2度目の大震災にあう確率は結構高いよな」
NHKスペシャルの「MEGAQUAKE 巨大地震 2021」の放送中、Twitter上で最も反応が多かったのは、直下型地震の発生確率地図を紹介したときでした。

これまでに分析が終わった西日本を中心に、およそ20キロ四方でマグニチュード6.8以上の大地震の起きやすさを表しています。

色が赤くなるほど、30年以内に発生する確率が高いことを示します。

北陸から、滋賀、京都、大阪、奈良などにかけて、高い地域が帯状に確認できます。

また、中国・四国地方もところどころ赤くなっているほか、九州も大分や熊本、鹿児島周辺で赤くなり、確率が高いことを示しています。
分析を進めているのは、京都大学防災研究所の西村卓也准教授。地殻変動の専門家です。

分析に使っているのはGPS。カーナビゲーションシステムや携帯電話にも使われている技術です。
全国およそ1300か所にある観測装置は、人工衛星と通信することで、その場所の大地の動きをミリ単位で日々捉えています。

この変動から地震を引き起こす「ひずみ」を分析し、地震の起こりやすさを算出しています。

能登半島“極めて珍しい異変”

能登半島の大半は、解析の精査が終わっていなかったため、今回公開された地図の範囲外でしたが、北陸は全体的にひずみがたまっている傾向が示されていた上、能登半島については、最近、異例とも言える変動が検出されていました。

去年12月以降、一帯では地面が2センチ隆起する変動が検出されていたのです。
2センチというのは火山のない地域でみると、極めて珍しいということです。

地震活動も活発化していました。
そのため、西村さんは臨時の調査を進めていたのです。
西村准教授
「もともと地震が起きやすくなっているとみられていて、まさに注目している場所で地震が起きています。地殻変動と地震の関係は、この場所でも分析していきます」

GPSから“ひずみ”を算出

地震がたまたま番組の直後だっただけに、SNS上では「そういえば石川赤かった」「西村さん怖すぎ」などの反応が相次ぎました。

しかし、短い期間に急激な変動があった能登半島は、むしろ例外的なものだともいえます。

私たちはふだんの生活で、地殻変動が起きていることに全く気付かないように、本来、GPSでの地殻変動というのは、長い期間の傾向を分析することで読み解きます。
今回紹介した地図は、観測地点ごとに大地の動きと、その向きや違いを調べ、地震を引き起こす「ひずみ」を分析。

そこから、今後、大地震が発生する確率を算出しています。

表示の最大値は1%。「低いな」と思われるかもしれません。

しかしこれは、20キロ四方と狭い範囲ごとに算出しているため、数字が高くなりにくいということです。

色分けは相対的なもので、確率が低いところでも地震の確率がゼロではないことに注意が必要です。
地図上黄色の線は、国が大地震が起きると社会・経済的な影響が大きいとして認定している「主要活断層」です。

北陸から近畿にかけては、「ひずみ集中帯」と呼ばれています。

近畿では、主要活断層が集中している地域とも重なっています。

神戸周辺にお住まいの方、特に阪神・淡路大震災を経験された方は、「またか」と思われるかもしれませんが、近畿の都市部にはもともと主要活断層も多いですし、ひずみもたまっている、ということが言えます。

中国地方は活断層の有無で大きな違いはみられませんが、日本海側などで確率が高くなっているところがあります。

四国では東西を走る活断層・中央構造線断層帯付近の愛媛や徳島、香川では、確率が高い場所が見られます。

一方、高知県の主要活断層が見つかっていない地域でも確率が高くなっているところがあります。
九州では北部の福岡、大分、熊本などで確率が高く活断層も多く見つかっている地域があります。

大分県内には主要な活断層帯もありますが、30年以内の地震発生確率は「ほぼ0%」などとそれほど高くありません。

しかし、西村さんの分析では赤くなり、確率が比較的高いことを示しています。

また、九州南部の鹿児島や宮崎では活断層が見つかっていない地域で、とくに確率が高くなっています。

「どこで地震が起きてもおかしくない」で終わらせない

西村さんはこれまでも、GPSのデータから地震のリスクを分析し、警鐘を鳴らしてきました。

2016年4月に放送したNHKスペシャル「巨大災害 MEGA DISASTER II」で、西村さんは「山陰地方ではひずみのたまっている量も大きく、今後さらに大きな地震が起こる可能性がある」と指摘していました。

解析によると、山陰地方の沿岸部では大地が東向きに大きく動いているのに対し、内陸になるほど大地の動きが小さくなっていたのです。
「山陰地方にひずみがたまっていて、地震が起きやすくなっている」

GPSが示す大地の動きの向きや大きさの違いから、西村さんはそう結論づけたのです。

放送から半年後の2016年10月、鳥取県中部でマグニチュード6.6の地震が起きました。

幸い死者はいませんでしたが、けがをした人は25人、全半壊した建物は330棟にのぼりました。(「平成28年10月21日鳥取県中部地震記録誌」より)

「地震の長期予測の手法としては間違っていなかった」

確信を深めた西村さんが乗り出したのが、今回の地震発生確率マップの作成でした。

背景にあるのは、「すぐに完璧なものはできなくても、地震予測を少しでも前に進めたい」という思いです。
西村准教授
「『日本はどこで内陸地震が起きてもおかしくない』と言えばそれまでですが、だからと言って全国均等に起こっているわけではなく、地震が起こりやすいところというのはあります。たとえば行政が限られた予算の中で耐震化など進める際に、優先順位をつけるためにも、こうしたマップは有効だと考えています」

国は活断層もとにリスク評価 課題も

直下型地震のリスク評価は、これまでも国によって行われていますが、予測の手法は異なります。

政府の地震調査研究推進本部の地震調査委員会は、過去繰り返し大地震を引き起こしてきた「主要活断層」について、将来起こりうる地震の規模や発生間隔を推定し、確率を公表しています。

そのもととなっているのは、専門家による航空写真や掘削調査などから調べた活断層の位置や地震の間隔、ずれ動いた規模など。

つまり、“過去の地震の記録”です。
しかし、活断層として認定されていないところでも大地震が起きているほか、リスクの伝え方にも課題があります。

活断層が引き起こす地震は、南海トラフや日本海溝などで起きる「プレート境界型」の地震と異なり、発生間隔が千年~数千年程度と長いのが特徴です。

そのため、今後30年以内の発生確率を計算すると、その値は小さくなってしまいます。

「高い」とされるSランクでも3%以上。

切迫性を感じにくいのです。

このため、地震調査研究推進本部は、個別の主要活断層に加え、そのほかの活断層も含めるなどして、地域ごとに大地震の発生確率を出す取り組みを現在、進めています。

そこで、西村さんは同様の地域区分でGPSデータによる地殻変動をもとに確率を算出し、結果を比較しようと考えました。

九州・四国・中国の大地震発生確率 国との違いは

すでに地域評価を公表済みの九州、四国、中国地方でGPSデータによる確率と、国が公表している確率との比較です。

地域区分は地震調査研究推進本部と同様のものです。
全体としてみると、GPSのデータから算出した確率の方が活断層に基づく確率よりも高い傾向となったことがわかりました。

とくに九州南部では、2倍以上となっているほか、四国なども高くなっています。

いっぽう、九州中部と中国西部では低くなっています。

西村さんによると、活断層があまり見つかっておらず、GPSでひずみがたまっていると分析された地域で、国が算出した確率よりも高くなっているということです。

西村さんが念頭に置いているのは、アメリカ・カリフォルニア州の地震リスク評価です。

ここでは、GPSデータによる分析と個々の活断層評価の双方を組み合わせてリスクの評価をしているということです。

西村さんは日本でも、直下型地震の予測にGPSデータを組み込んでいくべきだと考えています。
西村准教授
「活断層に基づくデータだけに依存することは弱点にもなります。GPSも含めて近年、日本列島の動きを知るデータは非常に増え、かなりのレベルでわかるようになってきました。活断層とGPS、複数のデータに基づいて予測を高度化していくことが重要だと思います」
関東や北日本では、10年前の巨大地震の影響がまだ大きく、分析は難しいと言うことですが、今後進めていくということです。

“自分の研究がすべて正しい”は思い上がり 社会で議論を

「危ない都市ランキング!」「次の活断層地震はここだ!」時折、雑誌やSNS上をにぎわすことの多い、地震リスクの予測。

人々の関心は高いものの、当事者の思いとは別の形で数字や地名が取り上げられる危険性もあります。

しかも、途中の成果の公開に協力してくださった西村さん。

葛藤はあったものの、世に出す決断をしました。

その背景にあるのは、東日本大震災での経験だといいます。
“想定外”と繰り返されたマグニチュード9の巨大地震。

東北の沖合は以前から西村さんが研究対象としていた場所でもありました。

実は、GPSの分析から東北の沖で大きなひずみがたまっていることを発見し、2000年には「地震が想定よりも大きくなる可能性がある」と論文もまとめていたのです。

しかし、あれほどの巨大地震が起こることまでは全く予想できなかったといいます。

学生時代を東北で過ごし、町並みもよく知る西村さんは、被災地を訪れ、ことばを失いました。
西村准教授
「東北のGPS解析は国内で何人も研究者はいませんし、ある程度成果を出してきたという自負もありましたから、被害の軽減に役立たなかったショックというか、責任を感じました。今後どうしていけば良いのか。本当に思い直す必要があると感じました」
防災に貢献したいという思いで歩み始めた研究者の道。

純粋な科学の楽しさにのめり込む一方、成果を社会に還元する意識が次第に薄くなってしまっていたのではないか。

そう考えた西村さんは、ある程度反響が想像される結果であっても、世の中に公表し、どうすれば備えにつながるのか考えていくことにしたといいます。
西村准教授
「もちろん研究は全力を尽くした成果です。でも、もしかすると、中には間違っていることだってあるかもしれません。かといって、完全なものができるまで待っていたら、何百年も成果をお伝えできないかもしれない。3.11を経て『自分の研究がすべて正しいというのは思い上がりだ』と強く感じました。ある程度確からしさが検証されたものについては、社会に広く知ってもらい、どう活用できるか広く議論してもらうことも重要だと考えています」
今の地震活動は、10年前の巨大地震を経て「未知の日本列島に入った」とも形容されています。

しかし、発生日時や規模を特定した地震の予測は現状ではできません。

確率という“あいまい”なデータをどのように生かしていくのか。

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、科学と社会の向き合い方も問われる中で、私たちの発信の在り方も一層問われているのだと痛感しました。
社会部記者
老久保 勇太
平成24年入局
盛岡局・鹿児島局を経て現所属
災害のほか総務省消防庁を担当