“聞こえづらい”あなたへ

“聞こえづらい”あなたへ
マスク、アクリル板、オンライン会議…。コロナ禍で相手の話す内容がよく聞き取れないこと、増えていませんか。そんな中、注目されている機器があります。
ワイヤレスイヤホン? 違います。
これ、最先端の技術を駆使した「補聴器」なんです。
(経済部記者 早川沙希)

イヤホン? 補聴器?

みなさんは「補聴器」にどんなイメージを持っていますか。
耳が不自由な人や加齢で聴力が低下した人が利用する「医療機器」。
そんな印象を持っている方が多いのではないでしょうか。

『いま補聴器が進化している』
そんな話を聞いて、売り場に行ってみることにしました。
補聴器はつける人の聴力などをもとに細かい調整が必要になるため、専門店で扱われるケースが多いのですが、私が向かったのは家電量販店です。
店舗の6階。時計や眼鏡売り場と同じフロアに補聴器のコーナーはありますが、売り場はここだけではありません。
スマートフォンやオーディオ機器など、売れ筋の商品が並ぶ1階にも補聴器の新製品が並んでいたのには驚きました。

「薄いオレンジ色」「イヤホンよりも大きい」「コードが付いている」私は補聴器にこんなイメージを持っていましたが、ガラスケースに並んでいるのは赤、黄、緑と色とりどりの商品。
大きさやデザインは、近くのワイヤレスイヤホンと見分けがつかないほどです。
総合家電メーカー「シャープ」は、9月中旬に補聴器市場に“新規参入”。オーディオ機器と一緒に新商品が並べられています。
石谷部長
「自分に補聴器なんて…と思ってきた方々に、スタイリッシュなワイヤレスイヤホンのように使っていただくことをコンセプトにしていて、本来の売り場じゃないところにも商品を置いてもらっています。毎日持ち歩き、必要なときにパッとつけるスタイルで使ってもらいたいのです」

コロナ禍で異変 高まるニーズ

なぜ今、家電メーカーが補聴器市場に“新規参入”なのか。
東京都内の補聴器専門店を訪ね、理由を探ることにしました。

社長の清水大輔さんは耳の病気で難聴になり、25年前から補聴器を使用していますが、新型コロナウイルスの感染拡大を境に“変化”を感じているといいます。
マスク、飛まつ防止のアクリル板、ソーシャルディスタンスに在宅ワークのオンライン会議。
こうしたコロナ禍の感染防止策によって「相手のことばが聞き取りづらくなった」という人が増えているというのです。

清水さんの店にも相談に訪れる人が増加。
「マスクで口元が見えず聞き返すことが増えてしまい、つらさを感じた」
「会社の会議で距離を取るようになったため、とたんに聞き取りづらさが出た」
「マスクをするようになり、同僚と小さな声で話すときに全然聞こえない」
3割近くは「マスクの影響」を理由に挙げているそうです。
去年は、初めての緊急事態宣言が出されたころにおよそ2か月間、営業を休みましたが、販売台数は感染拡大前のおととしと比べて1割ほど増えたといいます。
清水社長
“聞こえにくい”という自覚があったけど、相手の表情や口元をみてなんとかカバーしてきた…。そんな働き世代の人たちが困って来店してきているんです。コロナの影響で不可抗力的に難聴を自覚して、対処せざるをえなくなった方が増えています」。

スマホの技術を活用 働く世代が気軽に

9月に“新規参入”した「シャープ」の商品は、小声での会話が聞きとりづらい「軽度」や「中等度」の難聴の人を対象にしています。

「ちょっと聞こえにくいなと感じている働く世代の人たちに気軽に使ってもらいたい」

見た目にこだわったという新しいデザインの補聴器に、もはや「医療機器」のイメージはなく、まるで“おしゃれでコンパクトな音響機器”のようでした。

デザインだけではなく、その機能も進化しています。
シャープの新しい補聴器はスマートフォンと接続し、タッチひとつで音楽などを聴く「イヤホン機能」と切り替えることができます。
ハンズフリーでの通話やオンライン会議にも対応可能です。
これまで補聴器を購入するときには、専門店などに通い、特別な資格を持った人に聴力にあわせて機器を調節してもらう必要がありました。
しかし、新しい商品では、スマホの専用アプリを通じて資格を持った専門のスタッフとつながり、聴力のチェックや、いわゆる“聞こえ具合”の初期設定、使用する場所に合わせた設定などをオンラインで行うことができるということです。

価格は両耳で10万円程度。
平均的なワイヤレスイヤホンよりは高価ですが、通常の補聴器と比べると3分の1程度の価格だといいます。
シャープ 石谷高志部長
「コロナ禍で“聞こえ”に対する需要が非常に高まっています。これまでスマートフォンの開発で培った通信技術を補聴器に生かしています」
パナソニックも、テレビと補聴器を無線でつなぎ、音声を聴くことができるタイプの補聴器を製品化しています。
医療機器でありながら、補聴器は『最新のデジタル機器』に進化しています。

“マスクモード” 海外メーカーも続々

コロナ禍で需要が高まる補聴器には、海外のメーカーも力を入れています。
ドイツ生まれのシグニア補聴器は、去年8月に“マスク越しの声を聞きやすくする”新製品を日本で発売しました。

マスクは高い周波数の音を吸収してしまうため、どうしても声がこもって聞き取りにくくなります。
このため、補聴器とスマートフォンのアプリを連動させ『マスクモード』を選択すると、周波数を増幅させることができる機能を搭載しています。

AIを搭載 声をよりクリアに

電動歯ブラシやシェーバーで知られるオランダのフィリップスがことし3月に日本で発売した耳かけ型の補聴器には、AI=人工知能による音声処理技術が搭載されています。

例えば救急車や消防車などのサイレン音、トラックの走行音、犬の鳴き声などが含まれたさまざまな音の様子を、補聴器のAIに1000万回以上、学習させています。

そして、さまざまな音の中から人の声だけを選び出してクリアに聞こえるようにする工夫がされているということです。
武田セールスマネージャー
「お客様にアンケートをすると、これまでの補聴器ではレストランや街角など騒がしい環境で複数の人と会話するときに“聞きたい声が聞こえない”といった不満が寄せられていました。さまざまなシチュエーションを想定し、計算して音声処理をしていますが、AIの技術が加わったことで、音もよりクリアになって利便性も高まっています」

「補聴器は眼鏡と同じ」

日本補聴器工業会によりますと、難聴の人は全国でおよそ1400万人と推計されています。
高齢化に伴って補聴器の利用者も増え、2019年の日本国内の出荷台数は、およそ61万3000台に上りました。
この30年間でみると数はおよそ2倍です。
ただ、補聴器を着用している人の割合は難聴者全体の14%。
補聴器をつけることに抵抗感を持つ人も多く、普及に課題があります。

補聴器専門店の清水さんは、眼鏡をかける感覚で補聴器をつけてもらいたいと話します。
清水社長
「私自身27歳で補聴器をつけましたが、最初はとても抵抗感がありました。ただ補聴器は使い始める年齢が遅くなると、ことばを聞き取る力が低下して補聴器の効果が出にくくなるとも言われています。コロナ禍で難聴を自覚するようになった方は、私がそうだったように最初は抵抗感があると思います。ただ、聞こえの不安を改善して不便さを解消するという意味では、眼鏡をかけることと同じです。コロナ禍の変化を前向きに捉えて、気持ちを切り替えるきっかけにしてもらえればと思います」
デザイン性も機能も、進化を続ける補聴器。
視力の落ちた人が眼鏡をかけるように、「少し聞こえにくいな」と感じたら、抵抗なく補聴器をつける。
コロナ禍をきっかけにそんな人が増えるかもしれないと感じました。
経済部記者
早川 沙希
2009年入局
新潟局、首都圏局などを経て経済部
電機業界などを担当