WEB特集

家を襲う“謎の土” その正体は?

うずたかく積まれた「土の山」が突然崩れて家を襲う。

その「土」はどこから来て、誰が積んだのか。住民はおろか、行政も把握できない。中には崩落リスクが高いことを誰もが知りながら、放置されているところもある。

そんな事態が、全国で相次いでいます。

(盛り土問題取材班 報道局社会部記者 内山裕幾
制作局第二制作ユニットディレクター 山本直史)

晴れた日に突然「山」が崩れてきた

「今も家に寝泊まりできない状態が続いています。何とかしてほしいんです」

ことし7月、26人が亡くなった熱海市の土石流をきっかけに、全国の盛り土の崩落事例を調べていた私たちは千葉でも被害が出ていたことを知り、女性に連絡を取りました。

電話の向こうで疲れた声で話すのは、秋山文江さん。

自宅の裏手の土砂が突然崩壊し、3か月も避難生活を続けているということでした。

すぐ約束を取り付け、秋山さんが暮らす千葉県多古町を訪ねました。

すると。
そこにあったのは巨大な土の塊。「盛り土」というよりも、「山」と表現するのが適切かもしれません。

写真は秋山さんの現在の自宅前の状況です。

約3か月がたったいまも、崩壊した斜面はむき出しのままになっていました。

「『台風シーズンには撤去する』と聞いていたのに、まだこの状況なんです。もう、どうしていいか、わからなくて」

取材に応じてくれた秋山さんは、せきを切ったように「山」が崩壊した日のことを話してくれました。
「大変なことになっているぞ!早く逃げろ!」

6月9日、庭の草刈りを終え、自宅で休んでいた秋山さん。

通りすがりの人が血相を変えて飛び込んできました。

急いで外に出ると、裏手にあった「山」が崩壊して土砂が家のすぐそばを通り過ぎていました。

あとで分かったことですが、崩落した土砂の量は、少なくとも4000立方メートル以上。

25メートルプール約7杯分にものぼります。

土砂は「山」の手前にあった池の水を押し出し、さらに県道へと流れ込みました。

周囲一帯は焦げ茶色の土砂に覆われ、ドジョウやザリガニが散乱していたそうです。
秋山さんの自宅は幸いにも被害を免れましたが、野菜を育てていたハウスが流され、花は泥に埋もれました。

再び崩れる危険があるとして、今も町役場が借りた宿泊施設での生活を余儀なくされています。
秋山文江さん
「夢の中にいるみたいで、頭真っ白になりました。まかり間違えば、私の命も家もダメになってたと思います。まさか、ここまではひどくなるとは思いもよりませんでした」

崩落したのは“盛り土”だった

秋山さんによると「山」のある場所は、もとは田んぼだったそうです。

15年ほど前からダンプカーが盛んに土砂を運び込み、重機で盛り土をし始めたといいます。

「盛り土」は徐々に高くなり、ここ1、2年はより急激に積み上げられるようになりました。

不安を感じた秋山さんたち地域住民が行政に訴えるといったんは搬入がとまるものの、2、3か月もたてば再開する日々が続いたということです。

そしてことし、秋山さんの不安は現実のものとなりました。
私たちは多古町役場を訪ねました。

すると担当者は「盛り土の規制に対する、行政の限界」と説明しました。

いったい、どういうことなのか。

町によれば、運び込まれたのは建設現場で発生した土、いわゆる「建設残土」だったとみられています。
町は「建設残土」による盛り土を規制する条例を3年前に施行し、500平方メートル以上の盛り土を許可制としていました。

しかし業者は盛り土をしたのは500平方メートル未満で「条例の適用の対象外だ」と主張しました。

町は規制を大きく超える範囲に盛り土をしたとして再三、指導しましたが、業者は無許可で盛り土を作り続けていました。

施工した業者は正確な記録を提出せず、町は土砂がどこから運び込まれたのか把握できていません。

相次ぐ「盛り土の崩落」あなたの街は?

調べてみると、盛り土の崩落は各地で相次いでいました。

大津市ではことし8月に、大雨で盛り土が崩落。

流れ出した土砂で近くの道路は9月20日現在も一部で通行止めになっています。
この10年間には横浜市や大阪・岸和田市などで、盛り土の崩落やその影響で亡くなる人もいました。

私たちは全国の実態を把握するため、都道府県にアンケートをしました。
NHKが行ったアンケート
その結果です。

盛り土の崩落はこの24年のあいだに16府県で44件。
条例などに違反して無許可で土砂を運び込んだり、不法な投棄をしたりするなど不適切な盛り土を行政指導したケースは、32年間で512件にものぼっていたことも分かりました。
「調査中」「把握できていない」という回答も目立ち、実際にはもっと数が多いと考えられます。

盛り土の管理はどうなっているの?

なぜこんなにも多くの不適切な盛り土があるのか?私たちは管理のルールから調べることにしました。

そもそも、建設現場などで出る土は「資源」という位置づけなので、ゴミとして扱われません。

そのため厳格なルールが定められた廃棄物処理法などを適用することはできません。

ただ、盛り土をする場合は目的に応じたルールが法律で決まっています。

例えば農地を転用するには「農地法」、住宅地なら「宅地造成等規制法」で盛り土の高さや斜面の角度、排水設備の設置などが義務づけられていますが、空き地などの場合は対象外です。

このため、多古町のように自治体によっては条例で規制のルールを設けて対応しています。

なぜルールを守らない盛り土ができるの?

そこで疑問が浮かびました。

条例があるのに、どうして不適切な盛り土が行われるのか?

取材のなかで、自治体の担当者や住民からは「まともに対応しない業者もある」ということばを何度も耳にしました。

取材を試みては拒否されるのを1か月ほど繰り返したころ、「答えてもいい」という関東の業者に出会いました。
「私のところでは、もう運搬から処分まで不正ばっかりですよ。安いから」

開口一番、男性が話したのは、カネの話でした。

この業者によると、建設残土を引き取る代金はダンプカー1台で約2万5000円。

そこから燃料代や高速道路料金(約1万7000円)、人件費や保険料などを差し引くと、手元に残る利益はわずかだというのです。

このため無許可で盛り土を続けている、というのが言い分です。

この業者はかつて、条例違反で罰金刑を受けたことがあります。

それでも生活のため続けているのだと主張しました。

そこで私たちは、彼にこう問いました。

「きちんと許可を取るべきではないのか。あなたの作った盛り土は本当に大丈夫なのか?熱海のように人の命を奪うおそれはないのか?」

男性はしばらく考えると、こう答えました。

「わかんないです。正しく処分してないって、自分でわかってますからね」

指導の徹底 なぜできないの?

業者がルールを守らないのなら、守らせるよう規制を強化すべきなのは明らかです。

ところが、自治体に再度取材すると取締まりを徹底できない事情があるといいます。

1つは条例の限界です。

条例による罰則の上限は地方自治法で最高でも懲役2年、罰金は100万円と決められています。

条例で盛り土を規制しても、違反を踏みとどまらせる抑止力には限界があると考えている自治体は多くあります。
もう1つは「マンパワー」です。

例えば多古町では、盛り土などの指導や対策にあたれるのは主に生活環境課の4人。

いずれもほかの業務と掛け持ちです。

盛り土の安全性を立ち入りで点検したり、ダンプカーが運び込む土を監視する業務を土日問わず交代で行っていますが、今の人数で対応するのには、限界があるといいます。

条例違反した業者の中には「規制が厳しくなった県では捨てられず、ここへ持ってきた」と話した人もいたそうです。
町の担当者
「1つの自治体だけの対応では抜本的な解決に至らない。法律を作って全国一律に規制してもらいたい」

国は何をしていた? 繰り返された“見送り”が招いた事態

全国で崩落が相次ぎ、違反と知りながら不適切な盛り土を行う業者もいる。

自治体だけの対応では限界もあるとなれば、国の対応を取材しないわけにはいきません。

私たちは盛り土に使われる建設残土の扱いを検討する国土交通省の委員会や、大規模な崩落事故を受けて設けられた複数の省庁による会合の議事録を詳しく調べました。
公開請求で得た議事録
当時の議論の中では法整備の必要性が出席者から指摘されていたのに、国は「既存の法律や条例で対応できる」とか「全国的な問題でない」などとして、結局、法律の制定は見送られてきたことが見えてきました。

議論に関わったある官僚は取材に対し「全国調査もせず法律は不要となったが、作っておけば熱海の被害は防げたかもしれない」と明かしました。

国の法整備がされないまま、命が奪われる事態が起きたのです。

専門家「今こそ法規制を」

長年、盛り土の調査などを続けてきた京都大学の釜井俊孝教授は、土を管理する構造的な改革の必要性を指摘します。
京都大学 釜井俊孝教授
「土がどこで出されて、誰が、どこへ運び込んだのか、追跡できる仕組みが必要。だが、それができず規制の弱い自治体へ土が流れたり、不適切に積み上げられたりするケースにつながってしまっている。今こそ問題の根を絶つ決意で、国には法律の制定を期待したい」

「一方で、管理するにはコストがかかるため、これをきらって不適切な盛り土が増えているわけだから、処分業者だけでなく、土地を開発したり利用したりするところから必要なコストを負担するよう意識を変えていくことが必要だ」

見ないふりは もう出来ない

ある日、突然、住まいの近くに土が置かれ、崩落の危険性を知らされないままになっている。

それが現実に起きている怖さを今回の取材で感じました。

一方、私たちがふだん利用する道路や施設からも土が出ることを考えると、けっして無関係とはいえません。

大雨の頻度が増え、崩落のリスクが高まることが懸念されるいま、目の前の“土”のことをもっと知らなければと強く思います。

気になる盛り土を見つけたら?

不適切に積まれる盛り土の量が増えると、対応にも時間がかかるケースがあります。

あなたの周りで気になる盛り土や土砂の搬入を見つけた場合、まずはお住まいの市区町村や都道府県に連絡してください。
制作局第二制作ユニットディレクター
山本 直史
平成20年入局
松江局などを経て現所属
主にプロフェッショナルなどドキュメンタリー番組を制作
社会部 災害担当
内山 裕幾
平成23年入局
大阪局などを経て現在は報道局社会部所属
主に消防団や再生可能エネルギーをテーマに取材
8月から国土交通省担当

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