日本ワイン 直面する課題 ブドウ畑で進む挑戦

日本ワイン 直面する課題 ブドウ畑で進む挑戦
日本で栽培されたぶどうを使い、醸造も国内で行う「日本ワイン」。国際的な評価も高まっています。しかし産地では今、ある課題に直面しているといいます。現地を訪れると、産地を次の世代に引き継ぐための模索が始まっていました。
(経済部記者 保井美聡)

あるブドウ農家の懸念

9月中旬、私が訪れたのは、長野県千曲市。
ワイン用ブドウの主な産地の1つです。
生産農家が、最近ある悩みに直面していると聞いたからでした。

取材に応じたくれたのは、北澤文康さん(42)。
2ヘクタールあまりの畑で、祖父の代からブドウを育てています。
訪れた日、北澤さんの農園では、たわわに実ったブドウの収穫が最盛期を迎えようとしていました。
北澤さんは5年前から、白ワインの代表品種「ソーヴィニヨン・ブラン」の栽培に乗り出しました。
しかし北澤さんは今、この人気品種の栽培が近い将来できなくなるのではないかと、懸念を抱いていました。

その理由は、上昇傾向にある「気温」でした。
気温の上昇によって、ワインの味わいを決める要素の1つ「酸味」が落ちていくのではないかと考えているのです。
北澤さん
「気温が35度を超える日が続くとブドウの着色が悪くなり、酸味が落ちる。ソーヴィニヨン・ブランは酸味が特徴の品種です。今はまだ大丈夫ですが、さらに気温が上がれば、ここで栽培するのは難しくなるのではと思っている」

気候変動に直面 ワイン造りを守るには

日本で栽培されたブドウを使って、醸造も国内で行う「日本ワイン」。
日本のワイン造りの歴史は明治以降と、フランスやイタリアなどと比べて浅いものの、最近では、国際的に権威のあるコンクールで金賞を取るワインも出るようになりました。

日本からのワインの輸出額は、2020年にはおよそ3億5000万円と、コロナ禍にもかかわらず前の年の2倍ほどに拡大しています。
日本のワイン造りは長年、冷涼な気候と少ない降水量に加えて、日照時間も長い山梨県と長野県を中心に行われてきました。
このうち長野県は、ワイン用のブドウの生産量が日本一ですが、長野市の年間の平均気温を見てみると、統計を取り始めた1889年は10.4度でしたが、2016年に初めて13度を超え、去年の気温も13.1度となっています。

また、8月中の最高気温の平均も、去年は過去3番目の33.5度となりました。
もう一つ、北澤さんが懸念しているのが、雨量の変化です。
長野県内ではことし8月中旬、停滞した前線の影響で記録的な豪雨を観測しました。
ブドウは長く雨にさらされるとカビが生え、腐ってしまう可能性があります。
長雨や豪雨の頻度が増すと、ブドウ作りへの影響も避けられないと考えているのです。

産地で始まる 新たな取り組み

こうした中、北澤さんは産地を守ろうと、新たな取り組みに乗り出しました。
暑さに強い品種の栽培です。

栽培を始めたのは、赤ワイン用ブドウの「マルベック」。
南米のアルゼンチンが主産地で、温暖な地域でも、味わいに欠かせない酸味が保たれ、深い赤味のあるワインに仕上がるのが特徴です。

日本では「メルロー」や固有品種の「マスカット・ベーリーA」などの栽培が中心で、「マルベック」はあまりないということですが、千曲市などの協力も受けて、北澤さんの畑で栽培したマルベックを使ったワインの試験醸造を行っています。

北澤さんは暑さに強い品種のワインを販売し、地元のワイン産業の活性化にもつなげたいと考えています。
北澤さん
「さらなる温暖化を見越して、ブドウの栽培方法や品種の選び方が重要になっています。ワイン用のブドウは世界には何百種類とあるので、今後10年、20年先を見据えたときに、温暖な地域での栽培に適した品種を選ぶのも1つのやり方だと思います」

大手ワイナリーも動く

山梨県では、「サントリー」が運営する大手ワイナリーが温暖化の対応に乗り出していました。

甲斐市にあるこのワイナリーは、東京ドーム5個分の敷地で、100年以上前からワインを製造してきました。

ここでは今、主力の産地を守ろうと、地元の山梨大学と共同で、新たな栽培方法の実証実験を始めていました。
この実証実験では、ブドウの花が咲く5月に、本来ブドウの房がなる枝を大胆に切り落としていきます。

作業をしているのは、山梨大学の岸本宗和准教授。
ことしは500本の「メルロー」の木の枝で実験を行いました。
この方法は「副梢(ふくしょう)栽培」と呼ばれています。
いったん枝を切り落とすことで、新しい枝が生えるのを待ち、ブドウの成長を1か月半ほど遅らせることができるということです。

岸本准教授は、収穫のピークを9月中旬から11月に遅らせ、ブドウの実を涼しい時期に成熟させることで、温暖化が進んでもワインにした時の色や香りを保てると見ています。
岸本准教授
「温暖化でより涼しい北海道などに畑を移していく人もいるので、今栽培されている木を使いながらワインの品質を守りたい。山梨県以外にも気温が高くなってくる場所もあるので、要望があればほかの地域でも技術的な支援をしたい」
年に1度だけの収穫を前に、思い切って枝ごと切り取るこの方法。
ワイナリーの担当者は当初はとまどいを隠せなかったといいますが、これまでどおりに栽培したブドウと実験を行ったブドウを比べると、その色づきの違いは一目瞭然。
8月末の時点で、通常のブドウは赤く熟していたのに対し、実験中のブドウはまだ青々とした実をつけていたのです。
しかし、成長を遅らせる実験はまだ始まったばかり。
ブドウも、殺菌効果のある薬の散布など、成長に合わせた手入れが必要です。

収穫をずらすことで手入れのタイミングなども変わってくるため、気候の状況なども踏まえて、出来栄えに本当に影響がないかを十分に見極めないといけません。

ワイナリーでは、ことしの出来栄えも見た上で、来年以降、収穫の時期を遅らせるブドウの品種や本数を増やすことを検討することにしています。
このワイナリーの栽培技師長をつとめる大山弘平さんは、「100年以上のワインの歴史がある山梨県で先輩たちが試行錯誤してきたように、私たちもこの土地にこだわりを持って生産していきたい。今回の実験の成果や課題を踏まえ、挑戦を続けていきたいです」と話していました。

ワイン造りの伝統を次世代に

農家などの話では、日本ワインの生産地では、温暖化による品質の低下だけでなく、豪雨による土砂崩れで、数年かけて育てたブドウの木が根こそぎ削り取られてしまうケースも起きているそうです。
明治以来、多くの農家やワイナリーの地道な品種改良や醸造技術の向上によって、日本ワインは海外のワイン愛好家からの評価も勝ち取るまでになりました。

これからもワイン造りの伝統が守られ、ブランドを発展させる上でも、気候変動対策を身近なものとして、いっそう取り組まなければならないと感じました。
経済部記者
保井 美聡
2014年入局
仙台局、長崎局を経て、流通業界などを担当