「あの髪型、坊主にされました」美容師が始めた“校則改革”

「あの髪型、坊主にされました」美容師が始めた“校則改革”
遠方からカットに来てくれた男子高校生。その子が丸刈りになって現れたのは1週間後のことでした。さらに…。

「髪型変えないと推薦取り消すと脅かされた」
「地毛だと証明書を書いたのに黒く染められた」

届いたのは1000件以上の悲痛な声。子どもたちが自分らしく輝けるように。いま“校則改革”に取り組む美容師がいます。
(岐阜放送局ディレクター 植木翔吾)

厳しい「頭髪規定」に涙する生徒たち

東京 渋谷にあるメンズサロンの美容師、米田星慧さん(28)。

高校生や大学生を中心に全国の若者から予約が相次ぎ、いわゆる“カリスマ美容師”と言われる米田さんが、「校則」と向き合うことになったきっかけは6年前のあることばでした。
「米田さんに切ってもらった髪型、校則違反だからって、坊主にさせられました…」
1週間ほど前に、体育祭があるからと、わざわざ新幹線でカットに来てくれた男子生徒。
「校則があるので耳や襟足にかからないように短めに。でもかっこよくしてください!」
そう頼まれた米田さんが仕上げたのは、サイドを短めに刈り上げた“ツーブロック”スタイル。
しかし、再び訪ねてきた男子生徒は、学校の「ツーブロック禁止」という校則によって、髪を切らされたことを泣きながら訴えてきました。

実はこの頃、同じようにツーブロックにした子たちが校則違反という理由で、泣く泣く切り直しに来るケースが相次いでいました。
ツーブロックは、会社員やスポーツ選手からも人気のスタイル。それがなぜダメなのか、学校に問い合わせましたが「部外者だ」と取り合ってもらえなかったそうです。
米田さん
「自分は校則の緩い学校に通っていたので初めは『そんな校則あるのか…』と、にわかに信じがたかったです。自分らしい髪型にすることで、コンプレックスを解消したり、個性を表現できたりする。少しでもそれを手伝うことができたらと美容師の仕事をしてきただけに、怒りを感じましたし、日本の教育に絶望的な気持ちになりましたね」

“人生を後押しする髪型”と“諦める生徒たち”

「かっこよくしてもらえて、人生で初めて告白する勇気が出ました」

「周囲になじめなくて、自分を好きになれなかったけど少し自分に自信が持てました」
これまで美容師としてカットひとつで変化していく若者たちの様子を目の当たりにし、髪型には人生を後押しする力があると実感してきただけに、それを押し込めるような校則の「頭髪規定」は受け入れられないと考えました。

ただ同時に、毎月200人以上の髪を切る中で感じていたのは、生徒たちは校則に対して不満はあるものの「我慢するしかない」「変えられない」と諦めているということでした。

“お客様”が困っている…

米田さんは美容師として校則を変えることを真剣に考え始めました。

「4時間反省文」「水道水で洗髪」1100件の悲痛な声

その後、「校則改革プロジェクト」と名付けて活動を始めた米田さん。

まずは広く実態を把握したいとアンケートをSNS上で呼びかけたところ、2週間で1100件もの声が集まりました。
「ツーブロックで登校したら、バリカンで坊主にされて4時間反省文を書かされた」

「ツーブロックにしただけで、大学推薦を取り消すぞと脅された」

「ワックスをつけて登校したら、水道水で洗い流された」
これまで米田さんのもとへ駆け込んできた生徒たちの学校と同じような頭髪規定が、全国各地で存在し、行き過ぎた指導の実態も浮かび上がりました。

さらには…。
回答を寄せた生徒
「私は祖母がロシア人のせいか髪色が暗めの赤毛に近い色をしています。高校入学時に地毛証明書を親と一緒に提出したにもかかわらず、入学1か月後に黒に染めさせられました。当然根元が伸びてくるたびに染めさせられます。いま髪が傷みすぎて縮れてスカスカです。洗うたび、乾かすたびに怖いくらいに毛が切れます」
回答を寄せた別の生徒
「憧れのスタイリストさんと同じウルフカットにしてもらいました。襟足は長いですが、校則で禁じられている、ワイシャツの襟にかかるほどではないにもかかわらず、先生に『長い気がするから切ってこい』『今どきそんな髪型はない。将来ビジュアル系か?』と笑われもして、とてもつらかったです。それにカットして下さったスタイリストさんをばかにされているような気がしてすごく悔しかったです」
仕事を終えた夜、一つ一つの声に目を通す中で、やりきれない思いになったと言います。
米田さん
「人権侵害とも取れるルール、さらには髪型が理由でその子自身まで否定されているという実態が全国各地で当たり前にあることを痛感しました。髪型や髪色で判断し、生まれたときからの特徴やその人の思いや夢が否定されるなんて、そんな学校ってあまりにおかしいですよね。これだけの生徒たちが校則に苦しんでいる現状を知ってもらえれば、理不尽な校則を変えていけるんじゃないかと考えていました」
しかし、米田さん自身も初めてのこと。

学校には取り合ってもらえなかったので、次に働きかけるべきは教育委員会なのか?文部科学省なのか?いったい校則はどういうステップを踏めば変わるのか手探りだったそうです。

そこで各地で校則について発信したり活動したりしている弁護士やNPO、教育の専門家、地方議員など、これまで接点がなかった人たちと連絡を取り、足を運んで、美容師から見た問題点を伝えていきました。

ツーブロックだと事件や事故に遭う?

都議会議員
『なぜ、ツーブロックはだめなんでしょうか?』

教育長
『外見等が原因で事件や事故に遭うケースなどがございますため、生徒を守る趣旨から定めているものでございます』
これは、2020年3月の東京都議会での一幕。都立高校の頭髪規定で、ツーブロックが禁止されている理由を問われたときの教育長の返答です。

ツーブロックだと事件や事故に遭う…?

この答弁が報道やSNSで話題になり、改めて校則や頭髪指導の在り方が問われるきっかけとなりました。このとき都議会で問題提起した議員も、米田さんがアンケートを基に生徒たちのリアルな声を伝えていた1人でした。

個性や多様性を尊重する教育が浸透しつつある流れもあり、一部の都立高校では緩和の動きも出始めていると聞き、米田さんは前進と捉えていました。
米田さん
「やっと一歩進んだなと思いました。自分に寄せられる声やSNS上の反応からは、生徒たち当事者以外の世代の多くの人が『そんなおかしな理由で守らせている校則ってどうなの?』とか『子どもたちの立場に寄り添わずに押しつけているだけじゃないのか』と関心を寄せ始めてくれているのが分かりました」

まだまだある「ツーブロック禁止」「地毛証明書」

一方で、頭髪規定はまだまだ各地の学校に残っているのが現状です。
NHKが8月までに全国の都道府県の教育委員会に行ったアンケート調査では…
「生まれつきの髪の色を証明させる『地毛証明書』を提出させる公立高校がある」
…少なくとも25の都道県。教育委員会が把握するだけで272校。

「『ツーブロック禁止』の公立高校がある」
…少なくとも30の都道府県。教育委員会が把握するだけで208校。
NHKには、理容室を経営している人からこんな声も寄せられました。
理容室を経営している人
「日頃より小中高生が来店されていますが、たまに校則違反だから直してこいと言われて来る子たちがいます。こちらもある程度は校則を把握してカットしているのですが、どこを直せばいいのか要領をえなく、先生に電話してうかがっても要領をえないことが多々あります」
校則の現状について、学校現場の問題に詳しい名古屋大学大学院の内田良准教授は。
内田准教授
「校則の中でも地毛証明書などに代表される明らかな人権侵害は、一刻も早く変えなければいけない。もちろん学校にも必要なルールはあるだろうが、それは人権を尊重しているという土台の上に作られるべきで、今は土台の議論が抜け落ちたまま学校任せになってしまっている」

「学校×美容師」の校則改革を目指して

その後も校則や頭髪規定の問題について発信を続けてきた米田さん。

「生徒らしさ」「清潔感」「進学や就職への影響」…
立場や世代による髪型に対する価値観の違いも実感し、それをすり合わせていくことも大切だと考えるようになりました。
いま進めているのは全国各地の学校と美容師が一緒になって“新しい髪型の校則”を作る取り組みです。学校現場で校則を見直す際に地域の美容師も参加し、プロとして生徒も学校も納得できる髪型を考える手伝いができないか、検討しています。
米田さん
「例えばツーブロックで言えば、美容師の立場からすると『世の中で誤解を受けるような髪型ではなく、実際に大人や多くの人にスタイリングしている髪型ですよ』と伝えたい。流行はめまぐるしく変わり、生徒たちが憧れ、試したいと思う髪型は変わっていきます。校則と髪型をどう捉えたらよいか悩む学校を地域の美容師がサポートできる仕組みができたらと考えています。まだまだ手探りですが、生徒と学校と一緒に考え、その時代の子どもたちが自分らしく輝ける校則になってほしいです」
現在、SNSでの参加の呼びかけに対し、美容師からの反響は大きいといいますが、学校現場からのリアクションは今ひとつだそうです。

「学校×美容師」という未知の取り組み。うまくいくのか不安もあると言いますが、米田さんはこう呼びかけています。
米田さん
「いま校則に困っている子、校則を理由にお客様をかっこよく仕上げ切れなかった美容師、なんかおかしいと思いながら指導している先生・学校、そのルール、一緒に変えて行きませんか?」
NHKでは以下のサイトで校則についての体験やご意見をお待ちしています。
岐阜放送局ディレクター
植木翔吾
2017年入局
去年から校則をテーマに取材
母校は頭髪規定がゆるく、高校時代はツーブロックでした