“タリバンの標的になる” アフガニスタン 女性音楽家の恐怖

“タリバンの標的になる” アフガニスタン 女性音楽家の恐怖
「もしタリバンに見つかれば、私たちはきっと殺されます」

そう語るのは、アフガニスタンで初めて女性だけで結成されたオーケストラ「ゾラ」の楽団員だ。演奏が世界で高く評価され、女性の社会進出のシンボルだった彼女たち。政権がタリバンの手に渡った今、暴力におびえ、次々に国外へ逃れている。以前から彼女たちの取材を続けてきた私は、首都カブールの陥落後、オンラインで面会し、その悲痛な思いに耳を傾けた。
(政経・国際番組部ディレクター 重田竣平)

「現地は目を覆いたくなるような状況」

8月15日、「武装勢力タリバンがカブールに進攻した」という一報が世界を駆け巡ったとき、真っ先に思い浮かんだのは、「ゾラ」の楽団員たちのことだった。
ゾラは、カブールにある国立の音楽院の女子生徒約30人によるオーケストラで、その演奏は世界的に評価を受けてきた。私はその活動をドキュメンタリーとして追いたいと考え、ゾラの創設者で学院長のアフマド・サルマストさんを取材していた。最後に話したのはことし5月。その頃は、夏に控えたコンサートへの思いや、新しいスタジオの計画を熱く語っていた。

今回、改めて連絡を取ると、サルマストさんは、7月から療養のためにオーストラリアに滞在しているという。3か月ぶりに見たその顔は、やつれきっていた。
サルマストさん
「事態は誰も予測できない速さで急変しました。現地とは24時間体制で連絡を取り合っています。タリバンの戦闘員が盗みや暴力を繰り返し、現地は目を覆いたくなるような状況です。しかし、楽団員たちは、(今のところ)全員無事です」
そのことばに、ひとまず安どした。

インタビュー中も、彼の携帯電話の通知音は鳴り止まない。楽団員たちの状況を把握するために、連日奔走しているようだった。

楽団員たちは自宅に身を潜め、活動再開のめどは全く立っていない。中には、タリバンが自宅に来たときに楽器が見つかると危険だと考え、学校に戻しに来た楽団員もいるという。
タリバンの戦闘員は、国際的に知名度の高いサルマストさんを探して、3度にわたり学校を訪れ、居所を尋ねたという。

サルマストさんはかつて、カブールでの音楽演奏会の鑑賞中に自爆テロに遭い負傷した経験がある。教え子たちの身に危険が及ばないか、不安が拭いきれずにいる。
サルマストさん
「私の最大の懸念は、教え子たち、そして人権のために闘う人々の命の安全です。アフガニスタンの芸術文化の担い手たちは、再びジェノサイド(=集団を破壊する意図をもって危害を加えること)の対象となるでしょう」

女性たちの希望の星だった「ゾラ」

アフガニスタンではもともと、インドやペルシャ、アラブ文化が混じり合った独特の音楽が発展していた。しかし、1996年から5年にわたり政権を掌握したタリバンは、音楽を違法化した。サルマストさんによると、このとき、多くの音楽家が殺されたり、国外に逃れたりしたという。
2001年の新政権発足以降、女性の教育の権利が認められ、社会進出が徐々に進む中、サルマストさんが2010年に設立したのが、「アフガニスタン国立音楽院」だった。

ソビエトやオーストラリアで音楽を学んだサルマストさん。性別にかかわらず、子どもたちに音楽を学ぶ機会を与えたいと、紛争地域の貧困家庭や孤児院などを回り、キーボードを使った音感テストなどで、才能のある子どもたちを見いだしていった。そして、学校で楽器や教本、食事を無償で提供し、本格的な音楽の訓練を行ってきた。
その中で、女子生徒29人を集めて2015年に結成したのがゾラだ。ペルシャの「音楽の女神」から、その名前をつけた。

ベートーベンやモーツァルトといった西洋のクラシック音楽と、民族楽器を使うアフガニスタン伝統音楽を融合させた優美な演奏は、たちまち話題となった。2017年にスイスで行われた世界経済フォーラムでの演奏を皮切りに、ドイツ、イギリス、オーストラリア、インドなど各国でコンサートを開催。一部のメンバーは、ニューヨークの名門、カーネギーホールでの演奏も経験した。
ゾラの活躍は、人々が音楽を楽しみ、女性が活躍できる“新しいアフガニスタン”のシンボルとなった。タリバンの影響力が根強く残る中、楽団員たちは、タリバンの構成員やイスラム教の指導者などから活動をやめるよう何度も警告を受けたというが、舞台に上がることをやめなかった。

「とにかく生き抜いて」

先月、再び権力を掌握したタリバンの幹部は、ニューヨークタイムズの取材に対し、「イスラム教では音楽は禁止されている」と語った。

時計の針は戻された。

今、楽団員たちは何を感じているのか?私はサルマストさんに、現地に残る楽団員の取材を打診したが、彼女たちが「海外メディアに密告した」として危害を加えられる可能性があるとして、かなわなかった。

代わりに、タリバン進攻の前に、留学生として国外に出ていた楽団員2人に、オンラインで話を聞くことができた。
その1人、ゾラの創設時からの楽団員でチェロ奏者のナズィラ・ワリさん(21)。現在、アメリカ・テネシー州の大学で奨学生としてチェロの演奏を学んでいる。

安全のため、匿名でのインタビューを打診したが、彼女は顔を出し、実名でインタビューに応じることを望んだ。
ナズィラ・ワリさん
「タリバンは、女性が男性の同伴なしに外を歩くことを禁止し、家の中にいるべきだと考えています。ゾラの女性たちは、みずからの才能を証明し、大観衆の舞台に立ってきましたが、それは間違いなく彼らが望まないことです。彼らが楽団員を見つければ、殺害も含めあらゆる方法で罰を与えるでしょう。タリバンは私たちを“西洋に洗脳された若者たち”と見ているのです」
ナズィラさんは、アフガニスタン東部の貧困地域の出身だ。村には電気も水道もなく、毎日山に水をくみにいく“原始的な生活“を送っていて、学校はタリバンに破壊されたという。

サルマストさんたちに見いだされたあと、ナズィラさんは故郷を離れて暮らしてきたが、家族がゾラの活動をめぐってタリバンから圧力を受けているため、この10年は村に帰れていない。さらに、今回の首都陥落で、カブールにも帰れなくなってしまった。
ナズィラ・ワリさん
「カブールは本当に危険な情勢です。今はとにかく仲間たちが殺されず、生き抜くことだけを願っています」

「自由をすべて奪われる」

もう1人、取材に応じたのが、指揮者、バイオリン奏者として活躍したザリファ・アディバさん(23)だ。アメリカ・イエール大学への短期留学を経て、現在は奨学生としてキルギスの大学院に在籍している。バイオリンを続けるかたわら国際政治学や法律学を学び、将来の夢はアフガニスタンの教育省に入って音楽教育の普及に努めることだった。

ザリファさんもまた、顔を出し実名でインタビューに応じることを望んだ。
ザリファ・アディバさん
「タリバンがカブールにやってきて、アフガニスタン国旗を引きずり下ろしたとき、涙が止まりませんでした。現地の情勢は、ニュースで伝えられるよりも悪化しています。“女性の教育は許され、仕事にも行ける”と言われていますが、真実はどうでしょうか。私の友達は職場から追い返されたと言っています」
私が、今いちばん“心配していること”は何か?と問うと、彼女は強いことばでこう切り返した。
ザリファ・アディバさん
「“心配”ではなく、“恐怖”です。女性が、学校で教育を受けること、スポーツをすること、好きな服を着ること、自分で考え、決めること、その自由をすべて奪われるのです。女性たちがこれまで積み上げてきたことが完全に破壊され、再建にまた20年かかってしまうのではないか。そんな恐怖があります」

「必ず、音楽を取り戻す」

ザリファさんは、多様な民族が暮らすアフガニスタンの中でも、タリバンによる迫害の対象となってきた「ハザラ人」だ。6歳の頃、隣国パキスタンに逃れたものの、そこでもハザラ人をねらった爆破テロの被害にあい、多くの友人を亡くしたという。絶望のふちにあったザリファさんに夢を抱くきっかけを与えたのが、ゾラだった。
ザリファさんは、「女性」「音楽家」「ハザラ人」という“三重苦”を抱えた自分は、当面アフガニスタンに帰ることはできないが、ゾラの活動のともし火は絶対に絶やしてはならないと語った。
ザリファ・アディバさん
「ゾラには、アフガニスタンのあらゆる地域から女の子たちが集まります。アフガニスタンには、もともと民族間のあつれきがありますが、オーケストラでは、みんなで協力して美しい音楽を奏でるため、全力を尽くしてきました。
私はゾラでひとりの人間として尊重され、情熱と自己肯定感を授けられました。私には、女であっても、“何かを変えられる”という確信があります。だから、音楽院だけは、どうか無事であってほしいのです」
アメリカでチェロの演奏を学ぶナズィラさんも、いつか母国へ帰り、音楽活動を再開する希望を捨てずにいる。
ナズィラ・ワリさん
「私はアフガニスタンに音楽を取り戻す人間になりたいです。音楽は食べ物と同じで、社会には欠かせないものです。音楽なしに、人間は生きていけません。音楽とは、心そのものであり、誰もが持つ創造性の発露です。いつか必ず、音楽を取り戻します」

オーケストラの音色が響く日は

ある日突然、音楽を聴くこと、歌うことが禁止される。
アーティストが、楽器を捨て、部屋の隅でおびえている。

音楽があふれる日本では想像しがたいことだが、アフガニスタンではそれが現実化する懸念が高まっている。

タリバン暫定政権は今月7日、旧政権でイスラムの規範にしたがっているかどうか国民の行動を監視し、とりわけ女性の権利を抑圧したとされる「勧善懲悪省」を復活させることを明らかにした。
春に演奏会の計画を聞いたときから、私は撮影の日を心待ちにしてきたが、それはかなわなかった。彼女たちの安全が約束され、アフガニスタンにオーケストラの音色が響く日が来ることを、一心に願っている。
政経・国際番組部ディレクター
重田竣平
2014年入局
国内外で人種差別やジェンダーの問題を取材