わが子の泣き声に耳をふさぎたくなって

わが子の泣き声に耳をふさぎたくなって
「子どもの泣き声が、どんどん大きく聞こえるようになって、耳をふさぎたくなりました」
長引くコロナ禍で、自宅にこもり、周りからの助けもない“孤育て”を余儀なくされた母親のことばです。孤独の中であふれ出た感情を、愛するわが子にぶつけてしまう人がいま、相次いでいます。
(社会部記者 藤島温実)

「どうしたら、やめられますか」

「コロナで、仕事もお金もない。学校や学童も休みで、余裕がありませんでした。子どもが言うことをきかず、ティッシュの箱やランドセルを投げつけました」

「在宅勤務の夫がリビングにいて、ずっと見られていると息がつまります。頭のてっぺんに、かっと血がのぼり、なぜか娘にだけぶち切れてしまいます。どなるとストレス解消になります」
これはコロナ禍で、心理カウンセラーが母親から受けた相談の記録です。
静岡県藤枝市の心理カウンセラー、松林三樹夫さんは10年以上にわたって虐待やDVの加害者から相談に応じてきました。

感染が拡大した去年、女性から寄せられた相談は前の年に比べて3倍に急増。そのほとんどが、わが子への虐待に悩む母親からだといいます。

親子の居場所、失って

ことし4月から、松林さんのカウンセリングを受けるようになった女性。3歳の男の子がいますが、去年の冬から夫と子どもと離れて暮らしています。

コロナ禍で子育てに追い詰められた苦しみを知ってもらうきっかけになればと、話を聞かせてくれました。
感染が拡大する前、女性と子どもが毎日のように利用していたのは、自治体が運営する、近所の「子育て支援センター」。子どもを遊具で遊ばせることができ、子育ての悩みもスタッフに聞いてもらえる、ほっとできる場所でした。

しかし、去年の春の緊急事態宣言で休館に。再開されたあとも、利用時間の制限が続いたことで次第に足が遠のき、自宅にこもるようになりました。
当時、男の子は2歳になったばかりで、「イヤイヤ期」に入っていました。

女性は、朝から晩まで子どもと向き合い続けることが“苦痛”だと感じるようになっていきます。楽しいはずの子どもとの遊びでさえもつらくなりました。

思いどおりにいかないと、おもちゃを投げて部屋中に散乱させることの繰り返し。次第に怒りを抑えることもできなくなっていったといいます。
女性
「イライラする日がすごく増えて、常に疲れていました。気持ちを切り替えられずに、子どもに当たることが増えていきました。ふつうに叱るのではなく大きな声でどなったり、子どもをたたく代わりに、壁を殴ったりしていました。寝室に連れて行って、子どもを布団や毛布などに投げつけて部屋に閉じ込めたことも何度もあります。子どもは萎縮し、怖がって泣いていましたが、その泣き声もどんどん大きく聞こえるようになっていって。まるで頭に響くようで、耳をふさぎたくなりました。もうどうしたらいいのか、わからない状態でした」
会社員の夫に悩みを打ち明けましたが、子どもとずっと一緒にいることの苦しさはわかってもらえず、ほかに周囲に相談できる人もいませんでした。

「このままではいけない」と、保育所に預けることも考えて問い合わせましたが、専業主婦であることや、募集がすでに締め切られていて定員もいっぱいで「受け入れは難しい」と言われました。

自分ひとりだけでは、状況を変えたくても、変えるすべが見つかりませんでした。

苦しさ吐き出して 怒りを調節できるあなたに

わらにもすがる思いで、松林さんのもとにたどりついた女性。

松林さんのカウンセリングは、これまで抱え込んできた苦しみをすべて吐き出してもらうところから始まります。そのあとには、「怒りをコントロールする方法」を学びます。

この日、松林さんが女性に紹介したのは、以下の9種類。すべてをやる必要はなく、自分に合う方法を事前に決めておくのがよいそうです。
1 怒りが込み上げてきたら、心の中で「ストップ!」と叫ぶ
2 その場を離れて、トイレに行って用をたす
3 台所に行って、水かお茶かコーヒーを飲む
4 外に出て星を眺めるなどする(※ただし、車の運転はNG)
5 冷蔵庫から氷を取り出して、両手で交互に握る

その場を離れられない場合
6 怒りが込み上げてきたのを感じたらふんばって、心の中で10数える
7 背中の後ろでこぶしを作り、その手首を反対側の手で強く握る
8 子どもをたたきたくなったら、その手を子どもにまわして抱き締め、「どうした?」と聞く
9 怒りの中にある大事な思いを、できるだけ優しく伝える
女性は「これならできそうです。もっと早く知りたかったな」と、少しだけ笑顔を見せました。

松林さんは「あなたが変わり、穏やかな人になったことを夫や子どもに見せて、安心感をもってもらえるように、怒りを調節できるあなたになっていきましょう」と優しく声をかけていました。
女性
「子どもには悪いことをしたなと、後悔しています。まだ一緒に住める自信はありませんが、『そばにはいられないけど、好きだよ』ということは伝えたいです」
松林さん
「人の心はコップのようなもので、苦しい体験が心の傷になってたまっていきます。コロナによる閉塞的な状況が積み重なっていくと臨界点を超えてあふれてしまう。それが1つには“虐待”という形で出てしまうのだと思います。相談を寄せてくる母親たちは『冷たいひどい親』というわけではなく、皆さんとても頑張っている。ストレスを子どもに向かわせないために、母親が思いを吐き出し、それを受け止める場が必要だと感じています」

先輩ママの“家庭訪問”

長引くコロナ禍で子育てをする母親を孤立させないための取り組みが広がっています。
その名も、「ホームスタート」。地元に住む先輩ママが、ボランティアで家庭を訪問し、母親の話し相手になったり、育児や家事の手助けをしたりする活動です。

全国の100を超える子育て支援団体などが、取り組みを進めていて、先輩ママ2700人余りが登録しています。

このうち、埼玉県川越市で活動する団体を取材しました。
この日、先輩ママが訪れたのは、5歳・4歳・1歳の3人の子どもがいる家庭。

手洗いや消毒、部屋の換気などを徹底してから、活動をスタート。実はこの先輩ママも、3人の子育て経験があるそうです。

感染拡大でなかなか外に遊びに出られない中、訪問を依頼した30代の母親は「大人の手が複数あるからこそフォローできる遊びをさせてあげたい」と考え、絵の具を使ったお絵かきの手助けを頼みました。

1歳の子がなかなか母親から離れず、身動きがとれない中、先輩ママは、ほかの子どもたちの相手をし、絵の具を踏んでしまったときには、素早く足の裏をふいてあげます。
母親が落ち着いて昼食を作ることができるように、その間は3人の子どもの遊び相手になり、少しでも親子が“離れる”時間をもてるよう、サポートしていました。

そして、ふと母親の本音がこぼれ出たときには、逃さずにキャッチして耳を傾けます。
母親
「余裕がないときに、子どもが一度で言うことを聞いてくれないと、すごく怒ってしまったりして。最近はもう、しょうがないや…って引きずらないようにしている」
先輩ママ
「わかる、私も日々そうだよ。子どもたちを認めてあげられるのはえらいよ。今やるべきことを子どもたちに考えさせるよう、促せられたらいいんだけどね」

良い部分を見つけてほめる

共感を示しながら、母親の良い部分を見つけてほめるということを、大切にしているということです。

この母親も、感染拡大の影響で、子どもたちを実家に預けるのを控えざるをえず、子育てのサポートを受けることが難しくなりました。自分ひとりで子育てをしなくてはいけないというプレッシャーと孤独感で余裕を失い、時には子どもを強く怒ってしまうなど、不安定な精神状態が続いていたということです。

そんなときにホームスタートを利用し、身近に支えができたことで、精神的に救われたと話します。
母親
「応援し、ほめてくれる、頼れるお姉ちゃんのような存在です。コロナ禍で『誰にも頼れない』という思いがすごくのしかかり、苦しくなっていましたが、いろいろ話を聞いてもらえると、すっきりして安心します。『もう十分頑張ってるよ』と背中を押してもらえたのが大きくて、完璧じゃなくてもいいんだと気づけたことで、少し余裕が出てきました。子どもたちにも優しく接することができるようになった気がします」
本田さん
「私たちが出会えていないお母さんで、大変な思いをしている方がいるのではないかと心配しています。感染が拡大する中での訪問には葛藤もありますが、対策を徹底しながら歩みを止めてはいけないという思いでやっています。子育ての状況が深刻化する、そのずっと手前の『ちょっと大変だな』と思った時点で、気軽に利用してほしいです」

ひとりでは、子育てはできない

取材を通じて強く印象に残ったのは、母親や支援者たちが口をそろえていた「ひとりでは、子育てはできない」ということばでした。

一見、当たり前のことのように思いがちですが、それが人知れず失われていったのが、コロナ禍ではないでしょうか。

母親を支えることは、子どもの命を救うことになると思います。

あなたの身の回りに、つながることのできる親子はいませんか?
社会部記者
藤島温実
2013年入局
高知局、熊本局、警視庁担当を経て
現在は主に児童福祉分野を取材