大阪大学に感染症の研究拠点 日本財団が230億円を助成

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、大阪大学に感染症の基礎研究を行う研究拠点が設けられ、日本財団が230億円を助成すると発表しました。国内で、民間の財団が大学に対してこれほどの規模の助成を行うのはほとんど例がなく、大学では、パンデミックに備える基礎研究を進めるとしています。

これは、大阪大学の西尾章治郎総長と日本財団の笹川陽平会長が記者会見を開いて発表しました。

大阪大学はことし4月、研究者およそ90人が加わる、感染症の研究拠点を設けていて、この拠点に対し、日本財団が今後10年間で230億円を助成することで合意しました。

大阪大学は資金をもとに、将来、再びパンデミックが起きることを見据え、ウイルスに対する免疫の働きの解明などの基礎研究を進めるほか、医療従事者1万人を対象に、専門的な感染症の教育の場を提供するなどとしています。

国内で、民間の財団が、大学などに対し、詳しい研究の内容を決めない形でこれほどの規模の助成を行うのはほとんど例がないということで、笹川会長は会見で「国の財政がひっ迫する中、企業や協力できる人が足りないところを埋めていく必要がある」と述べました。
また、西尾総長は「日本の大学では、研究者みずからの発想で研究を進めるための資金が細りつつあるのが現状だ。10年間、基礎研究を徹底できるベースをいただいたので、実績、成果を生み出したい」と話しています。

資金の課題

国内では、大学などで基礎研究に使うための資金のほとんどは、国から交付される予算などに限られていて、研究の現場からは必ずしも十分ではないという声が出ています。

歴代のノーベル賞受賞者などもより多くの予算を投入するべきだと繰り返し訴えてきました。

内閣府のまとめによりますと、文部科学省など各省庁から大学や研究機関などに出されている科学技術関係の予算は、コロナ対応などで大幅に増額されたこの2年を除くと、およそ20年間、おおむね4兆円台で推移し、アメリカや中国と比べ伸びが低調だと指摘されてきました。

また、基礎研究を行う原資ともなる、国から国立大学に配分される運営費交付金は、2005年には1兆2300億円余りだったのが2015年まで毎年1%ずつ減額され、その後もほとんど増加せず1兆1000億円前後となっていて、国立大学協会はことし3月に文部科学省で開かれた運営費交付金に関する検討会に提出した資料の中で「経営努力で教育研究の充実に努めてきたが、運営費交付金の減少により、教育研究基盤の維持は限界だ」としています。

一方で、近年、大学などは国の予算だけでなく、さまざまな方法で研究費を確保することが求められるようになっていて、東京大学とソフトバンクなどがAI=人工知能の研究機関を設置し、企業側が10年間で200億円を出資しているケースや、京都大学に対して武田薬品工業が10年間で200億円を提供しiPS細胞に関する共同研究を進めているケースなど、民間から大学に対し、多額の資金提供が行われたケースもあります。

ただ、今回のように研究テーマを詳しく限定せずに基礎研究の費用として多額の資金を拠出するのは、大阪大学にある免疫学の研究センターに中外製薬が10年間で100億円を拠出しているケースなど、限られています。

今回の助成について日本財団の笹川陽平会長は「新型コロナウイルスへの日本の対応では、医療体制の整備もワクチンの開発も遅れるなど、弱点に気づかされ、ショックを受けた。基礎研究を支えるために私たちのような組織が『共助』として、国が十分支えきれない部分を埋めていかなければいけないと考えている」と話しています。

現場は研究体制手薄さ指摘

感染症の基礎研究をめぐっては、国内の研究を支える体制が手薄だという指摘が現場からも上がっています。

今回、設置された大阪大学の研究拠点の部門長を務める、免疫学が専門の竹田潔教授は去年6月、学内の有志を募って、部門をまたいで新型コロナの研究を進めるグループを作りました。

患者の治療を行う附属病院の医師らに加え、ウイルスの性質などを解析する研究者やヒトの体に侵入したウイルスを排除する仕組みを研究する免疫の研究者などが加わり、患者の血液サンプルなどを共同で解析し、それぞれの専門をいかして重症化した患者の体内で起きる反応の全体像を解明しようとしてきましたが、有志での活動であることに加え、研究費は参加者がそれぞれ、確保しなければならないという課題があったということです。

さらに、長期的な支援も課題で、竹田教授によりますと、2009年に新型インフルエンザが世界的に流行した際にも感染が収まると研究費がつかなくなり、多くの研究が止まったということです。

一方で、欧米では専門分野を超えて患者のサンプルを使った研究を迅速に進める体制が整い、数多くの論文も発表されているということで、竹田教授は感染症の研究を長期にわたって支える研究費と組織が国内でも必要だとしています。

竹田教授は「新型コロナの国内の研究の多くは個人単位で行われていて、欧米に比べて迅速に研究成果に結びつけることができなかった面がある。また、研究の体制を長い期間にわたって維持できないことも問題だ。新型コロナのあと、10年、20年先には別の感染症の世界的大流行が起きる可能性もあり、さまざまな分野の研究者が協力して迅速に研究ができる体制を整えていきたい」と話していました。

研究の成果を示す、感染症に関する論文の数は欧米などに比べて少なく、文部科学省 科学技術・学術政策研究所のまとめによりますと、去年1年間に発表された新型コロナに関する論文の数を国ごとに分析すると日本は14位で、1位のアメリカの13分の1、2位の中国の9分の1、3位のイタリアの6分の1などとなっています。

また、JST=科学技術振興機構は去年10月に出した提言で「各国の科学技術力の真価が問われているが、COVID-19に対する研究開発、ワクチンや治療薬の開発・実用化において、わが国は欧米や中国から遅れている感が否めない」と指摘し、感染症の研究基盤を強化するべきだとしています。