空気を運ぶ船~豆腐 値上がりの裏で~

空気を運ぶ船~豆腐 値上がりの裏で~
「最大の輸出品は“空気”と言える状態だ」
これはアジアとの貿易の玄関口、アメリカ・ロサンゼルス港の港湾トップのことばです。日本への大豆の最大の輸出国・アメリカ。しかし日本に「大豆」を輸出するより、中国に「カラ」のコンテナを運んだ方が儲かるというのです。
こうした異変の影響は“安くて当たり前”のあの食品にも…。いったい、何が起きているでしょうか。
(経済部記者 池川陽介 / ワシントン支局記者 吉武洋輔 / ロサンゼルス支局記者 山田奈々)

『豆腐』まさかの値上げ?

スーパーの特売品の常連で、日々の食卓に欠かせない「豆腐」。
10年以上ほぼ値段が変わらない、卵と並ぶ「物価の優等生」と言われています。
しかし今、豆腐や油揚げなどの大豆製品に値上げの動きが出ています。
豆腐メーカーでつくる業界団体はことし7月、スーパーなどに窮状を訴える文書を14年ぶりに提出。
メーカーの中には、すでに値上げの交渉を始めるところもあります。

大豆価格が高騰

なぜ今、豆腐の値上げなのか。理由の一つは原材料の大豆価格の高騰です。
国産品は大雨による天候不順、輸入品は中国の輸入増加や環境への負荷が少ないバイオ燃料としての需要の高まりが主な要因です。

特に大豆の先物価格は、新型コロナの感染拡大後、去年の夏ごろから一気に高騰。
一時、80%以上も値上がりしました。
大豆の高騰だけが値上げの理由なのでしょうか。

さいたま市に本社がある豆腐メーカーに話を聞いてみると、どうやら理由はそれだけではないようです。

過去にも大豆の価格が上昇したことはありましたが、国産品と輸入品のバランスを調整するなどして価格を維持してきたといいます。
しかし今回は「過去に類を見ない危機的な状況だ」と言うのです。
岩崎さん
「小売側としてはライバルより1円でも安く販売したい商品だと思うので、出荷価格に反映させないよう企業努力をしてきました。しかし、今回は過去に類を見ないほどの危機的な状況で、もはやメーカーとしての限界を超えています。来年には豆腐の出荷価格が1.5倍くらいになってしまうんじゃないかと危機を感じています

『カラ』のコンテナが…

「この話、豆腐の値上げと関係あるんじゃないかしら…」
取材班にカギとなる情報を教えてくれたのは、「ニュース ウオッチ9」の編集責任者。
健康維持のために毎日、豆腐、湯葉、豆乳、納豆を食べているといいますが、最近、アメリカの公共ラジオから流れるこんなニュースを耳にしたと言います。
編集責任者
「コンテナ船は、ロスの港で荷降ろしした後に、『カラ』のままいちもくさんにアジアに戻ってアメリカ人が求めるモノを運んでいるんだって。だからアメリカの農家は、大豆を日本に輸出したくても輸出できない状況が続いているんじゃないかと」

世界の物流に異変

「カラ」のままコンテナを運ぶ?
いったい、どういうことなのでしょうか。
日本の大豆の輸入量の70%以上を占めるアメリカ産。

国際物流の専門家によると、通常、豆腐の原料になる輸入大豆の多くは、アメリカ西海岸の港からコンテナ船で運搬され日本に届きます。

その後、コンテナ船の一部は中国へ。中国でアメリカへの輸出向けの商品を積み込み、再び、西海岸の港に戻ります。

同じ船でさまざまな場所に寄りながら、海運会社は効率的に運賃を稼ぐ。
こうした周回コースによって大豆は安定的に供給されてきました。
しかし、コロナ禍からの経済回復で世界の物流に異変が起きました。

去年、主要都市が軒並みロックダウンした世界一の消費大国アメリカでは、ワクチン接種の広がりとともに停滞していた消費のマグマが一気に爆発。
経済が急激に回復しました。

これに応じたのが、いち早くコロナのダメージから立ち直っていた中国です。

アメリカの需要に応える形で、家具や家電、おもちゃなどの商品を大量に輸出したため、海運会社の間では、多少の無理をしてでも中国からアメリカに向かう航路にコンテナ船をかき集めようという動きが広がったというのです。

日本海事センターの統計を調べてみると、ことし1月から7月の間に、中国などのアジアからアメリカに運ばれたコンテナの量は、去年の同じ時期に比べて33%も増加していました。
コンテナ運賃を調べてみると次のようになっていました。
中国の上海から西海岸のロサンゼルスに向かうことし7月の運賃は、40フィートのコンテナ1個あたり1万1150ドル。感染拡大前の去年1月の6倍に跳ね上がっています。

一方で、大豆などが運搬されるロサンゼルスから横浜に向かう航路の現在の運賃は2820ドル。アメリカ向けと日本向けの運賃には、実に4倍もの差がついています。

“ドル箱路線”にコンテナ集中

「カラ」のコンテナを運んでも運賃は稼げませんが、荷物の積み降ろしの時間がかからなないため、通常より早く中国に到着し、荷物を積んでアメリカに戻ることが出来ます。

このため、運賃が高く「ドル箱路線」となったアメリカ向けの航路にコンテナを集中させれば、片道が「カラ」でも十分に収益を上げることが出来る状況になっているのです。

国際物流に詳しい拓殖大学の松田琢磨教授に話を聞きました。
松田教授
「コロナ後の急激な経済回復で、中国発アメリカ行きのコンテナ需要が過熱しています。海運会社はこの需要に応えるため、世界中の航路からコンテナをかき集めて対応する異常事態になっているんです。経済の先行きがどうなるか分からない中、海運会社にとって“稼げるうちに稼いでおきたい“というのが本音。儲けが出にくい航路から『ドル箱航路』にコンテナをどんどん投入していくうちに、世界の物流のバランスが大きく崩れて簡単に戻れなくなってしまったのです

ロサンゼルス港 大混雑

アジアとの貿易の玄関口、アメリカ西海岸のロサンゼルス港。
今月も港は大混雑が続いていました。
港の沖合には入港の順番待ちをするコンテナ船がずらりと停泊しています。
港の担当者の案内で向かった先には、荷物を積んでいない「カラ」のコンテナが高く積まれていました。
ロサンゼルス港の担当者
「ここが出港を待つ『カラ』のコンテナ置き場だ。一番高いところで6段も積まれている。荷物が入っていたらこんな積み方はしないよ」
この「カラ」のコンテナを積み込んだ多くの船が、中国に向けて出港していたのです。

アメリカ最大の輸出品は“空気”

ロサンゼルス市の港湾局によると、ことし7月に「カラ」のまま海外に運び出された20フィートのコンテナは32万9900個余り。1年前に比べて20%増えています。

ロサンゼルス港の港湾トップは、8月のオンライン記者会見の中で、貿易の状況をこう説明しました。
セロカ局長
「カラのコンテナを運ぶ動きは強まっていて、アメリカからの輸出品を積んだコンテナと比べて3倍以上多くなっている。カラのコンテナをアジアに多く運んでいる今、アメリカの最大の輸出品は“空気”と言える状態だ

大豆が輸出できない

「カラ」のコンテナが中国に向かい、日本にモノを運ぶコンテナが不足する事態。
「この30年間で最悪の事態だ」
こう話すのは、アメリカの中西部ノースダコタ州で、30年以上前から日本に大豆を輸出している会社のボブ・シナー社長です。
しかし、ことしはコンテナが確保できず、例年よりも2か月近く輸出に遅れが出ています。
アメリカでは10月にかけて大豆の収穫が本格化しますが、このままでは新しく収穫する分の貯蔵スペースが足りなくなるといいます。

このため、日本行きのコンテナに少しでも大豆を積んでもらうようかけ合っていますが、運賃は1年前の2倍に値上がりしている状況です。
ボブ社長
「この仕事を30年続けているが、これほど厳しくいらいらすることはない。厳しい状況はまだ数か月は続きそうだが、いずれは改善することを望んでいる」

コンテナを『買い負け』する日本

一方の日本。
国際間でコンテナ手配を行う東京の物流会社もこの異常事態の対応に追われていました。
「今までお付き合いのないお客さんからも『なんとかしてくれ』という緊急のお願いがきています」
こう話すのはコンテナ事業の責任者・中島剛室長です。
1991年の入社以来、30年近く物流畑を歩み、ニューヨーク、香港、シンガポールに駐在。荷主と海運会社の間に入ってさまざまな調整に当たってきました。

しかし今回のコンテナ不足は、過去に経験したことのない異常事態だと言います。
中島さん
「日本がコンテナを『取り負け』『買い負け』していて、日本にコンテナを持ってくるのが難しい状況です。およそ30年間、海上輸送に携わっていますが、これほどのコンテナ不足は初めてで、サプライチェーンの回し方が変わってしまい、これまでの経験則が全く役に立たなくなっています。毎日が初めてのことばかりですが、日本への物流を止めないよう努力してやっていくしかありません」

食卓への影響 どこまで…

コンテナ不足による食卓への影響はどこまで広がるのでしょうか。
再び、拓殖大学の松田教授に聞きました。
松田教授
「豆腐や納豆などのように販売価格が比較的低く、輸送コストの比率が高い生活必需品は値上げに踏み切らないと苦しくなる場面も出てくるのではないでしょうか」
今後の見通しについては…
松田教授
「アメリカのクリスマス商戦までは荷動きが活発なので、コンテナ不足や運賃の高止まりは続くのではないでしょうか。価格が正常に向かうのは中国の旧正月・春節でアメリカへの輸出が少なくなる来年2月ごろになる可能性が高いと思います

相次ぐ値上げ

野菜、小麦粉、食用油、マーガリン、マヨネーズ、コーヒー店…。最近、食卓に欠かせない身近な商品の値上がりを実感している方、多いのではないでしょうか。

食料品の価格には、天候不順や中国の需要拡大、そして物流の変化など、さまざまな要因が影響しています。

コロナ禍で激変した世界経済が、私たちの食卓にどんな影響を及ぼすのか。
引き続き、注意深く取材を続けていきます。
経済部記者
池川 陽介
2002年入局
仙台局 山形局
などを経て
現所属
ワシントン支局記者
吉武 洋輔
2004年入局
名古屋局 経済部を経て
おととしから現所属
ロサンゼルス支局記者
山田 奈々
2009年入局
長崎局 経済部
国際部などを経て
ことしから現所属