「たかが30分 されど30分」 東証・取引時間延長へ その舞台裏

「たかが30分 されど30分」 東証・取引時間延長へ その舞台裏
東京証券取引所が、一日の取り引きの終了時間を今より30分延ばし、午後3時半にする方向で最終的な調整に入った。実現すればおよそ70年ぶりの終了時間延長となる。

「たった30分?」と思う人も多いかもしれない。しかし取引時間の拡大は、これまで東証が何度もチャレンジしては挫折してきた、いわば悲願でもあった。

“悲願成就”の舞台裏を探った。

(経済部・古市啓一朗)

“4度目の正直” 東証の悲願

「東証の引け(取引終了)、30分延長で決着だ」。

9月3日午後4時から始まった東証の市場機能強化を議論するワーキンググループの会合。

終了後、関係者から連絡が入った。

東証だけでなく証券会社やITシステム会社などが参加するこの場で、東証が取引時間終了の素案を示し、30分延長させる方向で調整が進められることになった。
東京・日本橋兜町にある東京証券取引所。いわずと知れた日本の株取引の中心だ。

午前9時から午後3時まで(昼休憩1時間除く)市場が開き、1部・2部・マザーズ・ジャスダックに上場される企業3700社余りの株式や、投資信託などの金融商品が売り買いされている。

この取引終了時間を、午後3時半まで延長する方向となったのだ。
終了時間が午後2時から3時になったのは、1954年。東証はこれまで何度も取引時間の拡大にチャレンジしてきたが、挫折してきた。実現すれば、およそ70年ぶりで、悲願成就となる。

なぜ延長を目指すのか?

東証が取引時間の延長を目指す最大の理由は、取り引きの活性化だ。

その背景には、海外の主要な取引所と比較して、東証が伸び悩んでいることがある。
各取引所に上場する企業の株式数と株価を掛け合わせた時価総額でみると、ニューヨーク証券取引所、アマゾンやフェイスブックなどが上場するナスダックに水をあけられているだけでなく、10年前は差をつけていた上海や香港にも肩を並べられた。

これは東証だけの問題ではない。

取引所の時価総額は、その市場に上場される企業の評価であり、日本経済全体の評価とも言える。

時価総額の伸び悩みは、日本経済の伸び悩みでもあるわけだ。
そこで注目されたのが、一日の取引時間だ。

東証は5時間。これに対してニューヨーク証券取引所が6時間半、香港が5時間40分だ。

少しでも市場の活性化につなげようと、東証は以前から取引時間を拡大しようとしてきた。

2000年、2010年、2014年と、これまでに3回議論されたが、いずれも断念。とくに2014年には、夕方や夜間に新たに取引市場を設ける案を掲げたが、関係各方面からの反対意見が強く実現に至らなかった。

当時を「袋だたきにあった。思い出したくもない」と苦々しく振り返る東証幹部もいる。

難航してきた理由は?

取引時間の拡大に対しては、大半の証券会社は反対の立場をとってきた。

その理由は、取引時間の拡大によって、その分、事務作業や労働時間が増えて、コスト負担も増すというものだ。

証券会社の営業担当者は、取り引きの終了後、顧客に注文どおり株の売り買いができたかどうかなどについて説明するのだが、仮に終了時間が遅くなるとそうした作業にとりかかる時間も遅くなったり、顧客の元を直接訪れる訪問営業の時間も遅くなったりして、どうしても労働時間が増えてしまうという。

対面の営業部隊を持たないネット専業以外には、取引時間の拡大に賛成する証券会社はごく少数派だった。

また、投資信託の業界団体も反対の立場だった。投資信託は、複数の株式を取りまとめた金融商品だが、毎日、取引終了時の終値をもとに、各商品ごとの価格を算出する。

そして、算出した価格を、翌日の新聞紙面などに掲載している。これも終了時間が遅くなれば、その分、価格を算出するのが遅くなる。

大幅に遅くなれば、翌日の紙面への掲載ができなくなってしまい、ひいては商品の販売にも影響が出かねないという懸念があった。

システム障害で“棚ぼた”?

それが今回一転して「延長」でまとまる方向になったのは、去年10月発生した大規模なシステム障害が背景にある。

このとき、東証は前代未聞の“終日売買停止”に陥った。

売買が終日できないような事態は二度とあってはならないという点で、証券関係者の立場は一致している。

業界として、再発防止や障害が発生したあとの復旧対応について検討する中で、「取引時間の延長」が浮かび上がってきたのだ。
議論の流れは、こうだ。

当初、ある証券会社から「東証でシステム障害が起きた時だけ、取引時間を変更すればよいのではないか」という意見が出た。しかし、これには別の証券会社から「余計なコストがかかる」として反対の声が上がった。

それなら、あらかじめ取り引き時間を拡大しておけば、システム障害が発生しても復旧後に売買を行うことができる時間を確保できるのではないか。それには、取引終了時間を延ばすのが適切ではないか。

以前は反対意見が多かった証券会社も、今回は賛成に回ったーー。

こうして、終了時間を延ばすという流れが徐々にできあがっていった。この展開に、「棚ぼただ」と思わず本音を漏らした東証幹部もいた。

たかが30分、されど30分

では、どれだけ取引終了時間を延ばすのか?

積極派には、海外にひけをとらない時間を確保すべきだとして、「最大3時間」、「最低でも1時間」などというアイデアがあったという。

一方で、やはりコストが増加するとして、なお反対する意見も根強くある。

そこで、落としどころとして浮上したのが「30分」だ。

これまでの議論の経緯からいって、反対・慎重な関係者が歩み寄れる余地があるのは「30分」しかないとして、東証は腹案としてあたためていたのだ。
そして迎えた9月3日のワーキンググループの会合。

東証は満を持して、「30分案」と「数時間案」の2つの素案を提示。

これに対して、証券業界は30分であればコスト増加にも耐えられる、投資信託業界も30分であれば影響を最小限に抑えられる、と納得。

30分延長すると東証の取引時間は5時間半になり、ニューヨークよりは1時間短いものの、香港とはほぼ同じ時間を確保できる。

今後、30分延長を前提に課題などを検証していくことになった。

まさしく「たかが30分。されど30分」。

かくして、およそ70年ぶりの終了時間延長が事実上、固まった。

市場活性化につながるか?

しかし、30分の延長によって、東証がもくろむ市場の活性化に本当につながるのか?

実は証券会社では「取引量の増え方は限定的ではないか」と見る向きが多い。証券会社の幹部らは、取引時間の延長にとどまらず、「日本企業の成長性を底上げしていくことが大事だ」と口をそろえる。

東証では、来年4月から1部・2部などの区分がなくなり、「プライム」「スタンダード」「グロース」の3市場に再編される。上場を維持する基準がいまより厳しくなり、企業は価値向上へ一層の努力が求められることになる。

取引終了時間の延長は、次の大規模なシステム改修に合わせて、2024年からになる見通しだ。

東京株式市場は、大きな改革期を迎えた。東証や証券業界・企業がそれぞれの魅力を高めていくことが何よりも問われている。
経済部記者
古市 啓一朗
平成26年入局
新潟局を経て現在は金融業界を担当