データを“宝の山”に 企業が今、なんとしても欲しい人材

データを“宝の山”に 企業が今、なんとしても欲しい人材
“The Sexiest Job of the 21st Century”(21世紀の最もかっこいい仕事)
アメリカでこう呼ばれたことのある専門職、聞いたことありますか。統計学やプログラミング技術などを駆使してビッグデータを分析する「データサイエンティスト」です。情報を“宝の山”に変えるとも言われるそのスキルをなんとしてもほしい…。企業はその能力を手に入れようと、本気になっています。(経済部記者 岡谷宏基)

企業が“お見合い”?

ことし5月、東京・千代田区にあるビルの会議室。
データサイエンティストに関しておもしろい動きがある、というのでのぞいてみました。

参加していたのは、電機、生命保険、IT、製薬、鉄道などさまざまな分野の大手企業15社の担当者に、東京大学や大阪大学などの教授14人。

「それではいいですか。よーいスタート。ストップウォッチを押しました」

午後3時。
司会の合図で始まったのは、データサイエンティストをほしい企業と、大学の研究室の学生を引き合わせる人材のマッチングでした。

1対1でテーブルに座り、企業の担当者は豊富なデータが社内にあることや働く環境の良さをアピール。教授の研究室にいる優秀な大学院生を獲得しようと必死です。

制限時間は7分。
その様子は“お見合い”さながらです。

一方の教授側も、企業が学生の志向にあっているかどうかをじっくり見極めます。
あるテーブルでは製薬会社と教授がこんなやりとりをしていました。
(教授)「医療データをもとに創薬ができる人材を求めているのですか?」
(企業)「創薬に興味がある人なら大歓迎です」
(教授)「薬学を勉強していてビジネスセンスのある人?」
(企業)「ビジネスセンスがあればベスト。興味があるだけでもいいんです
(教授)「では医学部だったらどうですか?」
(企業)「データサイエンスの経験あれば大丈夫です」
(教授)「画像解析をしている学生がいます。その学生は『手術』が嫌みたいで…。データ分析に意欲的だというならターゲットになりますか?」
情報工学や統計学に詳しい人だけでなく、なんと「医学部」からもデータサイエンティストを発掘できないかを探っていたのです。

データサイエンティストをなんとしてもほしい!企業の“過熱ぶり”をかいま見ました。
このマッチングを主催した「サーキュラーエコノミー推進機構」の望月晴文理事長です。
望月晴文理事長
「実はこれはシリコンバレーで実際に行われている仕組みをもとにしています。IT技術とビジネスマインド、いわば『文理融合』の人材が必要で、新しい人材が世界でとりあいになっている。そうした人材を育てていく機会をマッチングで作っていきたい」

データサイエンティスト どんな仕事?

企業が熱い視線を注ぐデータサイエンティスト。
数学、統計学、情報工学、プログラミングなど高度な技術を駆使しながらビッグデータを分析します。

ただ、分析するだけではなく、ビジネスの課題を解決する方法を提案したり、ときには大事な経営判断のエビデンス(根拠)を示したりもします。

実際はどんな仕事をしているのでしょうか。
張瀚天さん(25)は、さきほど紹介したマッチングを経て、去年4月から大手ITコンサルティング会社「アクセンチュア」で働いています。

大学でシステム情報工学を専門に学んだという張さん。
現在、データサイエンティストとしてかかわっているのは、東京女子医科大学と共同で進めている「医療分野のプロジェクト」です。
腎臓を移植する手術を受けた数千人の患者から年齢や投与した薬の情報など100項目以上にのぼる膨大なデータを得て、分析。

例えば「A」という薬について、どの程度投与したら、いつ拒絶反応が出るのかや、どういった副作用が現れるかについて、患者ごとに細かく予測するAIを開発しています。

日本は透析患者の数が世界で2番目に多く、腎臓移植を必要とする人がたくさんいます。

今後臨床現場で活用された場合は、医師が有効な治療方法を選ぶ際の手助けになると期待されています。
張瀚天さん
「大学で学んだのは最先端の技術、それを社会実装したいという思いがありました。社会課題は様々な要因が複雑に絡んでいるが、それをデータで解き明かしAIを駆使して解決していけるのが魅力です」

大手でも全然足りない

張さんが勤めるこのコンサルティング会社は多くのデータサイエンティストを抱えていることで知られています。

10年ほど前から積極的に採用、育成していて、現在は実に数百人のデータサイエンティストが所属しています。国内トップクラスです。

しかし、その数は十分ではないといいます。

こんな調査もあります。
Q:この1年で目標としていた人数のデータサイエンティストを確保できましたか?
「確保できた」………………………………17%
「どちらかといえば確保できた」…………26%
「どちらかといえば確保できなかった」…21%
「確保できなかった」………………………37%
対象:人材の確保を予定していた企業82社(データサイエンティスト協会調べ 2019年8月~10月)
「どちらかといえば確保できなかった」と「確保できなかった」を足すと58%。半数あまりの企業が人材不足を感じているという結果です。

背景のひとつは、企業間で加速しているDX(=デジタル変革)需要です。

さまざまな機器をインターネットでつなぐ「IoT」などが広がり、データを集めることが、簡単になりました。

その多種多様なデータを分析するニーズはこれまでも高まっていましたが、さらに勢いが増しているのです。
保科学世さん
「データサイエンティストの需要は非常に高い水準にあるし、さらに高止まって続くとみられる。要らないという業界はないし、私たちの会社もぜんぜん足りていません。どんどん採用をしていきたい」

せめてアイデアだけでも…

人材の確保が難しいのなら、せめてアイデアだけでもほしい!そんな動きも出てきました。

東京のIT企業「SIGNATE」が運営するサイトが今、関心を集めています。

このサイトでは、企業側が解決したい課題を掲載。
登録しているデータサイエンティストからデータ解析プログラムなどのアイデアを募り、最も適したもの採用するーという仕組みです。

企業は『人』を採用するのではなく、その都度『アイデア』を採用するというわけです。

アイデアは順位付けもされ、企業は上位のものに賞金を出します。

現在、登録しているデータサイエンティストは5万人。
75%が社会人で、腕を競い合う場にもなっています。

数千万円のコスト削減も?

これまでこのサイトでは企業や官庁が50回以上、募集を行いました。

例えばJR西日本。
冬場に北陸新幹線を運行する際、いつ、どこで除雪作業が必要になるかを予測したいという課題を掲載。

アイデアを募ったところ2か月間で400件が寄せられました。

1位に選んだプログラムの考案者には賞金100万円を出し、実際の業務で使うことにしました。
鉄道の除雪作業はコストがかかります。

雪が降りそうなときはあらかじめ作業員を確保して待機させておく必要があり、雪が降らずに作業が不要となった場合も人件費は発生します。

そこにデータサイエンティストの予測プログラムを導入することで準備は格段に効率化されるとみています。
JR西日本ではこの先、年間で数千万円のコスト削減効果を見込んでいます。

また、JR西日本の社員が考案したアイデアも上位に入り、会社にとっては思わぬ「能力発掘」につながったということです。
齊藤秀社長
「多くの企業が優秀な人材を『共有』することで、課題解決にいたることが非常に有効だと思います。データサイエンティストにとっても才能発揮のチャレンジができますし、人材発掘や採用につなげられるというメリットも出てきている」

人材を“育てる”あの手この手も

デジタル人材を抱える企業では、データサイエンティストをじっくり育成していこうという取り組みも行われています。

DeNAは、データ分析やAI技術を競う大会に参加することを「業務」として認める制度をつくりました。
社員の能力開発につなげるだけでなく、優秀な成績をおさめる社員が増えれば「一緒に働きたい、学びたい」というデータサイエンティストが増え、外部から人材を採用しやすくなると期待しています。

NTTコミュニケーションズは社員のスキルを“見える化”する社内サイトを開設。
データ分析の技術を持っている社員を適材適所で配置するほか、組織横断型のプロジェクトをつくって参加を募る、いわば「社内転職」も進めて、人材の流出を防ごうとしています。
経済産業省は、データサイエンティストを含めた国内のAI人材は2030年の時点で12万人、不足すると試算しています。

優秀な人材をどうやって確保していくかー。

今後、ますます企業の競争力に直結することになりそうです。
経済部記者
岡谷 宏基
平成25年入局
熊本放送局を経て現所属
情報通信業界を担当