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9.11は未解決!? 閉ざされた真相

アメリカのバイデン大統領が先週、2001年に起きた同時多発テロ事件に関する捜査資料などの機密の解除を検討するよう関係機関に指示しました。3000人近くが犠牲となり、世界を震かんさせた事件の資料を、なぜ20年たった今になって明らかにしようというのでしょうか。(報道局社会番組部ディレクター 西山泰史)

9.11の疑惑“サウジ・コネクション”

理由の一つが、遺族たちからのプレッシャーです。
遺族たちはこの20年間、事件の実行犯を背後で「何者か」が支援(ほう助)してきたと訴えてきました。「何者か」を具体的に言うと、サウジアラビア政府です。
オサマ・ビンラディン容疑者
首謀者オサマ・ビンラディン容疑者の出身国で、実行犯19人のうち15人がサウジアラビア国籍であったことなどから、この国の政府が事件に関与していたと主張し、裁判を起こしてきたのです。

この疑惑は、アメリカ社会で長く指摘され続けてきました。事件当時のブッシュ政権で、パウエル国務長官の首席補佐官だったローレンス・ウィルカーソン氏は、政権内でもそうした声があったと証言しています。
国務長官の首席補佐官だったローレンス・ウィルカーソン氏
ウィルカーソン氏
「テロリストの多くの出身国だったこともあり、最初に浮上した国がサウジアラビアでした。当時も今も、サウジアラビアが事件に関わっていたのかどうかは議論の的です」

閉ざされた真相

サウジアラビアが事件に関与していたのかどうか、アメリカでは複数の捜査が行われてきました。しかし政府は、その情報を積極的には公開してきませんでした。それだけでなく、議会やFBI=連邦捜査局の資料の一部を機密扱いとし遺族たちの開示要求を拒んできたのです。
テロ事件で父親を亡くし遺族の中心的な役割を果たすブレット・イーグルソンさん(35)は、政府の姿勢に強い憤りを感じてきました。真相が闇の中に隠されているようだと感じてきたからです。
遺族の1人 ブレット・イーグルソンさん
イーグルソンさん
「アメリカを愛していますが、政府のことは別です。私たちは真実を知りたい。そのためには政府が資料を開示することが必須なのです。閉ざされた真相を知るために、20年もの間、自国の政府と闘うべきではありません」

疑惑を膨張させる捜査資料の機密指定

サウジアラビアとテロ事件との関連を調べた資料を最初に機密に指定したのは、当時のブッシュ大統領でした。
ブッシュ元大統領とアブドラ元皇太子
開示すると「国家の安全保障に悪影響を及ぼす」として非公表にしたのです。
サウジアラビアは、アメリカに石油を安定供給してきた経済的なパートナーであり、反米感情が根強くある中東において重要な同盟国です。また、武器輸出では最大の取引先でもあります。
オバマ元大統領とアブドラ元国王
ブッシュ大統領のあとを継いだオバマ大統領は、8年の任期中にサウジアラビアを4回訪問し、そのあとのトランプ大統領は就任後初めての外遊先にサウジアラビアを選びました。
トランプ前大統領とムハンマド皇太子
事件の遺族たちは、政府が国益を重視するあまりに情報を隠してきたのではないかと疑ってきました。そして、情報が隠されることによって、ますます疑念を膨らませてきたのです。

“サウジ・コネクション”は存在した!? 徹底議論!

同時多発テロ事件の実行犯をサウジアラビア政府が支援していたのではないかという疑惑を、専門家たちはどう考えているのでしょうか?
今回、在サウジアラビア日本大使館での勤務経験があり、サウジアラビアの政治や社会、宗教を研究してきた日本エネルギー経済研究所中東研究センター長の保坂修司さんと、アメリカの政治や社会に詳しい慶應義塾大学教授の渡辺靖さんに話を聞きました。
Q 遺族たちは、サウジアラビア政府に関係する誰かが事件を背後で支援していたのではと疑っていますが、その可能性をどう考えていますか?
日本エネルギー経済研究所中東研究センター長 保坂修司さん
保坂さん
「サウジアラビアから見れば、国の豊かさを担保するのはアメリカのお金であり軍事力の傘であったりするわけで、(王族の)サウド家が支配する現体制がアメリカを攻撃するようなことというのは、非常に考えづらいですよね」
慶應義塾大学教授 渡辺靖さん
渡辺さん
「事件直後、アメリカにおいて、イスラム教徒ですとか、アラブ系に対するヘイトクライムというのが急増していました。言ってみれば、怒りや恐怖の真っただ中にあったわけですね。そうした中にあって、イスラム教の聖地があるサウジアラビアが関与したという、いわゆる“サウジ・コネクション”を疑う説明というのは、非常に分かりやすいというか、ストンと落ちるところがあったと思います。専門家や政治家の間では、政府なり国家としてサウジアラビアが関与する理由が分からないという反応が多かったように思いますね」
保坂さん、渡辺さんともに、サウジアラビア政府が事件に関与した可能性については否定的でした。
その一方で保坂さんは、サウジアラビアにおける宗教界の存在について言及しました。
礼拝するサウジアラビアの人々
イスラム教の国の中でも特に厳格にその教えを守ってきたサウジアラビアでは、宗教界が大きな存在感を持っていて国王でさえも気を遣ってきたというのです。
その複雑な関係の中で、国民がビンラディン容疑者を支持するようになる下地ができてしまっていたのではないかと指摘しました。
保坂さん
「現体制には“宗教界を怒らせたくない”というのは当然あるわけで、例えば教育などの分野で宗教界にフリーハンドを与えて、ある意味自由にやらせてきたわけですね。それが、反米感情や非イスラム教徒に対する反感であったりとか、あるいはジハード=聖戦という名前での実力行使を認めたり、称賛したりするような行動にもつながっていったのではないかというふうには思います」

「政府の中に、過激思想に同調あるいは感化された人たちが全くいないかと言われれば、たぶんいるでしょう。その人たちが何らかの形でテロ事件を支援してしまったということは、十分考えられると思います」
機密指定されていた「空白の28ページ」
私たちは今回、NHKスペシャル(9月11日夜9:00放送)の取材で、これまでアメリカ政府が断片的に公開してきた捜査資料を徹底的に読み直しました。そこに書かれていたのは、保坂さんが指摘したように、サウジアラビア政府ではなく“政府と関係する可能性がある個人”の関与について調べた結果でした。
原告である、テロ事件の遺族を束ねるアンドリュー・マロニー弁護士は、サウジアラビア政府の責任を問う裁判の争点を「王族や政府そのものではなく、政府の中の管理職クラスの人物が関与していたかどうかだ」と話していました。
バイデン大統領が機密指定の解除を検討するとした文書の中に、どれだけ該当するものがあるのか、注目したいと思います。
同時多発テロに関する資料の機密指定解除検討の大統領令

生々しい国益で結ばれた同盟

サウジアラビアの専門家・保坂さんと、アメリカの専門家・渡辺さんに引き続き話を聞きました。
サウジアラビアに掲げられた星条旗
Q 遺族たちの不満の原因は、アメリカ政府がサウジアラビアと事件に関わる捜査資料を開示してこなかったことにあります。サウジアラビアを擁護しているのではないかと遺族は見ていますが、なぜアメリカは開示してこなかったのでしょうか?
渡辺さん
「うーん、ひとつはサウジアラビアには今でも米軍が駐留していることでしょう。情報が開示されると、思わぬ形で軍や関係者をリスクにさらすかもしれないという懸念があっても不思議ではないと思います。アルカイダは今も健在なわけで、サウジやアメリカがどこまでその情報をつかんでいるのか手の内を明かすことにもなりかねないので」
サウジアラビアの石油施設
渡辺さんは、軍の駐留を例示しながら、アメリカにとってサウジアラビアがいかに特別な存在かを話しました。
両国の間には、国家の理念を超えた多大な国益があると指摘しました。
渡辺さん
「アメリカにとってサウジアラビアは、いわゆる現実主義外交というかリアルポリティクスの典型だったのではないかと思いますね。もともとは1945年のヤルタ会談のあとにルーズベルト大統領が初代の国王と会って、サウジアラビアを防衛する代わりにアメリカに石油を安定的に供給するという、そういう両国の同盟関係が築かれた。それが、1979年にイランで革命が起きてアメリカと敵対するようになり、反イランとオイルというのが両国を結び付けていたというわけです」

「価値観という点ではかなり違いますし文化的な背景もかなり違いますが、地政学とかエネルギー事情とか、アメリカはリアルポリティクスの観点から目をつぶってきた面も多々あるということですね」
サウジアラビア軍のパレード
一方、中東を専門とする保坂さんは、サウジアラビアにとってもアメリカとの関係はリアルポリティクスの典型だと語りました。
保坂さん
「サウジアラビアにとって一番重要なのは、サウド家体制を護持するということです。そのために何をするべきか、どういう国際関係を構築するべきなのかということですね」

「もともと中東で強い影響力を持っていたイギリスが撤退して空白を埋める形でアメリカが入ってきたのですが、中東の国々から見るとアメリカには非常にいい意味もあったわけですね。中東に一定の権益を持っており、地域が安定することを第一に考えてくれる。しかも、中東地域を支配すること自体はそれほど真剣に考えているわけではないという意味で、です」

「領土を獲得するという意識が少ないうえに強力なアメリカは、非常に便利な国だというふうに考えていたと思います。特殊な関係というのは、単に石油だけではなくて、武器の輸出、それから体制の護持というさまざまな側面があるのだと思います」

20年目の区切り

ブレット・イーグルソンさん
同時多発テロ事件から、もうすぐ20年となります。
バイデン大統領が、遺族らが開示を求めていた捜査資料などの機密の解除を検討するよう関係機関に指示したことについて、遺族からは「今度こそ」という期待の声が上がる一方で、父親を亡くしたブレット・イーグルソンさんは、「事件を過去のものにしようとしているのではないか」という疑念も抱いています。
こうした中、今後について渡辺さんと保坂さんは、次のように展望しています。
慶應義塾大学教授 渡辺靖さん
渡辺さん
「たとえばコロナの起源に関する報告書など、バイデン政権になってから結構な数の情報の開示をしていますが、中身は意外にたいしたことがないというのが相次いでいます。“サウジ・コネクション”に関する文書が公開されたとしても、非常に限定的で、しかも特筆すべき内容はないのではないかというふうに私は思っています」

「サウジアラビアは、対イラン・対テロということを考えても重要な国ですし、イスラエルとアラブの橋渡し役としてもやはり重要な国です。アメリカのプレゼンスが低くなってしまえば、あるいは不審が強くなってしまえば、中国やロシアの影響力がその分、増してしまうということになりかねません。リアルポリティクスの観点からも、サウジアラビアというのはやはり引き続き重要な同盟国であるのだと思います」
日本エネルギー経済研究所中東研究センター長 保坂修司さん
保坂さん
「今アフガニスタンがああいう状況になっていますけれども、サウジアラビアはいろんな意味でアフガニスタンの武装勢力・タリバンと関係を維持している可能性もありますので、そういった点でもアメリカに対して何らかの協力ができるのではないかというふうに思っています」

「過激思想に染まる人というのは、いつの時代にもどこにでも一定数いると思います。これは恐らく、日本でも同じだと思いますが。サウジアラビア人かどうかは分かりませんが、アフガニスタンにおけるタリバンの勝利に対して、インターネット上のアラビア語の空間ではタリバンを称賛するような発言というのが数多く出ています。うっせきした不満を過激思想で解消しようという層が一定数存在するということは、間違いないと思います」
社会番組部ディレクター
西山 泰史
平成21年入局
去年から現所属
香港の民主化デモや
アメリカ大統領選挙
などを取材

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