封じ込めも曲がり角? 見えない出口に追い詰められる暮らし

封じ込めも曲がり角? 見えない出口に追い詰められる暮らし
「またか…」
新型コロナウイルスとの闘いが長期化する中、感染が拡大するたびに、市民から不安や懸念の声が上がります。それは厳しい感染対策でいち早く景気を回復させ、“1人勝ち”と言われた中国でも。そして、感染対策が効果をあげ、一時は“優等生”とされた東南アジアのタイでも。徹底した感染の封じ込め、いわば“ゼロコロナ”に取り組んできた国でも、生活が追い詰められる人々が増えています。(アジア総局記者 影圭太/中国総局記者 伊賀亮人)

感染拡大で100人以上を処分

「感染予防と管理に対する責任が果たされていなかった」

8月、中国では、南京の副市長や空港の担当者が感染再拡大の責任を問われて処分されたのをはじめ、対策を怠っていたとして、全国で公務員の処分が相次ぎました。地元メディアによると、その数は100人以上にのぼります。
今回の感染再拡大のきっかけになったのが、7月下旬、南京の空港で国際便を担当する作業員がデルタ株に感染したことで、その後、18の省や自治区などに感染が拡大。

一時はおよそ半年ぶりに1日あたりの国内の市中感染者が100人を超えました。
政府が危機感を募らせたのは、夏場の観光シーズンで多くの人が移動する時期と重なったこと。

実際に中国有数の景勝地として知られる張家界を訪れた人の間で集団感染が発生し、観光客が地元に戻った後、各地で感染が広がったのです。

濃厚接触がなくても隔離

政府はすぐに対策を強化。
感染者が出た地区を封鎖し、原則出入りできなくしたほか、数百万人規模でPCR検査を行ってリスクを洗い出しました。

張家界などの感染者が出た都市に観光や出張で訪れた人は、感染者と濃厚接触したかどうかにかかわらず、自宅で14日間の隔離を求められました。日本人駐在員の中にも家族全員で部屋から1歩も出られなかったという人もいたほどです。

さらに、各地の地元政府が市民に対して不要不急の出張や旅行などを控えるよう求めました。
北京では、9月から始まる小中学校の新学期を前に、子どもや親に対して8月15日以降は市内から外に出ないよう指示が出るといった移動制限も行われました。

中国でもワクチン接種は進み、政府は、すでに9億6000万人あまりが接種を済ませたとしています(9月6日時点)。

それでもなお手は緩められていないのです。

「またか…」観光業界の嘆き

中国は、ゼロコロナの方針のもとで感染を抑え込み、経済活動を正常化させていち早く景気回復につなげてきました。

今回もおよそ1か月後には国内の市中感染者はゼロに転じ、政府は感染拡大は収まったとしています。

ただ、感染が広がるたびにとられる対策に疲弊感も漂い始めています。

8月中旬、北京市内では、世界遺産の故宮をはじめ、観光地に例年なら多くいるはずの地方からの団体客が見られませんでした。
観光シーズンでかき入れ時を迎えたはずの土産物店や飲食店などからは嘆きの声が聞こえました。
土産物店の女性
「7月はいい時は1日の売り上げが2000人民元(約3万4000円)あったけど今はまったくない日もある。毎日が赤字で店を閉じたいくらいでどうすればいいのかわからない」
飲食店の男性
「またか、という感じだがどうしようもない」
この夏の旅行客は去年と比べて回復すると見込まれていただけに、失望感も強かったのです。

ゼロコロナ、曲がり角に?

実際に公表されている経済統計を見ても、7月は消費の動向を示す指数が前月比でマイナスとなりました。

また、非製造業の景況感を示す指数も8月には47.5と、景気が縮小に向かっていることを示す節目の「50」をおよそ1年半ぶりに下回りました。
こうした中、感染症の専門医が、SNS上に「世界はウイルスと共存する必要がある。通常の生活に戻ると同時に、ウイルスの恐れから市民を守らなければならない」などと投稿すると、いつまでこのゼロコロナを続けるのかという賛同の意見が上がりました。

中国では、来年、2月に北京で冬のオリンピックが開催されるほか、秋には共産党指導部の人事が行われる5年に1度の党大会もあります。

それだけに、感染の封じ込めを実績としてアピールする政府の方針がただちに転換されることはないと見られますが、実際には、不安や疲弊の声も聞かれるようになっているのです。

“優等生”からの転落

東南アジアに目を向けると、ゼロコロナの政策を維持し続けるのは簡単ではないことが見えてきます。

タイとベトナムは、去年、厳格な水際対策や経済活動の制限などで感染拡大を抑え込み、「対策の優等生」とも呼ばれていました。去年の1日の感染者数は1桁という日が続いていました。

しかしことし春以降、その状況は一変。

タイでは外国人労働者の間で集団感染が起き、さらにデルタ株も広がって、わずか数か月で感染者が急増します。
6月下旬からはバンコクなどで飲食店での店内飲食が禁止され、その後、夜間外出禁止令を出して事実上のロックダウンに踏み切りました。

それでも感染者は8月には連日2万人を超え、1日あたりの死者は200人を超えています。

近づく我慢の限界

観光業に加えて国内消費も低迷。

タイの経済成長率は、去年、マイナス6.1%という記録的な落ち込みでしたが、ことしもマイナス成長が続く恐れがあると言う専門家も出始めました。

去年より売上が半分に減ったという家具店の店主は「経済が悪すぎる。来年までこの状況が続くんじゃないかと思う」と嘆きます。
ロックダウンしても感染拡大に歯止めがかからない状況を前に、反政府デモは激しさを増しています。

国民の我慢が限界に近づいているように見えます。

ベトナムでも感染者は1万人を超える日が続き、軍隊まで出動させて外出禁止を徹底させる事態になっています。

リスクをゼロにはできない

“優等生”が転落した共通の背景としては、デルタ株の感染力の強さや、ワクチン接種の遅れ(接種完了した人の割合:タイ11.1%、ベトナム2.7%、アワー・ワールド・インデータ9月7日更新時点)などが挙げられます。

タイでは、ゼロコロナ対策の中でも事業の継続を認められた限られた場所で集団感染が発生し、これによって感染が一気に拡大しました。

特に工場では、およそ880か所で集団感染が発生したということです。

タイは東南アジア最大の自動車産業の集積地であり、「政府は輸出を維持するために工場の稼働停止は避けたかった」(大手日系メーカー現地幹部)と見られます。

タイ保健省のコロナ対策のアドバイザー、ヴィラサク教授は「中小企業など、資金的な余裕がない工場では感染対策を自前で行うのは難しい。政府も工場労働者に当初は注意を払っていなかったので、ワクチン接種が遅れて感染が拡大した」と話し、密な状態での作業や食事、移動などで感染が拡大したと指摘しました。

経済活動を完全にゼロにすることは不可能、しかしそれでは感染リスクもゼロにはならない。

対策の難しさが改めて浮き彫りになっています。

世界に広がる影響は

見えてきたゼロコロナの“限界”は、その余波にも警戒が必要です。

世界第2位の経済大国・中国の景気が停滞すると世界経済全体に影響を与えますし、東南アジアでの工場の稼働停止は、すでに世界の自動車生産に影響を及ぼし始めています。
トヨタ自動車は、東南アジアでの部品調達の滞りなどを理由に、9月の世界全体での生産が、計画よりおよそ4割減ると明らかにしたばかりです。

ベトナムで感染が拡大している地域では、操業継続の条件として、従業員が工場から移動せず、敷地内で寝泊まりすることなどを求めているため、多くの工場は対応できず、操業停止や減産に追い込まれています。

それによって自動車メーカーが部品調達に支障をきたしているのです。

グローバル化の進展、サプライチェーン=供給網の広がりで、国際的な経済の結びつきがますます強まっている今、感染拡大の影響は1国だけにとどまりません。

各国の対策の課題は日本にとっても非常に重要な意味を持っています。
アジア総局記者
影圭太
2005年入局
経済部で金融や財政の取材を担当し
去年夏からアジア総局
中国総局記者
伊賀亮人
2006年入局
仙台局 沖縄局
経済部などを経て
去年から現所属