踏切で“待っていた”だけなのに…死亡事故はなぜ起きたのか

踏切で“待っていた”だけなのに…死亡事故はなぜ起きたのか
「踏切で30代の女性が電車にはねられて亡くなった。“歩きスマホ”が原因の可能性がある」
捜査関係者の話を聞いて、耳を疑いました。
職業柄、スマホを肌身離さず持っている私も、歩きスマホの危険性は理解しているつもりです。しかし、そんなことが起こりうるのでしょうか?
早速、事故の現場となった東京 板橋区へ向かいました。
(社会部 警視庁担当記者 江田剛章 / おはよう日本 ディレクター 太田緑)

まさかの出来事が…

東武東上線の東武練馬駅。
踏切は、そのすぐそばにありました。
周囲は飲食店などが建ち並ぶ商店街ですが、見通しは決して悪くありません。
事故が起きたのは、ことしの7月8日。
警視庁によると、亡くなった31歳の女性は駅の改札を出た後、踏切を渡ろうとした際にはねられたとみられています。
その時の様子が、現場周辺の防犯カメラに写っていたということです。
女性は午後7時半ごろに踏切を渡り始めました。
この時、両手でスマートフォンを持ち、歩きながら画面を見ている様子だったといいます。

すると遮断機が下り始め、まわりの人たちは足早に踏切の外へ。
しかし、女性に急ぐ様子は見られませんでした。
それどころか、下りた遮断機の手前で立ち止まったというのです。

そして数十秒後、左から来た列車にはねられ、亡くなりました。
警視庁が防犯カメラの映像を解析した結果、女性の顔は最後までスマホに向けられていたということです。

警視庁への取材をもとに、当時の状況を動画で再現しました。
(再生時間:28秒)

現場でいったい何が?

にわかには信じがたい事故。
当時どのような状況だったのか、同じ時間帯に踏切のそばに立って確かめることにしました。

午後7時半といえば、帰宅するサラリーマンなどで混雑する時間です。
この日も、駅の改札を出た人たちが次々に踏切を渡っていました。
東武練馬駅には、午後7時からの1時間に上りと下り、合わせて17本の列車が止まります。
急行や快速など駅を通過する列車もあるため、この時間帯は頻繁に遮断機が下りていることが分かりました。

渡れる時間は1回あたり2~3分程度ですが、遮断機が上がった瞬間に警報機が鳴り出すこともありました。
急いでいるのか、中には遮断機をくぐって渡る人たちの姿も。

しかし、女性は今回、線路を渡った後、下りてきた遮断機をくぐったりはせず、手前で立ち止まっていました。
ひょっとすると、女性は踏切の中ではなく、外にいると勘違いして立ち止まったのではないか。
そんな考えが頭に浮かびました。

危険知らせる警笛も

もう1つ、気になることがありました。
歩きスマホをしていても、周囲の音で危険を察知できたのではないかという点です。
現場では、警報機の音に加え、踏切の外に出るよう警告する音声も流れていました。

さらに、東武鉄道に取材したところ、当時は列車の運転手が女性に気付き、警笛を鳴らしていたことも分かりました。
女性が音楽などを聴いていた可能性もあると考えましたが、捜査関係者によると、イヤホンは遺留品のバッグの中から見つかったということです。

遮断機が下りてから列車が通過するまでの時間を計ってみると、およそ30秒ありました。
その間に、踏切の外に出ることはできなかったのでしょうか。

「慣れきった環境」が落とし穴に

真相を知りたいと取材を続けていると、事故は決してひと事ではないと警鐘を鳴らす専門家にたどりつきました。
スマホの操作と脳の関係に詳しい、早稲田大学の枝川義邦教授です。
今月4日、私たちと一緒に現場の踏切を訪れた枝川教授。
周囲の状況を確認したうえで「女性が踏切の外にいると勘違いした可能性は十分にある」と指摘しました。

理由として挙げたのは、女性にとって現場が「慣れきった環境」だったとみられることです。
女性は、この踏切の近くに住んでいました。
教授は、警報機が頻繁に鳴っていることと、当時、帰宅時間帯で多くの人が踏切を渡っていたことに着目。
警報機の音が「日常」となり危険な場所という意識が薄れていたうえ、「前の人についていけば安全だ」という思い込みが重なったことで、歩きスマホに没頭してしまったのではないかと考えました。
その結果、周囲の状況が見えなくなり、たまたま目に入った遮断機に反応して踏切の中で立ち止まった可能性があるというのです。
枝川教授
「女性は、遮断機が下りれば止まらなければならないという認識はきちんと持っていて、それが行動に表れたのだと思う。しかし、スマホに没頭していたことで自分が今どこにいるのかを判断できなくなっていた可能性が高い」

「見えているつもり」「聞こえているつもり」が最も危険

それでは、警笛などの音についてはどうでしょうか。
枝川教授は、これには脳の仕組みが大きく影響していると指摘します。
教授によると、脳は1度にさまざまな情報が入ってくると、すべてを同時に処理できず、1つだけを選んで認識しようとします。

その時、スマホ画面のような強く興味を引かれる情報があると、脳がその処理に追われ、ほかの情報が入ってきたとしても、それが「何を意味するか」までは認識できなくなるといいます。

つまり、警笛が聞こえたにもかかわらず、危険を知らせる合図だとは気付かなかった可能性があるというのです。
歩きスマホをする際、私たちは周囲の状況を気にしながら歩いているつもりでいます。
しかし、こうした「見えているつもり、聞こえているつもり」の状態が最も危険だということです。
枝川教授
「通信環境の向上や大画面化によって情報量が増え、スマホはこれまで以上に没頭しやすくなっている。その変化のスピードに脳の仕組みが追いつけなくなっている可能性が高い。その結果、周囲の状況をより認識できなくなり、事故につながる危険性が高まっていると考えた方がいい。今いる場所が本当にスマホを見ていい場所なのか、慎重に判断すべきだ」

歩きスマホで救急搬送相次ぐ

私たちが想像する以上のリスクが浮かび上がってきた、歩きスマホ。
けがをして救急搬送されるケースも相次いでいます。
東京消防庁によると、歩きスマホなどによる事故で救急搬送されたケースは、去年までの5年間に都内だけで合わせて196件(一部自転車も含む)。
年代も子どもから高齢者まで幅広い層にわたっていました。

例えば、次のようなケースです。
▼ 歩きスマホをしながら横断歩道を渡っていたが、途中で信号が赤になっていることに気付き、引き返そうと立ち止まった際に車と接触
40代男性

▼ 動く歩道をスマホを見ながら歩いていたところ、降り口で段差につまずき転倒
70代男性

▼ 歩きスマホをしている最中に、歩道に設置されていたポールに接触し転倒
80代女性
けがはせずとも、同じような経験をしたことがあるという人は多いのではないでしょうか。
事故のリスクは踏切に限らず、生活のごく身近に潜んでいるのだということを改めて感じました。
一方で、いまや生活や仕事に欠かせない存在となったスマホ。
「危ないと分かっていてもやめられない」という声が多いのも事実です。
この現状を変えていくにはどうすればいいのでしょうか。

“命の危険”きっかけに歩きスマホを克服

ヒントを探していると、みずからの努力で歩きスマホをやめたという女性に出会いました。
エッセイストの忍足みかんさんです。
どのようにして克服したのか、詳しく話を聞きました。
忍足さんは、大学生の頃から歩きスマホをしていました。
SNSなどの通知が来ると、どこにいてもすぐに確認することが当たり前になっていたといいます。
忍足さん
「あと1人『いいね!』が増えたら、この動画を見終わったら画面を閉じよう。そう思いながらなかなかやめられなくて。出歩く時は常にスマホを持ち、自宅から大学までの道のりは駅のエスカレーターでも階段でも、ずっと画面を見ていました」
危険なこととは分かっていても、友人の多くが同じように歩きスマホをしていたことからやめようとは考えず、事故のニュースを見ても他人事のように感じていたといいます。

しかし4年前、その考えを大きく変える出来事がありました。
夜、いつものようにスマホを操作しながら、自宅近くの路上を歩いていた忍足さん。
交差点にさしかかった時、右側から車のヘッドライトのような光を感じました。
「歩行者優先だから、車が止まってくれるだろう」

そう思い、顔を上げることなく歩き続けていたその時。
突然、耳をつんざくような自転車のブレーキ音が辺り一帯に響きました。

ハッと顔を上げると、目の前には自転車、そして右からは車が迫っていて、衝突事故が起きる寸前だったということです。
自転車のブレーキ音がなければ、そのまま死んでいたかもしれない。

命の危険を感じた忍足さんは、ここで初めて、歩きスマホをやめることを決意しました。

「11のルール」を実践

癖になってしまった歩きスマホをどうしたらやめられるのか。
考えたのは、スマホそのものから距離を置くことでした。そのため、みずからに11のルールを課し、実践し始めたといいます。

そのルールとは次のようなものです。
1 SNSと適度な距離感を保つ
(自分の行動をいちいち知りたがっている人はいないと意識する)

2 代用できるものは代用する
(電子書籍は紙の本にする、など)

3 電源を切ることを快感に
(帰宅後「今日は一度も見ていないぞ」と自分を褒める)

4 スマホに触れる時間を決め、タイマーで計る

5 スマホでの作業が本当に必要か、その都度考える癖をつける

6 SNSに思いつきで投稿せず、1度内容をノートにまとめる

7「いいね!」を100もらうより、1人に会うことを大切に

8 スマホを持たずに外出してみる

9 怖い画像を待ち受け画面に設定する

10「今日はスマホを触らないぞ」と口に出す

11 スマホを見る自分の姿を撮影してもらい、画面にかじりつく姿を客観視してみる
初めのうちは距離を置くことに対してストレスを感じ、イライラすることも多かったという忍足さんですが、実践していくうち、徐々にみずからを律することができるようになったといいます。

そして、1年半をかけて歩きスマホをやめることができたということです。
忍足さん
「今までの生活を変えるのは覚悟がいることで、自分だけ世間から置いて行かれるような気分になったこともあります。しかし、命の危険を感じたことでようやく克服することができました。歩きスマホは、癖になるとやめようと思っても簡単にはやめられません。常態化しつつある人は、自分の行動を一度、振り返ってみるといいと思います」

自治体が独自に規制する動きも

一方、自治体では条例によって歩きスマホを規制する動きが広がり始めています。

神奈川県大和市は去年、全国で初めて「歩きスマホの防止に関する条例」を制定しました。
この中では、市内の道路や公園など公共の場所での歩きスマホを禁止し、通行の妨げにならない場所で立ち止まって操作するよう求めています。
さらに、路面標示やのぼり旗といったさまざまな方法で注意を呼びかけるキャンペーンを実施。市内を通る鉄道3社と協定を結び、駅でのポスターの掲示や構内放送なども行っているということです。

その結果、駅の周辺で歩きスマホをしている人の割合は、市の調査で条例制定前にあたる去年1月の12%から、1年後には7%に減少したとしています。

その後、東京 足立区や荒川区、それに大阪 池田市でも同じように歩きスマホを規制する条例が制定されました。

ただ、個人の行動をどこまで制限すべきかという議論もあるため、いずれも罰則規定はなく、規制のあり方については試行錯誤の段階だということです。

利便性と事故防止 どう両立?

生活や仕事をするうえでなくてはならない存在となったスマートフォン。
利便性がますます向上する一方で、歩きスマホによる事故をどのように防いでいくのか、答えは簡単ではありません。

私たちは、これからも取材を続けていきます。
歩きスマホに関する体験談や身近で行われている対策などについて、情報をお寄せください。
社会部記者
江田 剛章
2013年入局
徳島局 名古屋局を経て
2020年から現所属
警視庁を担当
おはよう日本
ディレクター
太田 緑
2012年入局
鹿児島局を経て
2017年から現所属