「あの頃に戻りたくない」共存を模索する欧米

「あの頃に戻りたくない」共存を模索する欧米
新型コロナウイルスの1日の感染者数が20万人を超えているにもかかわらず、飲食店では酒類が提供され、映画館も再開させて日常生活を取り戻そうという国があります。一方で、1日の感染者数が100人を超えるとその地区を強制封鎖する、厳しい対応策をとる国もあります。感染力の強い変異ウイルス「デルタ株」が猛威を振るう今、世界は、ウイルスとの共存を模索する“ウィズコロナ”と、徹底した封じ込めを図る“ゼロコロナ”とのはざまで対応が割れています。ますます長期化するコロナとの闘い。それぞれの現実を各地の特派員が報告します。(ヨーロッパ総局 有馬嘉男/アメリカ総局 江崎大輔/ロサンゼルス支局 山田奈々)

アメリカの“空気感”

8月初旬、出張のためアメリカ・ロサンゼルスからデトロイトに向かう国内便に乗り込んだときのことです。

機内は満席。コロナ禍でこれまで旅行に行けず我慢してきた人たちが夏休みを迎えて遠出しようというのでしょうか。

感染への不安からマスクを二重にしつつ、目が合った隣の人に「混んでいて怖いね」と話しかけてみたところ、返ってきたのは「ワクチンを打っているなら怖がる必要はない、重症にはならないよ」との答え。

ワクチンを打てば旅行も帰省も自粛の必要はない。景気重視のウィズコロナに向かうアメリカの人たちにとっては、普通の感覚になりつつあるのかもしれないと感じた瞬間でした。

自由の街の、新しい義務

アメリカではデルタ株の感染が広がり、8月末の時点で、1日に報告される感染者数の7日間平均は15万人超。1日に20万人を超える日もあります。

しかし、経済活動を再び厳しく制限しようという動きは広がりません。その背景には、長く続いた“我慢”の日々があります。

感染拡大がアメリカでも最悪の水準となったニューヨークでは、去年3月から、経済活動を厳しく制限する「ロックダウン」が長期間、続きました。
各地で行われたこうした制限の結果、アメリカの去年のGDP=国内総生産の伸び率は74年ぶりの低水準に落ち込み、特に去年4月から6月までの個人消費は、前期比33.4%もの減少と、経済が深刻な打撃を受けました。

その経験があればこそ、「経済をまわしていく必要性」に、重きが置かれているといえます。

ニューヨークのウィズコロナ戦略の柱は、“ワクチン接種証明の義務化”です。
市は、8月17日から飲食店や映画館、劇場などの屋内施設で、ワクチン接種の証明書の提示を義務づける移行期間に入りました。

9月13日からは正式に義務化され、違反した飲食店や屋内の施設に対して1000ドル(約11万円)から5000ドル(約55万円)の罰金が設けられます。

市民の間からは反発の声も聞かれますが、それでも、多くの店が義務化もやむなしと受け入れているのが実情で、世論を二分する論争にまではなっていないと感じます。

“あの頃に戻りたくない”

レストラン経営者
「去年のあの頃に戻りたくない。そう望んでいるし祈ってもいる」
あるレストランの経営者は、こう絞り出しました。

この店は、おととしマンハッタンに店を構えたばかりでしたが、コロナ禍が深刻となった去年3月、ロックダウンによって店を閉めなければならなくなりました。

閉店は長引き、予想を超えて1年2か月間も続きました。
レストラン経営者
「私が義務化に同意するかどうかは問題ではない。大切なのはビジネスの観点から長い目で見て、それがよいことだということだ。少なくとも店に来た客は、ほかの客がみんなワクチン接種を受けていると知って気が楽になるだろう」
ピーク時の去年4月には、1日の死者の数が約800人にのぼったニューヨーク。その頃は街を歩く人の影もなく、救急車の走る音だけが鳴り響いていたといいます。

持病などの事情でワクチンを打ちたくても打てない人もおり、そうした人たちへの配慮は大きな課題です。
ただ、エンターテインメント産業を中心に、街に以前の活気を取り戻すには、再びロックダウンに陥ることだけは避けなくてはならない。奈落の底を見た経験が、接種証明の義務化を受け入れてでも経済をまわしていく“覚悟”につながっていると感じます。

どこまで義務化できるのか

アメリカでは、企業もウィズコロナの戦略にシフトしています。

グーグルやフェイスブックなどのIT大手に続いて、アメリカの有力紙、ワシントン・ポストや小売り大手のウォルマートも、オフィスに出勤する従業員のワクチン接種を相次いで義務化。
アメリカのCNNテレビは、接種せずに出社した従業員を解雇したとまで報じられています。

健康上や宗教上の理由でワクチンを打てない人は免除を申し出ることができると言いますが、本来、個人の判断で行うべき接種を、企業はどこまで義務づけられるのか。

アメリカの雇用機会均等委員会は、「合理的な理由があれば問題ない」という見解を示しています。
取材で話を聞いたあるファッション関連のスタートアップ企業の経営者は「個人の自由より、社会全体の安全が優先されるべき段階に来たということだと理解している」と話します。

コロナ禍でオンライン販売を強化するなど対策をとっては来ましたが、顧客からは、以前のように店舗兼オフィスに直接行ってデザイナーと話しながら服を選びたい、試着して買いたい、という声も増えているといいます。
スタートアップ企業の経営者
「いつまでもロックダウンできないのと同じで、すべての仕事を永久にオンラインで行うことは難しい。コロナ禍が長引く中でも確実にビジネスを続けるには企業による接種の義務化はやむをえない」
私たちが企業に取材を申し込む際にも、接種証明の提示を求められることが増えています。デルタ株の感染状況は今後も予断を許しませんが、ウィズコロナへの模索は、アメリカの多くの現場で進んでいると感じます。

ヨーロッパ、国境を越えた模索

一方、お隣どうし協力しあわないと乗り切れないというのがヨーロッパの国々です。

ヨーロッパは多くの国が陸続き。通勤通学から荷物の配送、それに季節労働者の移動まで、国を自由に行き来することができなければ、そもそも地域の経済が成り立ちません。
そこで導入されたのがワクチンパスポートです。7月、EU=ヨーロッパ連合は、27の加盟国すべてで通用するワクチン接種証明を発行しました。

これを見せることで、出入国の際の隔離や陰性証明の提出をお互いに免除しあおうというわけです。パスポートの導入から2か月、スマホのアプリで管理する手軽さもあって、パスを見る側も見せる側もすっかり慣れてきたように見えます。

ワクチンを接種した人はパスポート、接種しない人は陰性証明という大方針がはっきりしたことで、国境の出入国管理もかつての整然さを取り戻しつつあります。

ワクチンパスポート、定着・拡大へ

ヨーロッパのウィズコロナはさらに次に進もうとしています。

フランスなどは、このパスポートをEU以外にも段階的に拡大。定められたワクチンを接種したことが証明できる旅行者などを対象に、証明書の発行を始めています。
7月にフランスに赴任したばかりの筆者も発行を受け、取材に出かけるたびに必要だった検査の手間から解放されました。カフェやショッピングモールへの出入りはもちろん、1日に何か国も移動するような取材も可能になり、その効力を実感しています。

ヒトの移動の自由は市民のもっとも大事な基本的権利だとされるEU。しかし去年は、社会の規制や制限を緩和したとたんに感染再拡大を許した苦い経験があります。

ワクチンパスポートで去年の二の舞を避けながら、観光客やビジネスマンの往来を取り戻すことができるのか。ヨーロッパのウィズコロナの挑戦は日本にとって貴重な参考事例となりそうです。

(続く)
ヨーロッパ総局 副総局長
有馬 嘉男
1990年入局
経済部、フランクフルト支局などで幅広く取材
ニュースウォッチ9などでキャスターを務め、今夏から現所属
アメリカ総局 記者
江崎 大輔
2003年入局
宮崎局、経済部、高松局を経て今夏から現所属
ロサンゼルス支局 記者
山田 奈々
2009年入局
長崎局、経済部、国際部などを経て今夏から現所属