子どものマスク着用でなぜ対立?

子どものマスク着用でなぜ対立?
学校で子どもたちにマスクの着用を義務づけるべきか。新型コロナウイルスの感染者が世界で最も多いアメリカで、保護者の意見が割れている。背景には何があるのか?
新学期を迎えたアメリカをゆく。(ロサンゼルス支局長 及川順)

国は“マスク着用が不可欠”

アメリカでは、8月から9月が新たな学年の始まりだ。これにあわせて、新型コロナ対策にあたるCDC=疾病対策センターは、7月下旬、変異ウイルス「デルタ株」が拡大する中、学校の感染対策として、すべての児童・生徒や教職員が屋内でマスクを着用するよう推奨した。
西部カリフォルニア州のロサンゼルス。夏休みの間に、学校での感染対策を説明するパンフレットが各家庭に配られた。列記された対策のはじめの項目にあるのが、学校でのマスクの着用だ。
そのロサンゼルスでは、先月16日、小中学校や高校の新学期が始まった。取材に訪れた小学校では、児童全員がマスクをつけて登校していた。
2年生の児童
「マスクをつけていれば感染しないし、広めないので、安心です」
保護者
「子どもたちは友達と遊んだりしてふれあいます。マスクの着用はとても重要です」
ロサンゼルスでは、マスクの着用に賛成の声が多く聞かれる。私も新学期が始まる前に、子どもが通うロサンゼルスの小学校のオンライン保護者会に出席した。校長からマスク着用などの感染対策について説明があったが、マスク着用に反対する保護者は1人もいなかった。異論なしだった。

『マスク着用は児童虐待!?』

しかし、全米に目を向けると、賛成する人ばかりではない。

野党・共和党が強い州では、義務化に反対する動きが各地で起きている。こうした動きの急先鋒とも言えるのが南部フロリダ州。「デルタ株」の広がりを受け感染状況の悪化は全米の中でも深刻だ。それでも、フロリダを代表する都市マイアミの中心部では、マスクをせずに闊歩する人の姿が目立つ。
先月、マイアミから車で40分ほど離れたフォートローダーデールで、マスク着用を義務づけた郡の決定に反対する保護者らの抗議デモが行われていた。
参加したのはおよそ50人。プラカードには、「われわれの子どもたちのマスクを外させろ」とか「学校には親と同様の権利はない」、さらには「マスク着用は児童虐待だ」と書かれていたものまで。

なぜマスクが論争に?

なぜ、保護者らはマスクの着用の義務化に強く反対するのか?
実はアメリカでは、マスクの着用がリベラルと保守の分断の象徴ともなってきた。
アメリカでは、これまでも、例えば、店に入る時のマスクの着用を義務化すべきという議論があったが、そのたびに保守層からは、自由の尊重というアメリカの建国の理念に反するとか、着用は個人の自由に委ねられるべきだなどとして反対意見が出ていた。それが新学期に再び噴出した形だ。
デモを主催したイーロン・ガーバーグさんが強調した。
ガーバーグさん
「われわれが暮らしているのは、マスクの着用が強制されない社会だ」
そして、ガーバーグさんは新型コロナの感染の終息が見えないことへの強い不満を与党・民主党のバイデン大統領に向けた。
ガーバーグさん
「バイデン大統領は新型コロナに打ち勝つと言っていたが、パンデミックが始まって1年半がたっても状況は改善していない」
ただ、地域の保護者全員が反対ということではないようだ。抗議デモの会場では、義務化に賛成する人もあらわれ、ガーバーグさんに「新型コロナでこれまでに何人が亡くなったのかを考えるべきだ」と大きな声で反論し、激しい口論になっていた。

親トランプ氏の知事が反対運動を後押し

マスクの着用の義務化に反対する保護者らの運動をあおる形となっているのが、フロリダ州のデサンティス知事のバイデン政権との対決姿勢だ。野党・共和党のデサンティス知事はトランプ前大統領とも近い関係で知られる。
デサンティス知事は「子どもの健康について決める権利は、学校ではなく親にある」として、ある行政命令に署名した。義務化反対という州知事の方針に従わない学区には、財政支援を保留できるという異例の内容だ。

これを受け、教育行政のトップは、『義務化を決定した学区の幹部の給与支払いを保留する』と、どう喝ともとれる警告書を送り、それを実行した。

フロリダ州の裁判所は、先月27日に命令は認められないという判断を下したが、デサンティス知事は控訴する方針で、学校現場の混乱も懸念される。
デサンティス知事は、全国的に名前を知られた政治家の1人だ。今後の政治活動のステップアップを考えたときに、フロリダ州での保守層の支持は強固なものにしておきたいという狙いがありそうだ。

マスクの論争は政党対決

マスクの着用を巡る論争は、いまや政党間の対決となり、その結果、州ごとに対応がわかれる事態となっている。

学校でのマスクの着用を義務化した州は、カリフォルニア州やニューヨーク州、それにワシントン州など与党・民主党が強いとされる州が多い。一方、知事が義務化に反対している州は、フロリダ州のほかにもテキサス州など野党・共和党が強いとされる州が多く含まれている。こうした州の共和党の知事らは、歩調をあわせてマスクの着用義務化を推奨するCDCの方針に反対している。
これに対して、バイデン大統領は、先月中旬、「自分たちの政治的な利益のために論争にしようとしている。新型コロナと闘う気が無いならせめて邪魔しないでほしい」と強く批判。義務化を封じようとする州の動きには法的措置も辞さない姿勢を示し、論争はさらにエスカレートする様相を見せている。
先月、AP通信などが全米のおよそ1700人を対象に行った世論調査でも、学校でのマスク着用に賛成と回答したのは、与党・民主党支持者では80%余り。これに対して、野党・共和党支持者では30%余り。意見の違いは浮き彫りになっていて、溝を埋めるのは簡単ではなさそうだ。

論争激化の背景は

なぜ、マスク着用義務化の是非が、激しい論争に発展してしまうのか?
アメリカの保守系の政治動向に詳しいジャーナリストのアブナー・ハウギー氏は、着用義務化に反対する運動の核となっている人たちについて、こう分析する。
ハウギー氏
「反対運動を展開しているのはロックダウンやマスクの着用に不満を持っている人たちです。そして、ほかの人の安全を犠牲にしても、自分たちの主張を支持してくれる政治家を支援しているのです」
反対運動を展開する保守層の人たちはリベラルな価値観に対して強い嫌悪感を抱き、さらには、「ワクチンにはマイクロチップが入っている」というようないわゆる「陰謀論」を信じている人もいるからこそ、義務化を主張する人たちとの対話の余地はないのだという。

公衆衛生の専門家は懸念

しかし、この状況は学校に通うアメリカの子どもたちのためになるのか?
公衆衛生が専門のカリフォルニア大学サンフランシスコ校のジョージ・ラザフォード教授は、アメリカでは、CDCがマスクの着用を全国に向けて推奨しても、立法措置などの具体的な対応はそれぞれの州に委ねられていることがネックになっていると指摘する。そのうえで、親の政治的な立場の違いが子どもの健康にまで影響を及ぼしかねない事態に大きな懸念を示していた。
ラザフォード教授
「マスクの義務化やワクチン接種などに大きな地域差があるのは許容できない。ワクチン接種の対象外の12歳未満の子どもを感染から守るにはマスクしかなく、着用に反対の人が増えるほど、感染は拡大しパンデミックが長引くことを理解してほしい」
学校でのマスク着用をめぐる論争は、アメリカ社会の分断の深さを改めて顕在化させたといえる。そして、パンデミックが1年半をすぎても収束しないことに社会の不満が鬱積している現状も深刻だと感じた。
ロサンゼルス支局長
及川 順
1994年入局
政治部、アメリカ総局(ニューヨーク)
などを経て
2019年から現職