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ぽきっと折れた アメリカの理想~アフガニスタン撤退で世界は?

タリバンのカブール進攻と、それに続くアメリカ軍の完全撤退。20年にわたった“アメリカ史上最長の戦争”の終結は、何を意味するのでしょうか?
慶應義塾大学教授で、長年アメリカの政治・外交を研究してきた中山俊宏さんに聞きました。(ニュースウオッチ9 松田大樹 / 鈴木健吾)

徒労感漂う 20年後の「撤退」

バイデン政権が8月末をもってアフガニスタンからの軍の撤退を完了させました。アメリカ国内ではどんな評価が出ていますか?
慶応義塾大学 中山俊宏教授
中山教授
撤退そのものについては大きな合意がアメリカ社会の中にはある。ただ、撤退をいつ、どういう方法でするのかという点では、「いくら何でも、どうにか他にやり方あったのではないか」という感覚が野党・共和党を覆っているし、民主党のほうにもある。
アメリカ本土へのテロ攻撃(2001年9月11日)
中山教授
「9・11」以降の20年を振り返り、アメリカ人が感じているであろう気持ちは「徒労感」。もともとアルカイダをかくまっていたタリバンを敵として、アメリカはアフガニスタンへ介入したが、結局、そのタリバンに事実上アフガニスタンの政治を委ねて出ていくことになった。だから「いったいこの戦争は何だったんだろう」という非常に大きな徒労感がアメリカを覆っている状況だと思う。

アメリカの理想が「ぽきっと折れた」

Q 中山さん自身は、撤退にどんな印象を受けましたか?
アメリカ軍機に駆け寄る現地の人々(首都 カブール)
中山教授
「捨て方」というか「責任のリリースのしかた」があまりに潔いというか、あっさりしているというか。「我々が慣れ親しんできたアメリカではない」という印象を非常に強く感じた。
Q「慣れ親しんできたアメリカ」とは?
中山教授
これまでアメリカは「アメリカが介入すれば、介入された国を少しでもよくしていくことができる」という前提で、他国への介入を続けてきた。「市民社会を支え、人権といったもろもろの概念を定着させて、もちろんアメリカと同じような国に作りかえることはできないが、少しはよくすることができる」という発想自体は、非常にナイーブなものだが、その「ナイーブさ」がアメリカを国際社会に引きずり出していたとも言える。

2001年の9月11日以降は、非国家主体が提起する脅威にアメリカを中心に対処していかなければならなかった。相手は暴力的で過激主義を掲げる組織なので、力でねじふせていきつつ、その暴力的・過激的な主義が育つような土壌を少しずつ変えていく。ストレートに言うと、民主化とか人権という概念を醸成していくということ。

アメリカは大きな「民主化プロジェクト」を、地球規模で放棄したとは言わないが、少なくともアフガニスタンでは放棄した。アメリカが理想として掲げてきたものが、「もうそれはやらないんだ」と、ぽきっと折れた。このことはアメリカ自身の「自画像」を、そして国際社会がアメリカを見る目線というのを大きく変えていくことになるだろう。

「忘れられた戦争」 ひとつの時代に終止符

中山教授は、撤退を「9・11戦争時代の終わり」と表現した。2001年のアメリカ同時多発テロに端を発した「テロとの戦い」。その時代に終止符が打たれたのだと話す。
中山教授
アフガニスタンからのアメリカの撤退は、象徴的な意味で、「ポスト冷戦」の次の時代だった「9・11戦争時代」が終わったということを内外に印象的に示したという解釈ができる。
Q この20年間、アメリカの人々が軍のアフガニスタン駐留に向ける視線にはどんな変化があったのでしょうか?
中山教授
9・11直後、アメリカがアフガニスタンに介入したとき、アメリカ社会は疑問を全く持っていなかった。当初この戦争は、国際テロ組織アルカイダ、そしてオサマ・ビンラディン容疑者をかくまうタリバンを攻撃する、9・11テロの犯人をまさにハント(捕捉)するという非常に絞り込まれた目的があった。アメリカはほぼ2か月という、誰もが想像しなかったようなスピード感でタリバン政権を崩壊させるというミッションを完遂させた。

では、そこで当時のアメリカが「はい、これで対テロ戦争、武力行使の局面は終わりました」と宣言できたかといえば、おそらくできなかっただろう。たった3か月前にアメリカ本土に対するテロ攻撃があったばかりだから、「まだまだ、何らかの形で対テロ戦争を続けなければいけない」と考えた。そこで、「敵探し」を始め、当時のブッシュ大統領はイラクに焦点を絞り込んでいった。

その過程で、アフガニスタンで戦っていたことの目的がよくわからなくなっていってしまった。
Q 2011年に、アメリカはテロの首謀者とされたビンラディン容疑者を殺害しましたよね?
ニュースウオッチ9の取材に応じる中山教授
中山教授
そこでアメリカがそもそもアフガニスタンに介入した目的は終わったはずだった。ところがアメリカはアフガニスタンにとどまることを選び、「なぜとどまるのか」というミッションをしっかり定義しないまま、ずるずると滞在を続けてしまった。

ふと、「まだアフガニスタンで戦争が続いている」「軍はそこにいる」と言われると、(アメリカの)人々の間では「まだいるのか」「もういい加減にアフガニスタンからは出たほうがいいんじゃないか」と。「厭(えん)戦気分」と呼ぶのさえ強すぎるかもしれないくらいに、「忘れられた戦争」になっていったのだろう。

「アメリカは特別ではない」変化した人々の意識

Q 撤退にともなうアフガニスタンの混乱は、アメリカにとって予想外のことだったのでしょうか。
中山教授
アフガニスタン政府が、腐敗によりまさに自分の足では立てない状況になっていたことも考えると、ここまで速いスピードとは思わなかったが、「アメリカが引いたらアフガニスタンは間違いなく倒れる」というのは専門家の間で半ば常識になっていた。
Q それでもなぜ、このタイミングでバイデン政権は撤退に踏み切ったのでしょう?
バイデン大統領
中山教授
“よいタイミング”ではなかったと思うが、バイデン大統領は、「自分のあとの大統領には引き継がない。いま終わらせるんだ」という強い信念で終わらせた。

国際的な問題について、「すべての責任を単独で引き受ける」という機運が、今のアメリカ社会では非常に弱くなっている。これはバイデン政権だけではなく、おそらくオバマ政権のときも、そしてトランプ政権でもあったことで、3つの政権を通じて見られる共通要素だろう。「アメリカは特別な国ではないし、他の国と同じようにむき出しのナショナリズムで国益を追求させてもらう、アメリカが特に悪くなったのではなく他の国と同じになった」というのが、(トランプ大統領の)「アメリカ・ファースト」のメッセージの根底にあった。
中山教授
その部分はある意味正しくて、バイデン政権になっても本格的にリセットできていない。
去年の大統領選挙で、バイデン大統領は、「トランプ大統領と違い“人の痛みが分かる”大統領だ」と国民に訴えたが、今回のバイデン大統領の一連の行動を見ていると、「バイデンのコンパッション(思いやり)はアメリカ国境を越えていかない」という印象を持たざるを得なかった。

「国際主義の蘇生」は失敗 広がる不安

Q 今回の「撤退」は国際社会に波紋を広げていますね。
“最後の兵士が現地を離れる瞬間”(米国防総省のツイッター)
中山教授
本当にアメリカは大丈夫なんだろうか、という不安を引き起こしたことは間違いない。
バイデン政権の外交安保面で最大のミッションは、トランプ前政権下で揺らいだアメリカの「国際主義」をどうにか蘇生させることだったが、今回の撤退の混乱で、明らかにそのミッションは「ファンブル(失敗)した」と感じる。
例えば米中の戦略的な競争の中で、どちらの側についたらいいのだろうかと迷っている国からすると、今回のアメリカの行動は相当ボディーブロー的に効いてくるのではと感じる。

アメリカが見据える「次の時代」

「1つの時代を終えた」アメリカ。中山さんは、すでに次の競争に入っていると指摘します。
中山教授
今回の撤退は、見方によっては「9・11戦争をしっかり終わらせ、次の競争に備えて資源の配分をアメリカの戦略目標に合致した形で再設定する」という構図になっている。
中東地域はアメリカにとって「もぐらたたき」のように問題を処理していく場所であって、アメリカにとっての「可能性」があまりない。何と言ってもエネルギー面での依存がほとんどなくなっている。

「次の競争」ははっきりしている。それは「中国との大国間競争」だ。

日本が学びとるべきことは

Q 波紋を広げたアメリカの「撤退」から、日本は何を学ぶべきなのでしょうか?
日本人退避のために派遣されていた自衛隊の輸送機
中山教授
アフガニスタンで起きたことを東アジア地域にそのまま当てはめるべきかというと、それは間違った結論を引き起こしてしまう。アフガニスタンからのアメリカの撤退について、過剰に反応するのは日本として非常に危険だ。

アフガニスタンは日本にとってどこか遠くで起きている戦争だったが、「新しい大国間競争」の最前線は我々が生きているこの地域。日本自身が最前線に立っている。その中で日本自身がどういう決断をしてどうやって自分を守るのか、この地域に定着していかなければいけない価値や規範、秩序をどうやって支えていくのかを、より真剣に考えていかなければいけない。

その意味では、今回のアフガニスタン撤退で我々が目にした光景から学ばなければいけない教訓というのは、非常に大きい重いものがある。

(*このインタビューは8月30日に行いました)
慶應義塾大学総合政策学部 中山俊宏教授
専門はアメリカ政治・外交、日米関係、国際政治。
アメリカの高校を卒業後、青山学院大学、同大学院博士課程を修了。米有力紙記者、ニューヨーク日本政府国連代表部専門調査員、日米のシンクタンク研究員などを経て 2014年より現職。
ニュースウオッチ9
ディレクター
松田 大樹
2015年入局
長崎放送局、
首都圏局を経て
現職
ニュースウオッチ9
記者
鈴木 健吾
2007年入局
熊本放送局、
神戸放送局を経て
現職

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