生理用品はトイレットペーパーと同じに

生理用品はトイレットペーパーと同じに
「これから生理用品はトイレットペーパーと同じだと思ってください」

ことしの春、ある都立高校の校長が養護教諭にこう言いました。生徒が安心して学校生活を送れるように、東京都の方針で校内のトイレに生理用品を無償で設置することになったのです。

「生理の貧困」が社会問題として注目されるようになったことをきっかけに、生理との向き合い方を模索する動きが広がっています。

予想以上に多かった“生理用品なくて困った”

「経済的な理由で生理用品の入手に苦労した経験のある学生が5人に1人」

若者のグループがことし3月に公表した調査結果です。

それ以降、世間の関心の高まりを受けて各地で生理用品の無料配布などの支援が始まりました。

内閣府の取りまとめでは対策に取り組んでいる自治体は全国で581(7月20日時点)。

NHKが集計したところ、このうち公立の小中学校や高校などで生理用品を配布しているのは279の自治体で、全体で見るとまだ一部にとどまっています。
そもそも、どれだけの子どもたちが学校での生理用品の配布を必要としているのでしょうか。

東京・港区ではことし6月、区立学校に通う小学校5年生から中学校3年生までのすべての女子児童・生徒2400人余りを対象にアンケートを行いました。
学校生活で生理用品がなくて困ったことがある 17%
港区の教育委員会の担当者は予想以上に多かったと話します。
港区教育委員会 篠崎玲子教育指導担当課長
「これまで必要な人には保健室で生理用品を渡していましたが、保健室で把握していたよりは多かったです。学校の教員には言わずに、友達や先輩に相談していたのかなと想像しました」
「困った」と答えた人に理由を聞くと
持参するのを忘れたから 95%
家庭で購入や準備ができなかったから 5%
港区教育委員会 篠崎玲子教育指導担当課長
「当初は、経済的な理由で生理用品が手に入らない、ということについて注視していたのですが、生理が急に来たり、ナプキンが足りなくなって困ったりということについても、子どもたちが安心して学校生活を送ることができないことにつながるという意味で課題であると思いました。これまで、このような子どもたちが、どのくらいの割合でいるのかが見えていなかったので、調査をやってみて本当によかったです」

”トイレに生理用品を“ 子どもたちの声

どうすれば必要な生理用品を子どもたちに届けられるのか。

NHKが実施したアンケートで、公立中学に通う女子生徒のうち、生理がある生徒の3割が「生理用品がなくて困った」と回答した山口市。
このうち市立白石中学校では、以前から保健室に予備の生理用品を置いていましたが、無償配布をきっかけに置いてほしい場所を生徒に聞いてみることにしました。
トイレ 87%
保健室 1%
どちらでもよい 9%
(回答者150人)
ほとんどの生徒が「トイレ」と答えたのです。
山口市立白石中学校 松野下真校長
「保健室はいろんな情報が集まってくる場所で、困った時に子どもたちの窓口になっていると見えているが、そうじゃない子もいるんだというのは意外でした。私たちは日頃から『困ったら保健室に行きなさい』と言っていますが、行こうと思っても行けない子がいることに気付かされました」

子どもとどうつながる?模索始まる

保健室に生理用品を取りに行くことに抵抗を感じる生徒が少なからずいる一方、学校にとっては保健室に生徒が来てくれればいろいろな話ができるため、悩みや困りごとに気付くことができます。

そこで港区の御成門中学校では7月からの1か月間、試行的にトイレに生理用品を設置した際、生理用品のケースの隣にこんな貼り紙をしました。
「困った時に遠慮しないで使用してください。使用後、保健室に連絡してください」

大人に言わなくても自由に使えるようにしたうえで、使ったあとに保健室に来てほしいと呼びかけたのです。

中学生は生理に関する知識や体調にも個人差が大きいため、生理用品がなくて困っているだけではない、いろいろな悩みを抱えた子どもに気付くきっかけを残しておきたい。そんな思いからです。
5個入りの小さなパッケージを校内2か所のトイレに設置したところ、1か月で10セットが使われました。

使った生徒たちは保健室に来てくれたそうです。
港区立御成門中学校佐藤伸子主幹教諭
「生理について個別にコミュニケーションを取る貴重な機会になると感じています。『受験や学校行事の時の不安が大きい』とか、『生理痛は病気じゃないんだから我慢しなさいと言われて傷ついた』など、生理用品を使ったという話をきっかけに、生理に関するさまざまな困り事の話もでてきました。トイレにただ置くだけ、と機械的にやるのではなく、やはり保健室に来るきっかけは残しておきたいと思っています」

“生理の貧困” 子どもたちに目を向けて

アンケートでは少数ですが“生理の貧困”に直面している可能性がある子どもたちがいることもわかりました。

生理用品がなくて困った理由を聞いた質問に、経済的問題やネグレクトなどを伺わせる回答があったのです。
港区
持参するのを忘れたから 95%
家庭で購入や準備ができなかったから 5%
山口市
生理用品を持ってくるのを忘れた 76%
足りなくなった 49%
親などが買ってくれない 2%
買うのが恥ずかしい 2%
(複数回答・回答者292人)
いちばん困っているはずのこうした子どもたちにこそ、「トイレに生理用品が当たり前に置いてある環境」が必要だと訴える人がいます。
原田いくみさん(42)。

小中学校のトイレの中に生理用品を設置してほしいと、行政に働きかける活動をしています。

原田さんは父親が失踪し、母親も留守がちだったため、小学4年生で初潮を迎えたときから生理用品が十分に買ってもらえませんでした。

それは高校生になってアルバイトでお金を稼げるようになるまでの6年間、続いたそうです。
ナプキン1つを一日中使ったり、折り畳んだトイレットペーパーで代用したりしてしのいでいましたが、それでも保健室に行って窮状を打ち明けようとは思わなかったといいます。
原田さん
「『かわいそうな子』とは絶対に思われたくなくて、必死で隠そうとしていました。保健室でもらったナプキンはあとで返さなければならないのですが、すぐには返せないので『へへっ、忘れちゃった』とおちゃらけてごまかし、それ以上のことを先生には話しませんでした」
弱みを見せたくないという気持ちに加えて、助けを求めてもいいくらい大変な状況だという認識も薄かったといいます
原田さん
「潤沢にナプキンがある環境に一度つかってみないと、『不便だ』とか『困った』が認識できないと思います。不自由なく使えるようになって初めて、問題を問題として認識できて、そこでやっと大人に相談してみようという発想になるのではないかと思います」

トイレットペーパーと同じように…

原田さんが求める環境がすでに実現している学校もあります。

9月からすべての都立学校で生理用品の設置が始まった東京都。
このうち5月中旬から先行して設置を始めた新宿高校では、衛生面には気を配りつつ、あえて“無造作に”置きました。

トイレットペーパーと同じように、生理用品が当たり前にある環境にしたかったといいます。
都立新宿高校 藪田憲正統括校長
「生理用品って、必要なときに必要なだけ使うものでしょう。私だって、大便したときにトイレットペーパーがなければすごく困ってしまう。それと同じだなと思ったんです」
特に周知しなかったにもかかわらず、8月末までの3か月半で410以上のナプキンが使用されたそうです。

それまでは保健室に取りに来た生徒に渡していましたが、去年、利用されたのは10個程度。

これまで気付いていなかった生徒の気持ちに寄り添えたのではないかと手応えを感じています。
都立新宿高校 藪田憲正統括校長
「誰でも使えるようにすることで、『実は困っていた』とか『生理用品が足りないなんて言えない』という子に届いてるんじゃないかなと思います。

高校生は思春期でデリケートな時期でもあります。生理に関する悩みがある生徒には日常の声かけなど、別のコミュニケーションでつながりを作っていけばいい。生徒たちはコロナ禍でただでさえストレスの多い生活を送っているので、せめて衛生面での心配をせずに、安心して学校生活を送ってほしいです」

“ふつう”ってなんだろう?

今回の取材を通して、学校現場で始まっている模索は単に置き場所の問題ではないと感じました。

これまで学校のトイレには生理用品がないのが「ふつう」でした。

生理用品は個々の家庭で用意するもので、困ったことがあったら先生に伝えるのが「ふつう」だと考えられていたからです。

でもこうした「ふつう」を少し変えるだけで、子どもたちが望むよりよい環境をつくることができる。生理用品の無償設置は、そんな気付きのきっかけになっているのだと思います。

誰もが暮らしやすい社会にするにはどうすればいいのか、取材を続けます。

(政経・国際番組部 市野凛 山口局 田中希枝 ネットワーク報道部 吉永なつみ)