なぜ地方でできる? コロナ禍のDX

なぜ地方でできる? コロナ禍のDX
地下鉄の混雑状況がリアルタイムで分かるアプリに、飲食店で“黙食”を呼びかけるセンサー。コロナ禍に対応した最先端のITサービスが、地方のベンチャー企業によって次々に生み出されています。地方発のDX=デジタル変革。地方にいることをハンデにしない、その底力とは?
(盛岡放送局記者 光成壮 青森放送局記者 吉永智哉)

東京メトロが採用した最先端技術

東京都心の地下鉄、表参道駅。通勤客で混雑するホームの一角に、1台のカメラが設置されています。

このカメラ、コロナ禍での「密」を避けるために車内の混雑状況を知らせるサービスに活用されています。
東京メトロが乗客向けに配信するスマートフォンのアプリの画面です。
車両の混雑状況がひと目で分かるこのサービス、ことし7月から銀座線と丸ノ内線で導入されました。
車両の色が「青」なら比較的すいていて、「赤」の場合は混雑が激しいことを示しています。

ホームのカメラが撮影した画像データをAI=人工知能で解析。
わずか十数秒で乗客に混雑状況を知らせてくれます。
これまで社員が目視などで混雑状況を確認していましたが、最先端のシステムによってリアルタイムで情報提供できるようになりました。
足立課長補佐
「分析する速度が非常に速い。密の防止などに対して、このシステムが非常に有効だったので採用した」

開発したのは盛岡のベンチャー企業

このシステムを開発したのは、岩手県盛岡市にある、社員わずか39人のベンチャー企業です。

社長の阿部英志さん(69)は、もともと岩手大学の技術職員でしたが、研究の成果を社会に生かしたいと14年前に起業しました。
会社の強みが、AIを使った精度の高い画像解析技術です。
これは表参道駅のホームに設置されたものと同じ機能を持つカメラ。室内を撮影すると、被写体との距離を色で表示します。
カメラから遠いと「赤」、近いと「青」が表示される仕組みです。
この技術を生かして地下鉄の車内を窓越しに撮影。乗客が多く乗っていれば、それだけカメラと乗客との距離が近くなるため、それを「混雑」としてアプリで表示することができるのです。
阿部社長
「世界的なコンペで優勝するなど、画像解析のスピードと性能で他社に勝てるようになってきた。それをソリューションとして確実に提供できる体制を作りたい」

狙いは地元のIT人材

大手企業をしのぐ最先端技術をどのように開発したのか。
その秘けつは、徹底した専門人材の育成にあると阿部さんは言います。
目をつけたのが、岩手県で働きたいと考えていた留学生や地元出身の技術者。そうした人材に早くから狙いを定め、積極的に採用してきました。

地下鉄のシステムを考案したのも、もとは岩手大学で学んでいたアルゼンチン出身の留学生でした。

発掘して育てる “会社は研究室”

採用した社員には、研究に没頭できる環境を与えています。
仕事に直接関係ないことでも、論文の執筆やコンペへの積極的な参加を促し、それに対する報酬も支払います。

阿部さんが「研究室の延長」と呼ぶこの取り組み。
発掘した人材が専門性をさらに伸ばし、世界に負けない最先端の技術を生み出す環境を整えているのです。
グイン・クオック・チンさん
「会社はわれわれの研究を応援してくれる。みんなにチャンスがあるので社員は頑張る。頑張りたいという雰囲気がある」
高い画像解析技術は、アメリカやシンガポールなど海外の企業からも注目されていて、会社は今、自動運転のための技術開発も進めています。

コロナ禍の今、オンラインで商談できるため、地方にいることのデメリットも少ないと言います。
阿部社長
「雑草魂で岩手から最先端の技術を世界に売っていく。海外からもオファーがきているので、世界中で私たちの技術が使われる時代が来る。それを一歩ずつ実現していきたい」

地方だからこそ 課題が見える

「人口が少ない地方にいるからこそ、社会の課題がより明確に見えてくる」
こうした発想で商品開発に取り組む企業が青森市にあります。
社長の葛西純さん(57)は、10年前に大手通信会社を辞め、故郷の青森で起業しました。

AIを活用した顔認証の技術によって、ドライバーの居眠りや脇見を検知するシステムなどを開発してきましたが、当初は全く売れなかったと言います。

転機となったのが、新型コロナウイルスの感染拡大です。
目をつけたのは、たくさんの客が出入りする小売店などで自動で検温できる装置。
会社の顔認証の技術を生かし、前に立つだけで検温でき、音声でマスクの着用も呼びかけるタブレット端末を開発しました。

この端末、「機能のわりに価格が安い」と評判になり、5000台以上が売れるヒット商品となりました。

次に開発したのが、飲食店で“黙食”を呼びかけるセンサーです。
きっかけは、葛西さんが知り合いの飲食店の経営者から「客に対して静かに飲食するよう呼びかけるのが難しい」という悩みを聞いたことでした。
テーブルに置いて客の声の大きさを測るセンサーを開発。
大きな声が出ると赤いランプで客に注意を促し、“黙食”を呼びかける仕組みです。

葛西さんは、地方にいるからこそ、いろんな人が抱える悩みを直接把握しやすく、その声を商品開発につなげられると考えています。
葛西社長
「人のつながりが都会より地方の方が濃く、率直に課題を言ってくれる。地方にいればいるほど人々の潜在的なニーズをつかみやすい」

地方にいることはハンデではない

新型コロナをきっかけにテレワークが広まり、都市と地方の垣根は低くなりつつあります。

地方にはどんな可能性があるか、デジタル技術で東北を活性化しようと取り組む団体の事務局長で、みずからもIT企業を経営する淡路義和さんに話を聞きました。
淡路事務局長
「東北は少子高齢化などの課題先進地域だ。その課題をデジタル技術で解決できれば、その技術は世界市場にも応用できる」
少子高齢化や人手不足など日本が抱える課題は、都会より地方のほうが深刻です。
地方の強みとデジタル技術を生かして世界に通用する商品やサービスをどのように生み出していくのか。
地方発のDX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性は、日増しに高まっています。
盛岡放送局記者
光成 壮
平成29年入局
警察担当を経て
現在 
経済や震災の取材を担当

タイトル案

青森放送局記者
吉永 智哉
平成18年入局
国際部・ドバイ支局を経て
現所属