パラリンピック 車いすテニス男子 眞田が2回戦進出

東京パラリンピック、車いすテニスの男子シングルス1回戦で眞田卓選手がオランダの選手を2対0のストレートで破り、2回戦に進みました。

東京パラリンピックの車いすテニスは27日から東京・江東区の有明テニスの森で始まりました。

3大会連続のパラリンピック出場となる眞田選手は、男子シングルス1回戦でオランダのカルロス・アンカー選手と対戦しました。

試合は暑さ対策のためセンターコートの屋根を閉じて行われ、眞田選手は第1セットの最初のゲームを落としましたが、その後はコートの後ろで守備的に戦う相手の動きを見極めながらコースを突いてポイントを重ねました。

眞田選手は第1セットを6ー1で奪うと、第2セットも厳しい攻めを見せて相手に主導権を渡さず6ー1で取って、セットカウント2対0のストレート勝ちで2回戦に進みました。

偉大な先輩のホイールを相棒に

車いすテニスのオープニングマッチを制した眞田卓選手が使用する車いすには、ある秘密がありました。

秘密というのは眞田選手の車いす左側のタイヤ。実はホイールが自分のものではありません。今大会、NHKの中継の解説を務める齋田悟司さんの車いすのホイールを眞田選手が本人にはないしょで借りました。

齋田さんは49歳。アトランタ大会からリオデジャネイロ大会までパラリンピックに6大会連続で出場してきた日本車いすテニス界の先駆者です。2004年のアテネ大会では、国枝慎吾選手と出場したダブルスで日本勢初となる金メダルを獲得しました。

東京大会も出場を目指していましたが、世界ランキングで上位に入れず、自国開催のパラリンピック出場の夢はかないませんでした。眞田選手や国枝選手と同じ千葉県柏市のテニスクラブを練習拠点としていて、眞田選手にとって齋田選手は「僕がプロになってからずっと背中を見て目標にしてきた。ライバルであり仲間」という存在でした。

特に、眞田選手が東京大会を控えたおととし秋にひじのけがをしたあとは、リハビリ期間の練習相手を買って出てくれるなど、齋田さんが大きな支えになっていました。

「東京大会を最後まで齋田さんと共に戦いたい」

眞田選手は大会直前、齋田さんの用具置き場からホイールを持ち出し、自分の車いすの左側に取り付けて先輩の相棒と一緒に戦うことを決意しました。

迎えた初戦、眞田選手は「多くの人に支えてもらってこの舞台に戻ってきたことに感謝して精いっぱい戦えた」と力強いプレーを見せました。

一方、この試合の中継で解説していた齋田さんは、試合の終盤になって初めて実況アナウンサーから眞田選手のホイールの1つが自分のものだと聞かされると、驚いた様子で「少し涙が出そうです」と答えました。

試合後、眞田選手は「僕も齋田さんのように後輩たちが僕の背中を見て頑張ってくれるような存在になっていきたい」と、改めて齋田さんへの思いを語りました。

そして、齋田さんにないしょにしていたことについては「サプライズにしたかった。齋田さん、ごめんなさい。共に頑張りますので許してください」と笑顔で話していました。

解説を終えた齋田さんは「自分のことを少しでも考えてくれてうれしかった。競技を続けるには協力してくれる人がたくさんいる。今回の僕への気持ちのように、感謝の気持ちを忘れずに競技を長く続けてほしい」と話していました。