パラリンピック 陸上女子走り幅跳び 高田が日本新で5位

東京パラリンピック陸上の女子走り幅跳び、視覚障害のクラスで36歳の高田千明選手は目指していたメダルには届きませんでしたが、みずからが持つ日本記録を更新して5位に入りました。

東京パラリンピックは27日、陸上女子走り幅跳び、視覚障害のクラスの決勝が行われ、高田選手など8人が出場しました。

選手たちは目が見えないため、「コーラー」と呼ばれる先導役の手拍子や掛け声で走る方向や踏み切りのタイミングなどを伝えてもらい跳躍します。

生まれたときから視覚に障害があり、18歳で視力を完全に失った高田選手は22歳から本格的に陸上を始め、パラリンピックは2大会連続の出場です。

高田選手は1回目の跳躍でみずからが持つ日本記録を5センチ更新する4メートル74センチをマークしましたが、その後の5回の跳躍では記録を伸ばせませんでした。

高田選手は目指していたメダルには届きませんでしたが、前回のリオデジャネイロ大会の8位を上回る5位に入りました。

金メダルは5メートルちょうどの記録をマークしたブラジルのシルバニア・コスタデオリベイラ選手で、前回大会から2連覇です。

高田「まだまだ上を目指して頑張りたい」

高田選手は「記録自体は悪くはないが、助走がうまくスピードにのれなかったので、もう少し記録がほしいという気持ちでいっぱいです。メダルと今回出したかった記録に届かなかったので、もう少し鍛錬が必要だと思います」と振り返りました。

そのうえで「大変な状況のなか、大会を開催できたことがうれしい。まわりで支えてくれて、大会に携わってくれた全員に『ありがとう』と言いたい。記録自体は伸びてきているので、まだまだ上を目指して頑張りたい」と話していました。

飛躍を支えた2人のオリンピアン

高田選手は念願のメダルには届かなかったものの前回のリオデジャネイロ大会の8位から順位を上げた背景には、支えてくれた2人のオリンピアンの存在がありました。

18歳の時に病気で視力を失った高田選手が競技を始めたのは9年前。前回のリオデジャネイロ大会の8位から東京大会でのメダル獲得に向けて2つのポイントを強化してきました。

その1つが助走のスピードアップです。陸上短距離でオリンピックに2回出場した大森盛一さんに指導を仰ぎました。スムーズに加速しトップスピードに入れるように歩き方から矯正し、上半身と下半身をうまく連動できるフォーム作りに取り組んできました。

大森さんは「この5年間でフォームもさらによくなり、スピードもついてきている。まっすぐ速く走れるから海外の選手と比べても助走を長くとることができるのは強みだと思う」と話します。

もう1つのポイントが跳躍のフォームの改善です。思い切り走って思い切り跳ぶことしかできなかったという高田選手は、助走をうまく跳躍につなげられないことが課題だと認識していました。

そこで訪ねたのがもう1人のオリンピアン、北京オリンピックに出場した井村久美子さんです。井村さんが持つ6メートル86センチの日本記録は今も破られていない女子走り幅跳びの第一人者です。

高田選手は東京から井村さんがいる三重県鈴鹿市まで2か月に1回通って指導を受けました。そこで指摘されたのが踏み切りの時に腰が引けてスピードを生かし切れていないことです。

高田選手は理想のフォームを理解するため井村さんが実演する体の状態をさわったり、直接、自分の体を動かしたりしてもらうことでイメージを共有していきました。大会直前までたびたび、井村さんのもとで合宿を行い、多いときには1日に200本の跳躍を続けて理想のフォームを体にしみこませました。

井村さんも「練習を積み重ねることで踏み切りの技術もレベルアップしているし、いい仕上がりだ」と太鼓判を押しました。

2人のオリンピアンの指導で成長を遂げた高田選手は「練習の成果を出せれば金メダルに届くと思う。走って跳ぶのは1人だが、大森さんと井村さんに支えてもらってこの舞台に立つ。集大成として自分の全力を見せたい」と意気込んでいました。