朝起きられない君へ ~起立性調節障害を知って~

朝起きられない君へ ~起立性調節障害を知って~
朝、目が覚めると、手足は驚くほど冷たく、体は石のように重い。

次々と襲ってくる吐き気、頭痛、めまい。

…きょうも学校に行けなかった。

後悔と罪悪感。

サボっていると思われるんじゃないか、という不安。

体も、心も、苦しかった毎日が変わるきっかけは中学2年生のとき、「起立性調節障害」と診断されたことでした。

思春期に多く、コロナ禍で発症する子どもが増えるのではないかと心配されています。

新学期が始まる今の時期に、知ってほしい病気の話です。

症状は小学生の頃から

関西の大学に通っているかなえさん(22)。

症状は、小学生のときからあったといいます。

頭痛に悩まされ、高学年になると朝起きられなくなりました。
かなえさんの住んでいた地域は、近所に住む子どもたちで「登校班」を作って集団登校していましたが、遅れることが増えました。

おばあちゃんが毎朝のように班の子どもたちに一緒に行けないことを伝えていたそうです。
かなえさん
「登校班の班長だったのに、毎回参加できなくて。自分より下の学年の子もいるのに恥ずかしかったです。毎回謝りに行ってくれるおばあちゃんにも申し訳ない気持ちでいっぱいでした」

悪化する症状、病気がわかるまで

学校も勉強も嫌いではなかったかなえさん。

医療従事者として働く母親に憧れ、“医師になりたい”という夢を持っていました。

学校に通えない日は自宅で勉強をして、中高一貫の進学校に進みました。

しかし、新生活が体にさらなる異変を引き起こします。

宿題や課題が大量に出され、それをこなすのに深夜2時ごろまで机に向かう毎日。

中学1年生のころは気が張っていたためか登校できていましたが、2年生になると朝起きるのがつらくなり、再び欠席が増えていきました。
しかし、不思議なことに夜になると元気になりました。

学校を休んでいても、クラスメイトからSNSで「大丈夫?」とメッセージが来れば、夜になって「大丈夫、元気だよ!」と返信しました。

修学旅行やイベントなど楽しいことも参加できましたが、それが終わるとどっと疲れが出て寝込んでしまい、また学校を休みました。

そんなことを繰り返すうちに、クラスメイトとも距離を感じるようになっていったといいます。
かなえさん
「“学校をさぼっている子”というような視線をなんとなく感じるようになって、精神的にも落ち込んで症状も悪化するという悪循環になっていたと思います」
母親からも、こう言われました。

「ほんまは行けるんと違うの?」
かなえさんの母親
「学校で何か嫌なことがあったのか、進学校で勉強も厳しかったのでさぼろうとしているんじゃないかなって。つい本音をぶつけてしまいました」
しかし、中学2年生のある朝、母親から見ても明らかにおかしいと感じるできごとがありました。
起きてこないかなえさんの様子を見に部屋に行くと、横になったまま呼びかけにも応じず、体をさすっても全く動かなかったのです。

この日から毎日同じ状態が続くようになり、ついに登校できなくなってしまいました。
母親
「本当に石のようにかたく、固まっているような状態でした。この子は学校が嫌で動けないのか、それとも病気なのか、確かめようと思いました」
かかりつけの小児科を受診すると、医師はある病気の専門医がいる病院に紹介状を書いてくれました。

詳しく検査したところ、診断結果は重度の「起立性調節障害」

自律神経がうまく働かず、血圧が低下して起き上がれなくなったり、頭痛やめまいがしたりする病気でした。
かなえさん
「聞いた瞬間はそんな病気があるんだって、びっくりしたというのが本音です。朝起きられないのはずっと夜遅くまで起きていたからだって思っていたけれど、自分のせいじゃないんだって。そういう意味でも驚きました」

すぐには改善せず…抱えられて高校へ

診断を受けてからかなえさんは血圧を上げる薬を飲み始めました。

天気が悪い日は体調が悪化しやすいため、朝から病院へ行って血の巡りがよくなるよう生理食塩水の点滴を受けました。
また運動量を増やすよう勧められ、体調がよくなる夕方や夜に母親と近所を散歩しました。

しかし、症状はなかなか改善しませんでした。

高校に上がると、卒業に必要な出席日数を確保するため、学校と相談して体調が悪くても1時間目だけは出席して、早退扱いですぐ帰宅するという生活を続けました。

登校は、困難を極めました。

1人では着替えすらできないため、両親が布団の上で2人がかりで制服を着させてくれました。

そして抱きかかえるようにして車に乗せてもらい、駅に向かいました。

電車は座席が空いていて座れる車両を探し、出勤前の母親に途中まで付き添ってもらって通学しました。
母親
「当時は娘が病気になったのは自分のせいではないかとみずからを責めていました。仕事を辞めて一日中付き添うことも考えましたが、娘が『私のせいでお母さんが仕事を辞めた』と感じると、さらに追い詰めてしまうと思い、仕事を続けながらサポートすることにしました」

つらい経験をした私だからこそ

家族の支えもあって高校をなんとか卒業したかなえさん。

医学部の受験には失敗し、医師になる夢は諦めましたが、翌年、心理学などを学ぶ大学に合格しました。

今、心の問題を抱える人をサポートする国家資格「公認心理師」を目指して勉強に励んでいます。
かなえさん
「医学部を落ちた時は、自分の今までの夢は何だったんだろうって思うこともありました。でも、浪人してさまざまな人に出会い、世界が広がりました。そんな中で病気を経験しつらい思いをした私だからこそ、できる仕事があるんじゃないかと思い、人の心の痛みに寄り添える公認心理師を目指そうと決めたんです」
症状はまだ完全になくなったわけではありませんが、高校生だった頃に比べると改善してきたそうです。

先日は、病気への理解を深めてもらうための動画配信イベントにも参加し、こう夢を語りました。
かなえさん
「自分と同じような子どもたちに関わってサポートをしていきたいですし、誤解の多いこの病気のことをもっとたくさんの人に知ってもらえるような活動もしていきたいです」
病気の研究や啓発に使う費用を募るクラウドファンディングにも協力しているそうです。

専門医に聞く、起立性調節障害ってどんな病気?

教えてくれたのは、かなえさんの主治医で長年、この病気を研究している関西医科大学総合医療センターの石崎優子医師です。
関西医科大学総合医療センター 石崎優子 医師
「起立性調節障害は、血液の循環が悪くなることで、体が重く朝起きられなかったり、頭痛、腹痛、立ちくらみ、それに吐き気などの症状が出る病気です。自律神経がうまく働かなくなることが関係しています」
発症しやすいのは思春期の子どもで、

・身長がぐんぐん伸びる時期
・生理が始まった時期

中学生では軽症のケースも含め約1割の子どもにこの病気の症状があると言われているそうです。
要因としては

・急激な運動不足
・人間関係などのストレス
・夜型など生活リズムの変化

などが挙げられるそうです。
石崎医師
「治療法としては規則正しい生活をして、適度な運動、適切な水分補給をすること。症状が改善されない場合は血圧を上げる薬や点滴治療などもあります。
気持ちが落ち込んだり学校に行きづらいと感じてしまうケースもあるのでカウンセリングを受けたり、学校と保護者などが話し合い病気を理解してもらうことも大切です」
最近は症状が長引くケースが増えているそうで、さらにコロナ禍で発症する子どもが増えるおそれもあると警鐘を鳴らします。
石崎医師
「適切な治療を受けることで数か月程度で治るケースもありますが、昔に比べると子どもの絶対的な運動量が減っていることや、寝る時間が遅くなり、睡眠時間が短くなっていることなどから、大人になっても症状が続くケースも増えています。
さらに長引く外出自粛で、子どもたちの運動不足や生活リズムの乱れが深刻になっている可能性があります。親子で体を動かしたり、ウォーキングなどを日常的に取り入れたりして、発症のリスクを減らしてほしいと思います」
(ネットワーク報道部記者・秋元宏美)