フジロックから考える コロナ禍の“分断”

フジロックから考える コロナ禍の“分断”
国内最大級のロックの祭典「フジロックフェスティバル」

新型コロナの影響で、2年ぶりの開催となりました。

アーティストは、出演するか、取りやめるか。

観客も、現地に行くか、オンライン配信で見るか。

対応は分かれました。

新型コロナの感染が確認されてから1年半。

“分断”を生まないために、何が必要なのでしょうか。

(ネットワーク報道部 吉永なつみ 田隈佑紀 大阪拠点放送局 甲木智和)

出演を辞退します

「今回、フジロック出演を辞退します」
出演2日前の8月20日。

シンガーソングライターの折坂悠太さんが突然、発表しました。
「フジロック開催による社会的意義は大きいと思います。感染者が一人も出なかったとしても、直接的、間接的にもたらす影響が、遠い場所で、死角にいる一人の人生を変えてしまう」
リツイートは1万2000件。いいねは6万件にのぼりました。

出演したアーティストも苦悩

一方、出演したアーティストもステージ上では苦しい胸の内を明かしました。

人気ロックバンド、King Gnuのボーカル兼キーボードの井口理さん。

演奏の間のMCで、感染拡大するなかステージに立つことへの戸惑いのことばを口にしました。
King Gnu 井口理さん
「出演した自分の立場とか、もちろん辞退したアーティストの皆さんもいますし、病院の方々にも、どうやって顔向けたらいいか俺は分からないですけれど。こうやって分からないまま、俺はこのステージに立ってしまって」
声を詰まらせながらも続けます。
「俺たちアーティストは俺たちアーティストで、お客さんはお客さんで。こうやって今日来ていないお客さんもいるわけで、その人達にもそういうそれぞれの思いがあって」
「今こうやって配信を見てくれている人、こうやってこの会場で見てくれている人に向けて、俺はなんか少しでも明日を笑顔で生きれるような力を、すごくおこがましいですけれどそういった力になったらいいなあと。そう願っています」
反響は大きく、関連ワードがTwitterのトレンドワードの上位を占めました。

さまざまな感染対策をとって

1997年に始まったフジロック。

去年はコロナの影響で初めて開催を断念。

ことしは、さまざまな感染症対策をとったうえでの開催でした。
海外アーティストを招くのを見送り、国内のアーティストのみに。

来場者数も例年の半数以下に限定されました。

会場の新潟県湯沢町の苗場スキー場には、お酒の販売や持ち込みも禁止に。

飛まつがとばないよう、声援を送ったり、一緒に歌ったりすることも禁止です。
また来場者で希望する人には、無料で抗原検査のキットを送付。

参加を迷う人が取りやめることもできるよう直前のキャンセルでもチケット代を全額払い戻し、ライブの動画はYouTubeで無料で公開しました。

参加した男性「いまだにいろいろ考え続けている」

フジロックに参加した千葉県の20代の男性に話を聞きました。

自由に楽しめるライブの雰囲気が大好きで毎年、参加しているという男性。

ことしは感染が急拡大する中で現地に行くか迷ったものの、運営側の感染対策の内容を調べ、参加を決めたそうです。

男性はワクチンを2回打っていて、抗原検査を受けて、参加しました。

現地では、アーティストが登場した時に歓声があがってしまうこともあったそうですが、男性の見た範囲では、周りのほとんどの人がルールを守っていて、会場ではそれぞれのライブが始まる前に、注意喚起も行われていたということです。

男性は帰宅したあとすぐに抗原検査を自主的に行い、潜伏期間を考えて、数日後にもう一度検査する予定だといいます。
これまでとは全く違ったフジロック。

帰ってきたあとも、いまだにいろいろと考え続けています。
参加した男性
「参加することに対して批判はあるし、医療のことを言われると反論できない部分はあります。でも、現地に行って、ライブなどを見て、自分の中で止まっていたものが動き始めたという感覚がありました。コロナ禍では、何事も考えないと、前には進めないのではないかと思っています」

地元町長「考えていかねば明日はない」

3日間でおよそ3万5000人が参加したフジロック。
2年前より、およそ10万人減りました。

開催されたことについて、地元の湯沢町には今後の感染を心配する匿名の電話も寄せられているといいます。

コロナ前は年間400万人を超えていた湯沢町の観光客の数は半減。

観光が頼りの町の経済は厳しい状況が続いています。

そこで町は観光客を安心して受け入れられるように、地元住民へのワクチン接種に力を入れてきました。
フジロックが始まった8月20日の時点で2回目の接種を済ませた割合は高齢者の9割余り。

町全体でも6割を超えました。

また、感染対策を講じている宿泊業者などを認証する制度も導入。

フジロックは町にとっての重要な観光資源だとして、開催を後押ししてきました。
湯沢町 田村正幸町長
「感染拡大を心配する声も届く一方で、生活が成り立たないので開催してほしいという声もあり、ジレンマだった。町としては感染対策を徹底することが最も重要で、命を守ることに重きを置いたうえで、町民の暮らしを支えるために町としてできることを探していく必要がある。さまざまな意見はあると思うが、町の経済にとって観光産業は欠かせず、前に進めるための方策を考えていかなければ観光地としての湯沢町にあすはない」

国「開催できる道探っていきたい」

フジロックなど野外フェスティバルの開催は、国もサポートしています。

経済産業省は、新型コロナで中止や延期になった音楽や演劇などについて、今後実施する事業者に公演費用の一部を支払う補助金、J-LODliveを設けました。

運営費や感染対策費などが対象で、1公演あたりの上限は5000万円。

フジロックの場合、3日間で1億5000万円が交付決定。

今後、実際にかかった経費に応じて支払われる予定です。
経済産業省の担当者
「国としても事業者や自治体との間に立って、関係者の理解を丁寧に得ながら、公演が開催できる道を探っていきたい。今後、感染が収まっていくことが前提になるが、屋外、屋内、人数などさまざまなパターンごとに、どのような感染対策をすれば安全に開催できるのか、実証実験を重ねながら、データを採っていきたいと考えている」

地元医師は複雑な思い

一方、地元で新型コロナの患者対応にあたる医師は、複雑な思いを口にしました。
魚沼基幹病院 鈴木榮一院長
「イベントの開催にあたっては万全の対策を取ってもらうように求め、関係者へのワクチン接種に全面的に協力した。ただ、大勢の人が集まれば感染拡大のリスクがゼロになることはありえないし、コロナ患者への対応に余裕があるわけでもない。この時期の大きなイベントは控えてほしいというのが個人的な意見だが、地元の観光など経済的な側面もあるので、最終的な判断は主催者や自治体にしかできない」

相次ぐ野外音楽イベント中止「先が見えない」

野外の大規模音楽イベントは公演を中止にする動きも相次いでいます。

9月18日と19日に滋賀県で開催される予定だった「イナズマロック フェス」は、中止が決まりました。
滋賀県出身の西川貴教さんが主催する野外音楽イベントで、コロナ前は10万人以上が参加していました。
実行委員会の関係者
「開催に向けてギリギリまで対策などを検討してきました。イベントを開催したいという気持ちでもがいているのはどこも同じです。中止したことが英断かというと、それは違うと思っています」
山梨県で開かれる野外フェスティバル「SWEET LOVE SHOWER2021」も開催の1週間前、8月20日に中止が決まりました。
山中湖村観光課
「村としては、経済的な部分ではぜひとも開催したかったですが、生命を守るということで、最終的に開催は難しいという判断にいたりました」
いずれのイベントも「まん延防止等重点措置」が適用されたことが中止の決め手になったといいます。

一方、8月に茨城県で開催予定だった「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」は、重点措置が適用されていなかった7月に、茨城県医師会などの要請を受けて、中止を決めました。

開催される場所によって、対応はバラバラなのが実情です。

フジロックが開催された新潟県は、当時、対象地域にはなっていませんでした。

いま出されている緊急事態宣言などの期間は9月12日まで。
9月18日と19日に千葉と大阪で行われる野外音楽イベント「SUPER SONIC」は、現時点では感染対策を徹底しながら開催する方向で準備を進めています。
主催する企業
「感染が急拡大していますが、開催できる道をギリギリまで探すスタンスでないと業界全体がより厳しい状況になってしまうので、止まっているわけにはいかない」
音楽ライブの主催者でつくる団体によると、業界の売り上げはコロナ以前から8割ほど減少しているといいます。
コンサートプロモーターズ協会 中西健夫会長
「日本の音楽を支えてきたスタッフの雇用を守りたいと思っていますが、仕事がない状況が長期化し、音楽業界を離れて他の仕事を始める人たちも出始めています。国のガイドラインを守っていても直前に自治体からの『要請』という形で中止せざるを得ず、損失が発生するケースもあります。もちろん感染拡大して医療がひっ迫して不安を与えかねない中で開催できない状況は理解していますが、正直、どうすればいいのか、先が見通せません」

感染対策とどう両立すれば?

大規模イベントを開催するか、中止するか。

正解のない難しい問題です。

今後、どうすれば開催に近づけるのでしょうか。

コロナ禍でのコンサートなどのイベントの継続について検討する文化庁の専門家会合の委員を勤めた林淑朗医師に話を聞きました。
林淑朗医師
「マスクや換気といった従来の対策の重要性は揺るぎませんが、どのような予防策にも穴があるのでこれらの徹底だけでは不十分ですし、実際今以上の徹底は困難です。たくさんの人が密になる前提があるので、諸外国同様、相対的にリスクの低い集団で開催する以外によい案は思いつきません」
多くの国では以下の条件のいずれかを満たす人を入場の条件として、大規模イベントを開催しているということです。

(1)ワクチン接種完了
(2)直近のPCRまたは抗原検査陰性
(3)3か月以内の感染後の治癒

林医師はリスクはゼロではないが、十分合理的で参考にする価値はあるといいます。

8月20日、イギリス政府は大規模イベント開催と感染者数の関連を示した報告書を発表しました。

欧州サッカー選手権(特に準決勝と決勝)は、感染者数増加に関連したものの、それ以外のテニスの全英オープンや音楽祭などの大規模イベントの開催は感染者数増加に関連しなかったという結果でした。
林淑朗医師
「イギリスの調査対象となったイベントは、リスクが低い3つの条件を満たした人が入場しているため、日本の現状とは異なります。まずは前提条件を近づけるのが先です。大規模イベント開催には『たくさんの人が密になる』という1つの大きなリスクが組み込まれています。国民にワクチンが十分行きわたっていない状況や医療ひっ迫下では、イベント参加者のみならず、公衆衛生に与える影響も無視できません」
そのうえで、日本で大規模イベントを開催するうえでは、事業者任せにするのではなく、国の支援態勢が欠かせないと指摘します。
林淑朗医師
「PCR検査や抗原検査は現在、事業者が自身の判断で行い、自腹で極めて限られた予算で検査代を負担しなければならないので、検査の質の担保や、検査のタイミングや頻度、検査結果の利用方法などに問題が生じやすい状況です。このあたりを、事業者任せにして放置しているのは不適切と思います。ワクチン接種完了などの情報を客観的に簡単に確認するシステムづくりも含め、国の支援もなければ大規模イベントの安定的な開催は困難と思います」

“分断”ではなく“仕組み”を

『THA BLUE HERB』のラッパー、ILL-BOSSTINOさんは、フジロックのステージ上からこう訴えかけました。
THA BLUE HERB ILL-BOSSTINOさん
「分断が残るんだったら、もったいないなって思うんだよね。もちろん違う意見は必要だと思ってます。いろんな言葉、いろんなアイデア混ぜてなんとか新しい道探そうぜっていうときだから」
「1年半みんなギリギリ我慢して、それでこんな大きいのやって、いろんな意見飛び交ってて、そこで何が残るかって言ったら、そういう仕組みを作ろうとかっていう人いないですかね」