市民4人が死傷の事件 「工藤会」トップにきょう判決 福岡地裁

北九州市の特定危険指定暴力団「工藤会」が、合わせて4人の市民を拳銃や刃物で襲って死傷させた事件で、殺人などの罪に問われている工藤会のトップに対し、福岡地方裁判所が24日、判決を言い渡します。
検察が死刑を求刑する一方、トップは関与を否定し無罪を主張していて、裁判所の判断が注目されます。

特定危険指定暴力団「工藤会」は、平成10年から26年にかけて、北九州市や周辺の地域で漁協の元組合長を射殺したほか、元警察官や看護師ら3人を拳銃や刃物で襲う事件を相次いで起こしています。

警察は「壊滅作戦」と呼ぶ徹底的な取締りに乗り出し、工藤会のトップで総裁の野村悟被告(74)を平成26年に逮捕しました。

検察は、被告が一連の事件を配下の暴力団員らに指示していたとして殺人などの罪で起訴し、裁判がおととしから福岡地方裁判所で行われてきました。

裁判では、実行役への指示などを示す直接的な証拠がない中、検察は被告が工藤会で絶対的な存在だったと強調し「一般市民を標的にした組織的な犯行の首謀者だ」と主張して、死刑を求刑しました。

これに対し、被告は関与を否定し、無罪を主張しました。

判決は午前10時から言い渡される予定で、地域社会を震撼させた一連の事件へのトップの関与について、裁判所がどう判断するのか注目されます。

市民を襲った4件の事件

野村被告らは、工藤会が市民をねらった4つの殺人事件や殺人未遂事件に関わったとして起訴されています。

1つ目の事件は、23年前の平成10年に北九州市小倉北区の繁華街で、漁協の元組合長が至近距離から銃撃され殺害された事件です。公共工事の利権をめぐるトラブルが背景にあるとみられています。

2つ目は、平成24年、長年工藤会の捜査を担当した福岡県警の元警部が、通勤途中に北九州市小倉南区で銃撃され、腰や太ももに大けがをした事件です。元警部は、野村被告ら工藤会幹部と対等に話ができる数少ない警察官でした。

3つ目は、平成25年に、野村被告が通っていた美容外科クリニックの看護師が、福岡市博多区で帰宅途中に顔などを刃物で刺され、大けがをした事件です。事件前、野村被告は接客や施術について看護師への不満をもらしていたとされています。

4つ目は、平成26年の歯科医師襲撃事件です。北九州市小倉北区の病院に勤務する歯科医師が、出勤時に胸や腹などを刺され、大けがをしました。被害者はひとつめの事件で殺害された漁協の元組合長の孫でした。

いずれの事件も、工藤会系の暴力団員らが実行役として有罪判決が確定するなどし、このうち3つの事件は確定判決で「野村被告の指揮命令による犯行」と認定されています。

裁判の経緯

野村被告らの裁判は、おととし10月に始まりました。

本来は裁判員裁判の対象事件でしたが「裁判員に危害が加えられるおそれがある」として裁判官だけで審理されることになり、裁判所の要請で、大勢の警察官が厳重に警備する異例の対応がとられました。

初公判で野村被告は「4つの事件、すべてにおいて無罪です」と述べて、関与を否定し全面的に争う姿勢を示しました。

最大の争点は、実行役の暴力団員らに「トップの指示があったかどうか」でした。

検察は、野村被告が組織の中で「絶対的な存在」で、その指示なしには一連の事件が起こせないことを示すため、法廷で工藤会の暴力団員から「自分にとって神だ」という証言を引き出しました。

また、野村被告にはすべての事件で被害者などとの間に接点があり、事件を起こす動機や背景があったと主張しました。

こうした間接的な証拠を積み上げて関与を立証しようとする検察に対し、弁護側は「証拠を無視した根拠のない臆測だ」と主張し、野村被告らも事件は幹部や組員が自分たちの知らないところで起こしたことだと主張しました。

実行役とされた暴力団員らも出廷しましたが、トップからの指示を認めるような証言は出ませんでした。

1年5か月で62回を数えた裁判は、延べ91人に上る証人が出廷して、ことし3月に審理が終了し、検察側と被告側の主張が対立したまま、24日の判決を迎えました。

「工藤会」と福岡県警の「壊滅作戦」

工藤会は、九州最大規模の暴力団で、平成20年のピーク時には構成員がおよそ730人に上りました。

拠点の北九州市では、これまで暴力団どうしの事件だけでなく、市民を標的とした襲撃事件が相次ぎました。

<相次ぐ事件>
23年前の平成10年、北九州市小倉北区の繁華街で、漁協の元組合長が至近距離から銃撃され殺害されました。公共工事の利権をめぐるトラブルが背景にあるとみられています。

平成15年には、暴力団追放運動の中心的な存在だった男性が経営する繁華街のクラブに手りゅう弾が投げ込まれ、従業員など13人が重軽傷を負いました。

平成23年には、暴力団への利益供与を断るよう業界の関係者に呼びかけていた建設会社の役員が射殺されました。

平成24年には、長年、工藤会の捜査を担当した福岡県警の元警部が銃撃されて大けがをしたほか「暴力団員立入禁止」の標章を掲げて飲食店を経営していた女性が刃物で切りつけられる事件も起きました。

<全国初の「特定危険指定暴力団」に>
批判的な相手には一般市民でも攻撃する姿勢に、福岡県公安委員会は平成24年、施行されたばかりの改正暴力団対策法に基づいて、工藤会を全国で初めて「特定危険指定暴力団」に指定しました。

福岡県警は「壊滅作戦」と呼ぶ徹底的な取締りに乗り出し、平成26年、トップの野村悟被告らを逮捕しました。

<組織は弱体化しつつ>
警察はその後も取締りを続け、去年までの7年間に435人の構成員を検挙し、工藤会の構成員はピーク時の3分の1以下に減って、去年末時点でおよそ220人となっています。

また、北九州市にあった本部事務所も解体され、工藤会は資金面、体制面で弱体化しつつあります。

<暴力団排除の活動と報復を心配する声>
北九州市では、工藤会に対する「壊滅作戦」を受けて、市民や企業の間に暴力団排除の活動に参加する動きが広がりましたが、報復を心配する声は今も少なくありません。

野村被告は殺人などの罪で起訴され、裁判で検察は死刑を求刑しています。

今回の判決は、警察と検察が進めてきた工藤会に対する「壊滅作戦」の大きな節目となるだけに、裁判所の判断が注目されています。