デルタ株“これまでの治療法が通用しない”~密着・重症者病棟

デルタ株“これまでの治療法が通用しない”~密着・重症者病棟
デルタ株の脅威がいま医療現場を直撃しています。
基礎疾患がない20代が急激に重症化、これまでの治療法も通用しなくなっています。

新型コロナの重症者病棟を取材し続けて1年半。
私は今回ほど“医療崩壊”ということばを意識したことはありません。治療の最前線で今、何が起きているのか報告します。
(社会番組部チーフディレクター 松井大倫)

基礎疾患のない20代でも急激に重症化

今月15日、聖マリアンナ医科大学病院の新型コロナ重症者病棟。
救急搬送されてきたのは、基礎疾患のない20代の男性です。

運び込まれた時点で意識はありませんでした。

すでに、血液の酸素飽和度は60%台にまで落ちていました。

90%を切ると息切れや呼吸不全が起きます。
この60という数字はすぐに人工呼吸器が必要になる極めて危険な状態です。

ただちに、人工心肺装置・ECMO(エクモ)を装着することに。

去年4月から、この病院では400人を超える新型コロナの重症患者を受け入れてきましたが、20代にECMOを使ったのはこれが初めてのことでした。
今、この病院では多くの患者から感染力が強いデルタ株が検出されています。

デルタ株が増えるにつれ、「若い世代が重症化」するケースが急増しています。

「重症化が進む速さ」かつてないスピード

そして、「重症化が進む速さ」も、これまでに経験したことのないものだといいます。
発症から4日後の30代の男性の肺の画像。
炎症を示す、すりガラス状の白い影が見えます。

わずか4日で自力での呼吸が難しくなり、人工呼吸器とECMOを導入しました。
7日後には白い影が肺全体に広がり、肺のほとんどの機能が失われました。

かつてない速さで重症化が進んでいたのです。
重症者病棟の指揮を執る藤谷茂樹医師です。

東京オリンピックが開幕した時期から状況は一変したと言います。
藤谷医師
「“第5波”は数週間前まではアルファ株による患者が大半でした。しかし今、重症者のほぼ全員がデルタ株の感染患者に入れ替わっています。ほぼ全例が65歳以下の患者で、20代から50代が約9割の患者構成となっています。デルタ株の感染力がいかに高く、“若年層は感染しにくい”という今までの認識が間違っていることがうかがわれます」

デルタ株“これまでの治療法が通用しない”

さらに、藤谷医師の頭を悩ませているのは、従来の治療法がなかなか回復に結びつかないことです。
看護師や医療スタッフが7~8人がかりで仰向けの患者の体を、うつ伏せに、そして数時間後、また仰向けに戻す、腹臥位(ふくがい)療法。

体の向きを変えることで血液を肺の細胞に行き渡らせ回復を促します。
さらに、レムデシビルやステロイド剤などの投薬。

こうした治療に、効果が見られにくくなっているというのです。
藤谷医師
「今までの治療法が通用しなくなってきているのは、間違いないかなと思っています。まったく第3波までのコロナ感染とは、違う病態を示しているような気がしてなりません」

「厳しいというか、崩壊してしまっている」

「医療崩壊」も現実味を帯びてきています。8月上旬、ついに重症者病棟の17床のベッドは満床になりました。

しかし、満床になっても新たな患者の受け入れ要請は続いていました。

これまで「断らない医療」を信条にしてきた藤谷医師たちは初めて、重症患者の受け入れを諦めざるをえなくなりました。
急きょ、交通事故や脳卒中の患者などを受け入れる集中治療室を新型コロナの重症者向けに造り替え、7床増やすことにしました。

しかし、3床分増設したその矢先、すぐに新しい患者で埋まってしまいました。
医師
「(ベッドが)空いたところに30分ぐらいで、すぐまたという情報が入ってくる。非常に厳しいというか、崩壊してしまっている」

大切にしてきた患者と家族へのサポートも中断

患者の急増で、これまで大切にしてきた取り組みにも影響が出ています。

その1つが、「オンライン面会」です。
感染防止のため病室に入れない家族が、タブレットを使って会話できるようにしていました。
さらに、感染対策などを徹底させて、家族が患者と同じ部屋で最期のお別れをできるようにしていました。

コロナ禍であっても、人間の尊厳をできるかぎり守りたいと続けてきた、これらの取り組み。
しかし患者の急増で中断せざるをえない状況に追い込まれました。

苦渋の選択 “回復の見込みが低い患者は他の病院に”

今月17日、病院では一般病棟を縮小してさらにコロナ重症患者向けのベッドを作り、合計32床に。
スタッフはほかの科やOBからかき集めて確保しました。

その分、交通事故や脳卒中などの緊急の一般診療には制限をかけざるをえません。

しかし、これ以上の拡張は難しいといいます。

コロナの集中治療室では患者ひとりに対して24時間体制で少なくとも看護師2人が必要。
さらに人工心肺装置・ECMOを装着すると、臨床検査技師などのスタッフも必要となるからです。

その32床も、今月20日時点で、満床となっています。
増え続ける重症患者を、今後どう受け入れていくのか。

藤谷医師は、これまで考えたこともなかった厳しい選択を迫られていました。

救える命を救うためには、回復の見込みの低い患者を他の病院に転院してもらうことまで検討せざるをえないのではないか…。
藤谷医師
「非常に苦渋の決断を迫られています」
ディレクター
「言いにくいでしょうけれど、助けられない人は、ほかで診てもらうということですか?」
藤谷医師
「ぼくたちは助けられる重症患者さんを集中治療して助けるという、完全に役割分担をしていかないと、耐えきれなくなってき始めています」

妊婦の陽性患者急増で病床ひっ迫の病院も

聖マリアンナ医科大学病院と連携し、中等症の患者を受け入れている病院でも、病床のひっ迫に直面していました。

川崎市立多摩病院です。
一般病棟を閉鎖し、新型コロナの患者のために30床を確保したものの、満床状態が続いています。

相次いでいるのが妊婦の陽性患者です。今月に入ってから2人の妊婦を受け入れました。

妊婦が肺炎になった場合、重症化することがあると懸念されています。

日本産婦人科医会によると妊娠中期(14~27週)の感染が多く、またおよそ60%が家庭内感染だといいます。
本橋医師
「免疫力が落ちるので、それが関係しているんじゃないかとか。あとは妊娠も後期になってくると、おなかが大きくなってきて、それが肺を圧迫するので、そういうのも関係しているかもしれない。いままでになかったので、異常事態と言わざるをえないのかなと」

いま医師が伝えたいこと

医療崩壊寸前の危機からどうすれば脱することができるのか?
聖マリアンナ医科大学病院の藤谷医師は3つのポイントを伝えたいといいます。
1.人流抑制の新たな施策が必要
”まずは人流をいかに抑止するかが重要だと思います。
緊急事態宣言などを発出しても、長引く自粛疲労で、なかなか人流抑止の効果が出ていないのが現状だと思います。

政策として、もっと抑止力のある施策が必要で、国がなんらかのアクションをおこさないと、人流は抑えられないと思います。

もはや医療現場の努力やこれまでの緊急事態宣言だけでは、感染拡大は止められないと思います。”
2.ワクチンの十分な供給体制と接種促進
”現在、重症者病棟に運ばれる患者のほとんどが20代から50代で、すべてワクチンの未接種者です。
ワクチン接種により確実に重症化は抑えられていることは、臨床現場にいると明白です。
特に若年者でも重症化する可能性のある変異株に対して、ワクチンの接種はスピード感をもって促進させることが必要だと思います。

政府は十分にワクチンの供給体制を整え、計画性を持って接種を進めていくべきです。

さらには接種する打ち手の確保。
医師・看護師だけではなく、救急救命士、薬剤師などもっと積極的に人員を確保できるようにして、ワクチン接種を早急にすすめるべきだと思います。

特に若い人の中には接種をためらう人もいますが、実際の臨床現場の様子を見ていただき、接種ができる人は接種をしていただきたいと思います。”
3.大規模療養施設の必要性
”デルタ株の脅威を前に、医療機関が“崩壊”の瀬戸際にある理由は、自宅療養や中等症の患者が適切な医療を適切な時期に受けることができず、その間に重症化して、重症者用ベッドが埋まってしまうことが関連しています。

まずは自宅療養や中等症の患者のために、体育館や仮設テントなど大規模療養施設を準備して、早期に医療が介入できるようにし、たらい回しや治療の遅延が起こらないような体制を整えるべきだと思います。

資源の選択と集約がこの災害モードでは必要になると思うのです。
“第5波”の感染者数のピークが未だに見えない中で、治療が必要になる人が、今後も急速に増え続けると予想されます。

大至急、こうした軽症・中等症の人たちに適切な治療を提供しないと、重症化しても治療が受けられない状態になります。
感染爆発が起き、“医療崩壊”に直面したヨーロッパやインドなどのような凄惨な光景が、この日本にも目前に迫ってくるのではと強い危機感を私は持っています。”
藤谷医師の強い危機感をいかに多くの人たちと共有できるかが、デルタ株との戦いの1つのカギになると思っています。

新型コロナ重症者病棟の取材は許される限り、これからも続けていくつもりです。
社会番組部チーフディレクター
松井大倫
1993年入局。
去年4月から聖マリアンナ医科大学病院コロナ重症者病棟の取材を続けている