ミャンマー軍の“巨大利権” 資金源の謎に迫る

ミャンマー軍の“巨大利権” 資金源の謎に迫る
2月のクーデターから半年、ミャンマー軍は1000人以上(8月23日時点)の市民を殺害し、その数は日を追うごとに増加しています。一体なぜ軍はそこまでの弾圧を続けるのか。ミャンマーの国連大使や、軍を離反した元将校たちへの取材から、その背景には、軍が守ろうとしているという「巨大な利権構造」が存在することが明らかになってきました。私たちは、リークされた軍の機密文書を解析。そこから見えてきたのは、軍が巨大な複合企業を有し、その株式の配当が軍の幹部や軍組織に流れているという実態でした。
(NHKスペシャル「混迷ミャンマー 軍弾圧の闇に迫る」取材班)

市民への弾圧 収まる兆しなし

市民たちはこれまで、軍によるクーデターに対して、非暴力を掲げて平和的な抵抗運動を行ってきました。

しかし軍は、そうした市民たちを武力で抑え込み、弾圧の実態をSNSなどで世界に発信しようとする市民に対して、情報統制を強めてきました。

メディアに対する圧力も強め、5つのメディアの免許を剥奪したほか、記者の拘束も相次いで行っています。

そのためミャンマーの惨状を伝える報道やSNSでの情報発信は減少し、ブラックボックス化が進んでいます。

ミャンマー軍は支配を正当化

今月1日には、ミン・アウン・フライン司令官が、「暫定首相」に就任すると発表。

軍による支配を正当化しようとしています。
軍がそこまでして守りたいものとは、一体、何なのか。

軍はクーデターを起こした理由を、去年行われた総選挙で圧勝したアウン・サン・スー・チー氏が率いる政党NLD(国民民主連盟)が、選挙で不正を行ったからだとしています。

”真の理由は「自分たちの利権を守るため」”

しかし、「実際には別の理由がある」と重い口を開き出した人たちがいます。
クーデターを機に軍に反発して離反した元将校たちです。

その一部は、あえて顔や名前を出して告発したいとカメラの前に立ちました。

元将校たちが口をそろえて語ったのは、軍がクーデターを起こした真の理由は「自分たちの利権を守るためだ」ということでした。
元少佐
「なぜ軍が国民を殺しているかというと、それは権力を握りたいからです。彼らが武器を使って国を支配すれば、国家予算も、国の天然資源も、一部の権力を握っている人の手に入ることになるからです」
元大尉
「軍は最初からクーデターを起こすことを計画していました。そして、クーデターに対して、抗議デモが発生し、その抗議デモを鎮圧することも含めて詳細な計画を練っていたのです」

命を危険にさらしても訴える国連大使

こうした元将校たちと同様の証言をする人物がいます。
国連大使のチョー・モー・トゥン氏です。

クーデターに反発し、国連総会の場で強く非難した結果、軍から反逆罪で訴追され、8月に入ってからは暗殺計画まで明るみに出ました。

今も自らの身をていしながら、訴えを続けています。
チョー・モー・トゥン国連大使
「軍が所有している軍系企業があり、かなりの特権を享受してきました。彼らは長年にわたり非常に多くの特権乱用を行ってきました。そして免税措置においても優遇されているのです」

軍系複合企業の実態とは? 調査報道で迫る

ミン・アウン・フライン司令官をはじめとした軍の高官たちが経営の中枢に名を連ねる軍系複合企業が存在します。

その名も「MEHL」と「MEC」。

傘下には130を超える子会社などがあり、生活必需品から金融や通信、エネルギー事業まであらゆるビジネスを行っています。

この2つの複合企業だけで、他のどの民間企業よりも多くの利益をあげているとされていますが、どれだけの利益が軍や軍人に流れているのか、その詳細は明らかにされてきませんでした。

軍の機密情報を暴いたハッカーに接触

そうした中、政府や軍の機密情報がハッキングされ、インターネット上に流出しました。

数十万点を超えるものの中には予算や入札記録、投資情報などあらゆる文書が含まれています。

私たちはハッキングを行ったハッカーに接触しました。
ハッカー
「ヤンゴン市投資委員会の従業員用アカウントをハッキングすることで、投資データに世界中からアクセスできるようにしました。軍の経済状況が隠蔽される前に公開する必要があると考えたのです」
今、世界中の報道機関がこの膨大な文書の解析を進めています。

その中で私たちが特に注目したのは軍系企業から軍に流れる資金についてでした。

20年で約2兆円の配当 軍に支払われていた

2019年のMEHLの株主リストを見てみると、38万人に及ぶ株主の9割以上が軍人や退役軍人であることが記載されていました。

そして、1700を超える各地の軍の部隊などにも配当が支払われていることが分かりました。
さらに入手したMEHLの株式局の内部資料によると、ミン・アウン・フライン司令官は10年前の時点で年間約3000万円の配当を得ていたことが分かりました。

20年間で株主に支払われた配当金の合計は、約2兆円に上ります。

MEHLの収益は、配当という形で軍人や軍組織に渡っていたのです。

「軍に流れる資金を断ち切るべき」

チョー・モー・トゥン国連大使によると、こうした軍の利権構造を崩そうとしていたのが、アウン・サン・スー・チー氏が率いる政党NLDであり、軍は、それに反発して、クーデターを起こしたというのです。
チョー・モー・トゥン国連大使
「NLDの改革によって軍の支配領域が狭められ幹部は焦りを感じていたのです。ミャンマーの人々を救うために、軍に流れるあらゆる資金を直ちに断ち切るべきです。国際社会は軍による支配を終わらせるために、圧力をかけ続ける重要な役割を果たせるはずです」

日本企業からも軍に資金が流れた?

2月のクーデターを受けて、アメリカやEUは、軍の高官や軍系企業に対して「資産の凍結」や「取引の禁止」などの制裁を科しています。
また、各国の企業も、軍系企業との関係をはじめ、事業の見直しを迫られています。

国際的な人権団体であるヒューマンライツウォッチは、”暴走”を続ける軍の資金源を断つために、日本企業からミャンマーへの資金の流れについても調査を行っています。

ミャンマーと歴史的に深いつながりのある日本。
2011年の民政移管以降、400社以上の日本企業がミャンマーに進出してきました。
笠井哲平さん
「ミャンマー国軍の収入源になってしまっているんじゃないかという懸念が持たれている日本企業は実際にあります。まだ表に出ていないミャンマー国軍・軍系企業と事業関係がある日本企業というのは掘れば掘るほど出てくる」

日本の官民合同プロジェクトを検証

他の人権団体とも協力して調査を進めた結果、官民合同のあるプロジェクトから軍に資金が流れていた可能性があるといいます。

ミャンマーの最大都市ヤンゴンで進められてきた「Yコンプレックス事業」です。
Yコンプレックスは、ホテルや商業施設、オフィスが入る大型施設。
2017年に工事が始まり、ことしの開業を予定して建設が進められてきました。
日本のゼネコンを中心に進められ、総事業費は360億円以上に上ります。
そのうち、政府系金融機関が約51億円を融資し、官民ファンドが約56億円を出資しています。

笠井さんは、Yコンプレックスは軍の博物館の跡地を借りて建てられているため、賃料が軍に渡っていたのではないかと指摘します。
笠井哲平さん
「プロジェクトのお金の財源には税金も含まれているので、日本の人々の税金がミャンマー国軍に流れてしまっている可能性が高い。知らないうちに日本の人たちの税金がミャンマーの人たちの弾圧のために使われてしまっている可能性が高いです」
合弁相手の現地企業が公開した土地の契約書には、賃料の支払い先は「防衛口座」と記載されており、貸主は「兵站(へいたん)局」と記載されています。

専門家によると兵站局は軍の組織で、武器の購入や管理などを行っているといいます。
一体賃料はどこに支払われているのか。
事業を中心となって進めるゼネコンは私たちの取材に対して「合弁相手であるミャンマー企業は土地を政府の一機関である国防省から借り受けているが最終的な受益者は国防省でなくミャンマー国政府であると認識している」と回答。

また、「クーデターが起きた2月1日以降工事は停止し、賃料も支払っていない」としています。今後の事業については「状況の推移を注視していく」としています。
ヒューマンライツウォッチ 笠井哲平さん
「ミャンマーの憲法を見ると、国防省はミャンマー国軍の支配下にあるので実質軍と同じになってしまう。今後いつまで事業を停止するのか、仮にどういう状況になったら事業を再開するのか。早急に透明性ある形で対応してほしい」

ミャンマー軍の資金源を絶つために

自国の市民に容赦ない弾圧を続けるミャンマー軍。

クーデター後、日本政府は、ODA(政府開発援助)の新規供与を見送り、軍の対応次第では継続中の案件も停止することを検討するとしていますが、制裁は科していません。

ミャンマー軍の市民に対する弾圧は、収まる兆しを見せていません。
一部の市民が武装化し、泥沼化していく可能性もあります。

欧米などを中心に、軍の対応に国際的な非難が高まる中で、ミャンマーに対する支援や企業活動を今後どうしていくのか。

長年の関係があるからこそ、日本は極めて難しい対応を迫られていくことになります。
<関連番組・サイト>
社会番組部ディレクター
平瀬梨里子
2015年入局
松山放送局、おはよう日本を経て現所属。
ミャンマーには学生時代に数か月滞在していた。