“クルマのアップデート” 知ってますか?

“クルマのアップデート” 知ってますか?
新しい機能を追加する「アップデート」。みなさんがお持ちのスマートフォンやパソコンでは当たり前ですよね。しかし、最近はそれだけではありません。クルマでもできるんです。デザインの良さ、燃費の良さだけじゃない。今、自動車メーカーの開発の主戦場は「アップデート機能」とも言われています。あなたの愛車はアップデートでどうなる? 最前線を見てきました。(経済部 坪井宏彰)

スマホのようにクルマも…

私が自動車業界の取材を担当するようになっておよそ1年。
『CASE(つながるクルマや電動化など)』や『脱ガソリン』とさまざまなキーワードに出会いましたが、最近、よく耳にするのが『アップデート』です。

最前線を見てみようと、この分野で先行していると言われるアメリカのEVメーカー「テスラ」の販売店を訪ねてみると、担当者がこう言いました。

「タイヤが付いたパソコン、みたいなものでしょうか」ー。
パソコンのバージョンアップはわかりますが、クルマのアップデートとはどのようなものなのか。実際に試乗して確かめてみることにしました。

例として紹介されたのはエアコンの機能です。なんと手で操作しなくても設定温度を変えることができるというのです。
「エアコン18度!」ハンドル横にあるディスプレーに向かって声を出すと、24度だった設定温度はたちまち18度に切り替わりました。ドライバーの位置から発した声に反応するため、助手席や後部座席にいる人がおしゃべりをしていても誤作動は少ないといいます。

車を販売したときには付いていなかったこの機能。
アップデートによって最新の機能が追加されました。

「ほかにはどんな機能がアップデートできますか?」と聞くと…
・車線変更を自動でできる機能
・駐車中に車の周囲をカメラで監視・録画し、盗難防止に役立てる機能
・エアコンの効率を高めてEVの走行距離を伸ばす機能
・音声認識でワイパーを操作する機能…
一度では覚えられないくらいたくさんの機能を紹介してくれました。

テスラの場合、アップデートの頻度は平均して数か月に1度だそうです。『タイヤの付いたパソコン』という担当者のたとえの意味がわかってきました。

アップデート機能が続々と

メーカー側が新しいソフトウエアを開発、スマホのように通信を使ってユーザーの家にとめてあるクルマのソフトウエアを更新していくー。

これがアップデートの基本的な仕組みです。
クルマがインターネットとつながり、さまざまな機能がソフトウエアによって電子制御されるようになったことで、車を買い替えなくても、最新の機能を使えるようになったのです。

テスラだけではありません。今、多くの自動車メーカーが続々と開発を進めています。
「買ったばかりの真新しいクルマが一番いい状態」ー。
そんな常識が覆りつつあります。

運転の“クセ”にあわせて

メーカーが新たなソフトウエアを開発し、ユーザーのクルマをアップデートする場合、基本的にその機能は一律ですが、今、その先を見据えた開発も進んでいます。

ハンドルやブレーキ、アクセルの機能を“個々のドライバーの特徴にあわせて”アップデートするカスタマイズのサービスです。

この開発を進めるのはトヨタ自動車です。
7月、愛知県のサーキットで実証実験が行われると聞き、取材を兼ねて参加してきました。
「このクルマに乗って、指示のとおり運転してみてください」
実験ではまず用意されたクルマに乗ってサーキットコースを走ります。私の運転の特徴を把握する、いわば身体機能の計測です。

アクセル全開でスピードを出したあと急ブレーキ。そしてジグザグ走行。少しでも特徴をつかみやすいよう、実験ではやや極端な運転をします。その間、加速、減速、カーブの様子など、詳細なデータをとっていきます。
次は運転して感じたことを担当者がヒアリング。こちらはいわば問診です。

「どうでしたか?」
「どちらかというとハンドルの応答が遅いというか、軽いというか…」(記者)
こうした計測とヒアリングで、私は一般的なドライバーよりもハンドルの切り方が少し浅いことが分かりました。

そして、いよいよアップデートの作業です。
ハンドルを少し切ってもしっかりとクルマが曲がるよう、ハンドルの動きを少しだけ重くしてもらうのですが、工具は一切不要。

車とパソコンをつなぎ、パパッと数値を入力してソフトウエアを書き換えます。作業はたった数分で終わりました。

アップデートで安全運転へ

個々のドライバーに応じたアップデート。ハンドルだけでなく、加速の性能やエンジンの出力制御、そして前輪と後輪の駆動力のバランスを変えることなども想定しているそうです。

来年以降、トヨタはまず毎月定額で新車を利用できる「サブスクリプション」でこのサービスを提供し、将来的には自社で販売する新車でも導入する戦略です。

アップデートを個々にあわせてカスタマイズすれば安全運転にもつながるー。
こうした考えで、トヨタは一歩先を行こうとしています。

クルマ選びが変わる?

クルマづくりはこれまでおよそ3万個と言われる部品を精密に組み立ててつくるハードウエア中心の開発でした。しかし、自動運転(運転サポート)の機能が増え、クルマの電動化が進んでいる今、ハードウエアではなくソフトウエアの優劣がクルマそのものの性能の差に直結する時代となっているといいます。

トヨタ車のサブスクリプションのサービスを手がける「KINTO」小寺信也社長は新たな競争が始まっていると指摘します。
「KINTO」小寺信也社長
「クルマ作りの中心がハード中心からソフトウェア開発にどんどんシフトしていっているのは紛れもない事実なので、その技術開発競争だなと思っています。みんな同じセッティングじゃなくて、それぞれの運転手のくせや個性や特性に合わせてクルマを作り込んだ方がより安全でより燃費のいいクルマができるんじゃないか」
将来、私たちユーザーは、こうしたソフトウエアの機能をどんどん高めてくれるアップデートサービスがどれだけ充実しているかでクルマを選ぶようになるのかもしれません。

メーカー側にとっても新たな収益源になる可能性があります。冒頭に出てきたテスラは、一部の機能についてはアップデートを有料にしています。今後は『定額の料金を支払えればアップデートし放題!』といったサービスが出てくるかもしれません。

「買ったら終わり」「売ったら終わり」ではない。

メーカー各社が注目し、新たな競争の主戦場となっているアップデートは、私たちのクルマの楽しみ方も大きく変えることになりそうです。
経済部記者
坪井 宏彰
平成25年入局
広島局を経て現職
自動車業界を担当