WEB特集

“最も危険”な幽霊 ~命を脅かす「ゴースト・ギア」~

体に網が絡まって身動きが取れなくなった、このアザラシ。

つぶらなその目は、私たちに何かを訴えかけているようにも見えます。

アザラシの自由を奪っているのは、漁に使われる網、漁網です。

長期間漂い続けて生き物を襲う、使用済みの漁網やロープ。
「ゴースト・ギア(漁具の幽霊)」と呼ばれ、対策が急務になっています。

海の生き物の命を脅かす、「ゴースト・ギア」。

いったい、何が起きているのでしょうか。

(社会部記者 吉田敬市)

“最も危険”な海のプラごみ

「ゴースト・ギアは、最も危険な海洋プラスチックごみである」
「直ちに行動を」

国際環境NGO、WWF=世界自然保護基金は、7月に公表した日本語版のレポートで、こんなことばを使って、対策の必要性を訴えました。
背景に、どんな危機感があるのか。

WWFの日本オフィスでこの問題を担当する浅井総一郎さんに話を聞きました。
WWFジャパン 気候エネルギー・海洋水産室 浅井総一郎オフィサー
「ゴースト・ギアは、世界で毎年50万トンから100万トンが新たに海に流出していると推計され、深刻な問題なのにもかかわらず、まだ重大な問題として捉えられていないのが現実です。2015年、各国の政府やNGOなどが参加して国際団体(GGGI=Global Ghost Gear Initiative)が設立されましたが、加盟している国の数が少ないということに、それがあらわれていると思います」
(「GGGI」のホームページによると、2021年8月20日時点で日本政府はメンバーに含まれていない)

「ゴースト・ギア」その脅威とは?

「ゴースト・ギア」は、なぜ、どのように危険なのでしょうか。

漁網やロープといった漁具は、その多くがプラスチックでつくられています。
プラスチックは耐久性にすぐれているため、紛失や投棄によっていったん海に流れ出ると、長ければ、数十年や数百年、海を漂流し続けるとされています。

役目を終えたあとも、ゆらゆらと海を漂い続ける。

これが、「ゴースト・ギア」=漁具の幽霊と呼ばれるゆえんです。

さまざまな問題を引き起こす「ゴースト・ギア」ですが、最も深刻なのは、最悪の場合、海の生き物の命を奪ってしまう、ということです。
アザラシやアシカなどは好奇心が強く、漁網を見つけると、近づいて遊んでしまいます。

パニックになると体を回転させる習性があるため、絡みつき、体に深く食い込んでしまうのです。

また、はえ縄についている餌を食べに来た海鳥などが、針に引っ掛かってしまう「混獲」という問題も指摘されています。

WWFのレポートによれば、メキシコ湾では、海に流れ出した刺し網による混獲によって、「コガシラネズミイルカ」というイルカが、わずか10頭ほどにまで減少。

数年以内に絶滅する危機にひんしているといいます。
漁網などの漁具は、そもそも魚をとるために設計されているので、海に流れ出してからも、生き物を「捕獲」し続けます。

プラスチックで製造されていれば、その影響は数十年、数百年にわたって続き、海の脅威として存在し続けるのです。

「ゴースト・ギア」の海への流出、そして被害を食い止めるために。

WWFは、「行動」を求めています。
WWFジャパン 気候エネルギー・海洋水産室 浅井総一郎 オフィサー
「そもそも、どれぐらいの量の漁具が海に流出してしまっているのか、定量的に把握されていないのが大きな問題です。また、使い終わった漁具を廃棄物として適切に処理すること、また、ゴースト・ギアを取り締まるための国際的な法的枠組みも必要だと思います。とにかく、最初に取り組むべきは、ゴースト・ギアの発生を防ぐこと。漁業が盛んな日本は、ゴースト・ギアを生まないための活動に取り組むべきです」

リサイクルで海への流出を防げ

「ゴースト・ギア」の海への流出を防ぐために、何ができるのか。

いま、日本で新たな挑戦が始まろうとしています。

使い終わった漁網を漁業者から集め、リサイクルしようというプロジェクトです。
プラスチックごみというと、レジ袋やスプーン、容器を思い浮かべる人が多いと思いますが、実は、日本でも、「漁網・ロープ」は、海岸に漂着するプラスチックごみの42%を占める、最大の「海のプラごみ」です。
(割合は重量比・環境省「海洋ごみをめぐる最近の動向」(2018)より)

その一方、重く、かさばるために運搬コストがかかること、そして、さまざまな素材のプラスチックが使われ、分別が難しいことなどが課題となって、再生利用が進んでいません。

そこで、一般社団法人「ALLIANCE FOR THE BLUE」と日本財団は、企業連携によってこうした課題を乗り越え、本格的なリサイクルに乗り出そうとしています。

この一般社団法人には、製造から販売、リサイクルまで、プラスチックに関わる約30社が参画。

互いの強みを生かし、海のプラスチックごみ問題の解決を目指そうと、去年設立されました。
アライアンス=企業連携によって、技術面の課題をクリアし、リサイクルした布地などの販路も確保。

使用済みの漁網を、高級感ある、おしゃれなトートバッグに生まれ変わらせることに成功しました。

このプロジェクトでは、来年以降、北海道全域から使用済みの漁網を回収し、道内で廃棄されている量の半分以上にあたる年間1300トン分をリサイクルすることを目指しています。
活動に参加しているリサイクル会社 玉城吾郎さん
「使い終わったものをすぐに回収できる体制を構築できれば、海に漂う漁網や漁具を減らせると思います。どんどん事業を広げて、いつか日本の漁網をすべてリサイクルできるように取り組んでいきたい」

国際社会も動き出す

世界各国も、問題の解決に向けて、動き出しています。

7月にイタリアで開かれた、G20の環境問題を話し合う閣僚会合。共同声明には、「ゴースト・ギア」ということばが盛り込まれました。

各国は、海のプラスチックごみの問題について、新たな国際枠組みや対策の強化を検討する交渉の場を立ち上げ、来年2月までの取りまとめを目指すことで一致しました。

日本の環境省も、水産庁などと連携し、使用済みの漁具の回収をどう進めるかなどについて、検討を始めています。

魚より重くなる?「海のプラごみ」減らすには

海の生き物の命を奪うおそれのある、「ゴースト・ギア」の問題。

しかし、海のプラスチックごみの問題は、漁具だけにとどまりません。

プラスチックは漂流している間に、波の力や紫外線の影響などで、大きさ5ミリ以下の「マイクロプラスチック」になります。

魚や貝などの体内に入ることもあり、生態系、そして、人が食べた場合の健康への影響が懸念されています。

また、死んだクジラやウミガメの胃から、袋などのプラスチックごみが見つかったという事例は、世界各地で報告されています。

海で見つかるプラスチックのほとんどは、雨や風によって陸から運ばれたプラスチックごみです。

何の対策もとらず、このままプラスチックごみが増え続ければ、2050年には、地球上の海の中のプラスチックの重さが、魚の重さを超えるという試算もあります。

「この袋1枚ぐらい、ポイ捨てしてもいいかな」

「この容器、洗ってリサイクルするのめんどくさいな」

何気ない気持ちで捨てたプラスチックごみが、いつか、海を漂う新たな「ゴースト」になるかもしれない。

一人一人が、そんな想像をめぐらせることが、大切なのだと思います。
社会部記者
吉田 敬市
平成23年入局
名古屋局・神戸局を経て社会部
プラスチックをめぐる環境問題を継続的に取材

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