「苦しい 助けて…」息子の電話 入院まで1週間 母が感じたこと

新型コロナウイルスの感染拡大で医療体制が危機的な状況となる中、本来であれば入院が必要な中等症2の患者が自宅で療養を続けざるをえない事態が相次いでいます。東京都内では中等症2の患者を中心に往診するクリニックも出てきており、医師は「医療崩壊が起きている」と強い懸念を示しています。

入院必要な中等症2の患者が自宅療養 医師「医療崩壊だ」

東京 大田区の大森医師会はことし春に自宅療養者の往診を始めましたが、2週間ほど前から保健所からの往診依頼などが急増し19日時点で5つの医療機関でおよそ80人を診療しているということです。

このうち「ひなた在宅クリニック山王」では、より深刻なケースに対応するため「中等症2」を中心に診療するようになりました。

「中等症2」は血液中の酸素の値が93%以下で自力での呼吸が難しく酸素投与が必要で、入院はもちろん高度な医療を行える施設への転院を検討するとされている状態ですが、このクリニックだけでも19日時点で23人の中等症2の患者を診ているということです。

毎朝、電話やオンラインで症状がさらに悪化していないか確認したり、直接、状態を診る必要があると判断した場合は往診したりしています。

17日は一時、血液中の酸素飽和度が90%まで下がっていた50代の男性の健康観察を行ったところ、酸素飽和度は97%まで上がっていたものの「血が混じったたんが出る」と話したことから、新型コロナの合併症の一つである肺塞栓症などのおそれもあるとして急きょ、往診し血液検査をしていました。
「ひなた在宅クリニック山王」の田代和馬 院長は「これまで重症化しにくかった若い世代が第5波ではものすごい勢いで重症化している。中等症2の患者を在宅で診るのは投与できる酸素の量も限られているし、症状の変化もつかみづらいので非常に難しいが、診るしかないのが実情だ。危機的な、災害的な状況で医療崩壊が起きている。入院できないだけでなく酸素を吸入する装置も不足してきており、もがき苦しみながら自宅で亡くなる人も出てくるのではないかと強い懸念を感じている」と話しています。

搬送先見つからず 自宅で14時間の酸素投与

「ひなた在宅クリニック山王」が担当した中等症2の患者の中には、救急車を呼んでも搬送先が決まらず救急隊員が14時間にわたって酸素投与を続けたうえ、入院できるまでに1週間かかったケースもあります。

患者は、39歳の会社員の男性で1人暮らしです。

男性の母親によりますと、今月8日に感染が確認され自宅で療養していました。しかし10日になって呼吸が苦しくなったことから、自分で救急車を呼びましたが搬送先が見つからず、自宅に戻されたということです。
11日午前10時ごろ、クリニックの医師が保健所からの要請で自宅を訪れた時には、救急隊員が酸素ボンベを使って男性への酸素投与を行っていました。隊員が交代しながら前日の午後8時ごろから14時間にわたって酸素投与を続けていたということです。

クリニックでは酸素濃縮装置を導入し肺の炎症を抑える薬などを処方して入院できるのを待ちましたが、男性の症状は改善せず、16日に往診した時には装置の最大量の酸素を投与しても血液中の酸素飽和度が90%まで低下していました。男性は意識がもうろうとし始めていたということです。

クリニックは保健所から「人工呼吸などの高度な医療を行える病院に空きがない。どこかにいったん入院してもさらに症状が悪化した場合に転院先を探すのは非常に難しい状況だ」と説明を受け、看病に駆けつけていた男性の母親に伝えました。

母親は悩みながらも「早く入院させてほしいが、もう少し待ってでも人工呼吸ができる病院に入れるようにお願いしたい」と答えていました。

男性は感染確認から10日、救急車を呼んで1週間たった18日に入院することができたということです。

「ひなた在宅クリニック山王」の田代院長は「こんなに状態の悪い人がなかなか入院先が決まらないという現実にがく然としている。入院先を探すに当たって若い世代の人に『延命治療を希望するかどうか』という、今までは考えられなかったような問いをぶつけなければならない場面も出てきていて、患者や家族の苦悩は察するにあまりある」と話しています。

沖縄から上京した母「こんな状況になっているとは…」

39歳の男性の母親は、男性から「毎日、安否確認の電話をしてほしい」と頼まれていました。

日に日に苦しそうになっていく息子の様子を見守るしかなかった母親は「望む医療を受けられるかどうかわからないという状況が信じられず、とにかく祈る思いでした」と話しています。

母親は沖縄県に住んでいますが、息子の看病に駆けつけています。今月8日、感染が確認されて自宅療養を指示されたという連絡を受けてから毎日3回、息子に電話をしていました。

10日「我慢できず救急車を呼んだ」と聞いて、これで入院できると安心していたところ翌日11日になって「搬送先が決まらず自宅に戻ってきた。苦しい。助けて」と電話があったということです。

母親はその日のうちに上京しました。母親は「ふだんはたまに電話をするくらいでしたが、子どものころ、小児ぜんそくで入退院を繰り返しても弱音をはかなかった子が『お母さん助けて』と言ったんです。胸が締めつけられる思いですぐに飛んできました」と話します。

母親はワクチンを2回接種していましたが、息子とはできるだけ距離をとりながら看病を続けたといいます。

母親は「食べても吐いてしまうので体はフラフラで、ずっと苦しそうに咳き込んでいました。静かになると今度は生きているか心配になり、呼吸をしているか確認する毎日でした。往診してくれている医師から延命治療が難しい病院でも入院を希望しますかと聞かれ、まだ39歳でやりたいこともたくさんあるのにここで命尽きるのかと思ったら涙がぼろぼろ落ちてきました。望む医療が受けられるかどうか分からないという状況が信じられず、とにかく祈る思いでした。沖縄からオリンピックを見ていた時には東京がこんな状況になっているとは思いもしませんでした。不安な気持ちで自宅療養を続けている中等症の患者が入院できるような医療体制を整えてほしい」と話していました。

自宅で亡くなった患者 全国で91人に

新型コロナウイルスの患者が自宅で死亡するケースは後を絶ちません。

厚生労働省が、自治体や医療機関から感染者の情報を集約するシステムを使って分析した結果、自宅で亡くなったと報告された患者は今月16日までに全国で合わせて91人に上りました。先月1日以降のおよそ1か月半で7人増加したということです。

死亡したいきさつや、性別、年代などは公表していません。

死亡してから国に報告するまでに時間がかかることもあるため、実際の人数はさらに増える可能性もあるということです。

厚生労働省は「自宅療養中に容体が悪化した場合は入院などの適切な対応を速やかにとれるよう体制を強化していきたい」としています。