揺れる“石油の都” ~追い込まれるオイルメジャー~

揺れる“石油の都” ~追い込まれるオイルメジャー~
日中の気温が40度を超える灼熱の大地。幹線道路を走ると、いたるところに原油掘削のリグやポンプを目にする。この夏、世界有数の石油生産を誇るアメリカのテキサス州を取材して回った。気候変動対策の潮流がかつてないほど強まる中、この地の人々は何を思い、どこに向かおうとしているのかを知りたかったからだ。揺れる“石油の都”を追った。(ワシントン支局記者 吉武洋輔)

刻まれる100年

油田が集積する州西部のパーミアン盆地。州の中心都市・ダラスから車で6時間離れた片田舎に、立派な施設が現れた。
「ペトロリアム・ミュージアム=石油博物館」

広大な敷地に、採掘に使われる巨大な設備が展示されている。

中に入ると、1923年に大油田が発見されてからの地域の発展が、当時の写真や道具で紹介されていた。
施設運営の目的は、「若い人たちが石油や石油産業の成り立ちを学ぶため」とうたわれており、石油産業が“強いアメリカ経済”の礎となってきたことを強く印象づけようとしていた。

最近はとかく批判の矢面に立つことの多い化石燃料だが、ここでは、いかにも石油の都らしく、その重要性が強く語られていた。石油企業の輝かしい発展の歴史も、壁一面の年表で記されていた。
中でもひときわ目立つロゴが、州内に本社を置く「エクソンモービル」だ。“スーパーメジャー”と呼ばれる世界最大規模のエネルギー企業。その力は「アメリカの中の、もう1つの国」とさえ評されたことがある。

巨人の歴史的敗北

ところが5月26日、その巨大企業を揺るがす異例の事態が起きた。
舞台は株主総会。新興の投資ファンド「エンジン・ナンバーワン」が、環境対策に精通した専門家4人を取締役に選任するよう提案したのだ。エクソンはヨーロッパ系のメジャーと比べて、CO2削減の経営努力が足りていないという理由からだ。

エクソンのような巨大エネルギー企業に、環境保護の対策を迫る株主提案は例年のことだが、会社はそのたびに強く反対。株主の過半数の賛同を得ることは極めて難しい。今回も、このファンド自体が持つ株式は、全体のたった0.02%にすぎなかった。

しかし、ことしはこれまでとは様相が違った。カリフォルニア州の年金基金など、ほかの多くの株主が賛同に回り、結局、12人の取締役の枠内に、ファンド側が推した3人が選任されたのだ。小さな株主の提案によって、会社が意図していなかったメンバーが経営陣の4分の1を占めるまでに至ったのは、いわゆるESG投資(※1)を重視する株主が、かつてないほど増えていることが理由とみられている。
この事態を、有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、「石油の巨人の歴史的敗北」と表現した。

(※1)ESG投資…投資家が、環境対策など社会的な課題への取り組みを重視して投資先の企業を選ぶ手法

吹き荒れる逆風、石油企業の本音

今回のできごとは、アメリカの石油・ガス業界を震え上がらせた。

一方で、反発の声を上げる企業も出てきている。
「吹き荒れる逆風はあまりにも偏ったものではないか?」

シェールオイル・ガスの採掘を請け負う大手企業の「リバティ」。従業員2500人、売上げ2000億円を超える上場企業だ。

事の発端は去年12月にさかのぼる。
テキサス州の石油企業が社員へのクリスマスプレゼントとして、アウトドア向けの衣料で知られるアパレルメーカー「ノースフェイス」に、会社のロゴ入りのジャケットを400着発注したが、拒否された。環境対策を強化する著名企業が、石油ガス業界を遠ざけ始めたと、業界内で波紋を広げることになった。
これに対して「リバティ」は、石油業界を代表する形で、ことし6月、動画投稿サイト上で反論のキャンペーンを展開した。ノースフェイスが販売しているジャケットや登山用のグローブなどを紹介。9割の商品にプラスチックやナイロンなどが使われていて、石油と天然ガスなしに製造することはできないと主張した。
「むしろ、ほかの企業よりも石油と天然ガスをたくさん使用してくれていることに感謝する」
キャンペーンの名を“サンキュー・ノースフェイス”とし、皮肉った。

テキサス州で開かれたシェールオイル・ガスの見本市で、リバティのロン・グセック社長に話を聞くことができた。なぜ動画を投稿したのかを尋ねると、石油や天然ガスを使用すること自体が悪のように言われることはおかしいと、憤りをあらわにした。
ロン・グセック社長
「私たちの世界で、石油と天然ガスがいかに重要であるかについて、率直な意見を広めたかったのです。今の潮流に対する不満は、コインの裏側が認識されてないことです。車の速度制限に例えましょう。交通事故をなくすためにはどの道も時速5マイル(約8キロ)にすれば良いでしょうが、それは現実的ではありません。メリットとデメリットを検討したうえで、適切な速度制限が設定されています。石油・ガスも同じです。マイナスの影響はあるものの、今の人類にもたらす多くのメリットがあることを忘れてはいけません」

メジャーの次の一手は

一方、“歴史的な敗北”から2か月がたったエクソンモービルの7月30日の決算会見。
ダレン・ウッズCEOは「新しい取締役たちと良い議論ができている」と言ってみせた。会社は、水素技術の開発などにも力を入れていると強調する。しかし、市場が注目していた新たなCO2の削減目標などには踏み込まなかった。

ウッズCEOは、去年、ヨーロッパ系のスーパーメジャーの間で大胆なCO2の削減目標を公表する動きが出てきたことについて、「投資家向けの人気集めにすぎない」という趣旨の発言をしていた。

追い込まれるメジャーの次の一手は、まだ見えてこない。

(続く)
ワシントン支局記者
吉武 洋輔
2004年入局
名古屋局・経済部を経て現所属